第19話 漆黒の忍び
アーサーとの同盟が結ばれ、表はベルシュタット公爵家、裏はレオンハルトの黒猫の目という最強の二重の壁を手に入れた私は、捜索網を孤立させていた。
しかし、王都を揺るがす正体不明の天才技師エルの噂は、国境を越え東の異国にまで届いていた。
ある夜、工房の自室で魔導具の回路を調整していた時のこと。
結界の隙間を縫うように、静かに室内へ舞い降りた。
認識阻害と視認阻害を極限まで重ねた領域に、何の前触れもなく侵入してきた存在。
「私の結界をすり抜けるなんて、なかなか見事な忍びの術ね」
静かに声をかけると、部屋の隅の闇から漆黒の装束を纏った人物が姿を現した。
布で顔の半分を覆っているものの、覗く切れ長の瞳は鋭く輝いている。
「さすがは、エル殿。影潜みを見破るとはな」
その声は若く、気品と鈴の鳴るような美しさを帯びていた。
侵入者はゆっくりと布を外し、その素顔を晒した。
オリエンタルで神秘的な容貌を持つ、一人の美しい少年だった。
「我が名はシオン。東の極東皇国、忍の一族の第一皇子であり、次期頭領だ」
彼は、東洋独自の忍術を駆使して王都の捜索網をあっさりと潜り抜け、単身で私のもとへと辿り着いたのだった。
「他国の皇子が夜更けに忍び込んで何の用かしら」
「用件は二つある。一つは、新たな時代を切り拓く同盟を結ぶこと」
静かに膝を突いた。
「もう一つは、シオンが生涯を捧げるべき、伴侶探すことだ」
シオンの言葉に、私は思わず眉をひそめた。
「伴侶」
「我が皇国の王族は、世界を正しく導く至高の知恵と力を持つ者を伴侶として迎える掟がある。圧倒的な技術で世界を裏から動かす貴殿の存在を知ったとき、魂が震えた」
懐から、龍の彫刻が施された美しい東洋の宝珠を取り出し、私の手元へと差し出した。
「貴殿の正体は関係ない。我は才能と魂に惚れ込んだ。影の一族の全戦力をもって貴殿を守護し、生涯の伴侶として迎えたい」
筆頭公爵家の嫡子アーサー、他国の忍びの王族シオン。
かつて伯爵家で役立たずと虐げられ、捨てられるはずだった私が、いまや極上の英傑たちから求愛と保護を競い合われる存在となっていた。
「面白いわね。でも、私を射止めるのは簡単ではないわよ」
フードの奥で私が不敵に微笑むと、シオンもまた、切れ長の目を満足げに細めた。
世界の光と影、そして異国の王族までも巻き込んだ波紋は、加速していくのだ。




