第28話:公爵家への訪問
未婚の皇太子アルベルトからの執拗な執着を完全に跳ね返し、アーサーとの絶対的な絆を証明した翌週。
私のもとに、ひとつの最高級の招待状が届いた。差出人はベルシュタット公爵家、アーサーの母であり、社交界の頂点に立つ公爵夫人からだった。
国家最高位特例研究所の技師エルとしてではなく、アーサーが心を寄せる一人の少女リゼットとしての正式な招待。
「エル、大丈夫かい。母上は厳しい方だが、理不尽な方ではない。私がずっと側にいるからね」
公爵家の馬車の中で、ドレスアップした私を気遣うようにアーサーが優しく手を握りしめてくれる。
非番の騎士服に身を包んだ彼の表情には、私を実家に連れて行く緊張と、どこか誇らしげな熱が混ざり合っていた。
「アーサー、心配いらないわ。私の覚悟を見せる良い機会だもの」
ベルシュタット公爵邸。重厚な意匠が施された応接間に通されると、そこには洗練された気品と圧倒的な威厳を纏った淑女、アーサーの母である公爵夫人が静かに腰掛けていた。
「初めまして、公爵夫人。リゼット・フォン・アルスターと申します」
私が幼くも完璧な貴族の礼を執ると、夫人の鋭い琥珀色の瞳がじっと私を見つめた。王宮を震撼させ、諸国を手玉に取る神話の少女の素顔を、じっくりと確かめるように。
「リゼットさん、お座りなさい。アーサーから貴女の話はかねがね聞いておりますよ。王宮の手から逃れ、アカデミーをねじ伏せ、果ては皇太子の求婚すら一蹴した恐ろしいほどの傑物だとね」
夫人は静かに紅茶を啜ると、表情を崩さずに本題を切り出した。
「単刀直入に伺います。我がベルシュタット公爵家は、国家の柱石であり王家をも牽制する武の最高峰。アーサーはその次期当主です。彼と歩むということは、いずれこの巨大な公爵家を裏から支える公爵夫人としての重責を背負うことにも繋がります」
夫人の言葉に、アーサーが身を乗り出そうとしたが、私はそれを手で制した。
「貴女の才能と魔力が世界を揺るがすものであることは認めましょう。ですが、公爵家の妻としての心得、そして何より、命を懸けて貴女を守ろうとするアーサーの盾となる覚悟が貴女にありますか」
「母上」
アーサーが声を荒らげようとした瞬間、私は真っ直ぐな瞳で公爵夫人を見据え、凛とした声で応じた。
「夫人の仰る通りです。ですが、私は誰かの庇護の下で守られるだけの存在ではありません」
私は指先にエメラルドグリーンの光を静かに灯し、力強く言い放った。
「私がアーサーの隣に立つのは、守られるためだけではなく、私の知恵と力で彼の背中を支え、ベルシュタット公爵家という盾をさらに強固なものにするためです。彼が私を全身全霊で守るというのなら、私は彼の歩む未来の全てを私の技術と魔力で照らし、勝利を約束します。それが私の誇りであり、彼の隣に立つ者の心得です」
幼い見た目からは想像もつかない、世界を威圧するほどの圧倒的な気迫と覚悟。
その言葉を聞いた公爵夫人は、一瞬驚きに瞳を見開き、やがて感嘆を込めた美しい笑みをその唇に浮かべた。
「見事です。まさか7歳の少女に、これほどの公爵夫人としての器と覚悟を見せつけられるとは思いませんでした」
夫人はティーカップを置くと、穏やかな表情で私に向き直った。
「アーサーがなぜこれほどまでに貴女に深く惹かれ、心奪われているのか、良く分かりました。王宮の着せ替え人形のような令嬢など、この子には到底つり合わない。貴女のような強く気高い方こそ、ベルシュタット公爵家に相応しい」
「母上、では」
「ええ。我がベルシュタット公爵家は、リゼットさんを将来の次期当主夫人として全面的に歓迎し、公爵家の全権をもって貴女を庇護し支持することを宣言します」
公爵夫人の正式な承認に、アーサーの顔が一瞬で歓喜に染まった。
「母上、ありがとう。リゼット、やったね」
アーサーは感極まったように私の手を引き寄せると、公爵夫人の前であることも忘れ、愛おしそうに私の手袋越しに深く口づけを重ねた。
「リゼット、君の覚悟に応え、私も生涯をかけて君と公爵家を守り抜くと誓うよ」
「頼りにしているわ、私の騎士様」
公爵夫人からの正式なお膳立てと認めを得て、リゼットとアーサーの未来は誰にも邪魔できない絶対的なものとしたのだった。




