第20話 大陸全土の眼
正体不明の天才魔導技師エル。
その存在が生み出した衝撃波は、ついにこの国の国境を完全に越え、大陸全土を揺るがす巨大な国際競争へと発展していた。
「エル、いよいよ外の風向きが尋常じゃないぞ」
夜の工房。
レオンハルトが持ち込んできたのは、周辺諸国や遠方の帝国からの暗号文書の束だった。
夜会で起きた鑑定水晶の粉砕、王宮魔法省の崩壊。
それらの情報は各国の情報網を通じ大陸中へ拡散されていた。
いまや、その手がかりを得ようと、隣国の軍事帝国、魔法王国、連合国に至るまで、大陸中のあらゆる国家精鋭密偵や諜報機関を王都へと解き放ち、大捜索網を敷いていた。
「各国の動きは早い。軍事帝国は暗殺特務部隊を潜入させている。魔法王国は古代魔法の継承者として聖騎士団を捜索に派遣してきた。国境付近の監視は最高レベルに引き上げられているよ」
「国をまたいでの大捜索ね」
私は優雅に紅茶を啜りながら、感心したように呟いた。
かつて、屋根裏部屋に閉じ込められていた幼女一人の存在を巡り、強国が血眼になって覇権を争っている。
このスケールの大きさに、胸の奥で愉悦の感情が芽生えるのを抑えきれない。
「だが、心配はいらない」
凛とした声とともに、部屋の影からシオンが静かに姿を現した。
漆黒の衣装を纏った東の忍びの王族は、切れ長の瞳に自信を宿している。
「我が忍の一族の情報網は、王都に潜入した他国の密偵どもを完璧に監視下へと置いている。貴殿に害をなそうとする帝国特務部隊など、露と消すのは容易い」
さらに、応接室の扉が静かに開き、堂々たる足取りでアーサーが入ってきた。
筆頭公爵家の嫡子である彼は、腰の飾剣に手を置きながら、私に向かってまっすぐな視線を向けた。
「表の動きは私に任せてもらう。我が領域で勝手な真似はさせない」
アーサーはそう言うと、片膝をついて私の手元を優しく見つめた。
「前にも言ったはずだ。私の剣も、公爵家の地位も、すべてをかけて君の自由を守る。たとえ世界中の国家を敵に回すことになろうと、君の絶対の盾となろう」
その澄み渡った氷藍色の瞳に宿る、偽りのない情熱と誠実さ。
頼もしい相棒であるレオンハルトや、異国からアプローチしてくるシオンの存在も心強かった。
表の国家権力や諸国の脅威から全身全霊で庇い立てしてくれるアーサーの存在に、私の胸の奥は密かに熱く揺れていた。
冷徹で理知的、計算高く立ち回ってきた私の心が、アーサーの前でだけは小さく跳ねる。
フードの影で熱くなる頬を隠しながら、アーサーへと視線を落とした。
「国家レベルの鬼ごっこも、壮観ね。でも、私を奪い合いたいなら、お互いに潰し合ってもらいましょう」
強がりな言葉で誤魔化しながらも、私を力強く見守るアーサーの存在が、誰よりも眩しく、そして愛おしく思えていた。




