第27話 二人だけの約束
王立アカデミーとの手打ちにより、エル工房は国家最高位特例研究所としての絶対的地位を確立した。
もはや王宮も、アカデミーも、他国の密偵すらも手を出せない。
エル工房は、誰も侵すことのできない絶対聖域として、王都の職人街に咲き誇っていた。
いまや工房に届くのは、大陸中の大貴族、豪商、そして諸国の王室からの莫大な注文と、恭しい提携の打診ばかりだった。
「エル、隣国の帝国皇帝からどのような条件でも呑むゆえ、皇室専属の魔導技師として招聘したい、との親書だ。魔法王国の国王からも、国宝級の聖遺物の修復を依頼したい、と莫大な謝礼金が提示されているぞ」
作業台で優雅に紅茶を楽しむ私に、レオンさんが呆れ顔で羊皮紙の山を示した。
「お断りね。私は自分の作りたいものを、自分のペースで作るだけ」
影から現れたシオンも、満足げに不敵な笑みを浮かべる。
「その通りだ。貴殿を縛ろうとする愚か者どもには、我が影の刃がいつでも引導を渡す。だが、諸国が貴殿を奪い合おうとする気持ちも分からぬではない」
シオンは胸元から取り出した東洋の秘伝術式が記された巻物を、私のテーブルにそっと置いた。
「我もまた、貴殿の伴侶として、そして同盟者として、我が一族の術式をすべて貴殿に捧げよう」
「ありがとう、シオン。参考にさせてもらうわ」
二人がそれぞれの仕事のために席を外すと、工房には再び静けさが戻ってきた。
カウンターの前に立っていたアーサーが、足音もなく静かに私の元へと歩み寄ってくる。
非番の騎士服姿の彼は、どこから見ても絵画のように美しく、そして頼もしい。
「世界中が君を求めているね、エル。少し、妬ましくなってしまうな」
アーサーは小さく苦笑しながら、私の目の前に屈み込んだ。
その氷藍色の瞳には、世界中の誰にも見せない深く甘い情熱が宿っている。
「君が、自分の力で羽ばたき、世界を魅了していく。その姿は誇らしくもあり、どこか遠くへ行ってしまうのではないかと、私の胸を焦がすんだ」
彼ほどの男が、私という存在を前にして見せる不器用な情熱。
私の目の前にいる騎士は、国家の権威でも私の圧倒的な魔力でもなく、ただ私という存在そのものを愛し、守ろうとしてくれている。
私の胸の奥が、熱く甘い愛おしさで満たされていく。
私はそっと小さな手を伸ばし、アーサーの整った頬に触れた。
「遠くへなんて行かないわ、アーサー。私がこの場所で自由に笑っていられるのは、貴方が私の絶対の盾として側にいてくれるからよ」
フードを完全に外し、まっすぐな瞳で彼を見つめる。
「世界が私を奪い合おうと関係ないわ。私の隣に立つのは貴方だけよ、アーサー」
私の言葉に、アーサーの瞳が驚きに揺れ、やがて歓喜と深い愛おしさで満たされた。
「ああ。君のその言葉だけで、私は世界すべてを相手に戦える」
アーサーは愛おしさを込めて私の手を包み込み、指先に優しく、誓いを立てるように唇を重ねた。
「君の騎士として、そして一人の男として生涯、君の自由と笑顔を守り抜くことを誓うよ、エル」
外の陽射しが、二人を祝福するように暖かく工房を包み込んでいく。




