第13話 王都のざわめき
満月の夜の初回取引から数ヶ月。
行商人との裏門越しの定期取引は完全に軌道に乗った。
満月と新月の夜、裏門の木に刻まれた傷の数に応じての取引。
私は錬成した照明ストーンや防虫石、さらに、体温を保つペンダントなどの新商品を袋に入れて渡す。
その度に、金貨の入った袋が裏門の隙間から滑り込んできた。
地下の秘密基地の棚には、小貴族なら一生遊んで暮らせるほどの金貨が蓄えられた。
ある夜、行商人が興奮を抑えきれない声で裏門越しにささやいてきた。
「あんた、一体何者なんだ。王都の社交界では正体不明の天才魔導技師の作品だって噂で持ちきりなんだぞ。 貴族や富商たちが競い合って破格の値段で買い求めている。次は単価の高い宝飾品タイプの魔導具を作ってくれ頼む」
物陰で気配遮断を張りながら、私はうつむいたまま口元を微かに緩める。
自分の創作物が圧倒的な価値を持っているという情報。
私にとって、金貨以上の強力な独立への権利だ。
外の世界が私の作った魔導具に熱狂する一方で、伯爵邸の中には嫌な緊張感が漂い始めていた。
きっかけは、王都の有力貴族から伯爵邸に届いた一枚の豪華なお披露目夜会への招待状だ。
王都の貴族が一堂に会する華やかな夜会で、セレスティア様は4歳のアレクシスを連れて行って、地位を社交界で盤石にしようと血眼になっている。
鑑定水晶を光らせたとはいえ、アレクシスはわがままな4歳の子供だ。
家庭教師のロバート先生がどれだけ指導しても基本的な魔力発動すらできず、癇癪を起こして泣き叫ぶ日々。
「アレクシス。 しっかりしなさい」
セレスティア様の感情的な怒声が連日屋敷に響き渡っている。
王都への出発日が迫り、焦りを募らせたセレスティア様のうっぷんは、私への理不尽な嫌がらせとなって跳ね返ってくる。
「リゼット。 シーツと屋敷中の高級衣類を日暮れまでに全部洗いなさい。傷一つでもつけたら許しませんからね」
寒風が吹きつける裏庭の水場は、冷たい井戸水の横に山のように積まれた厚手のシーツと、繊細な刺繍が施されたドレスや衣服の山。
周囲に誰もいないことを探知で確認すると、水桶にそっと手をかざした。
発動させたのは温熱と浄化そして分解の複合魔法だ。
井戸水が一瞬でちょうど良いぬるま湯に変わり、繊維の奥に染み込んだ汚れや汗が滑るように浮き上がって分解されていく。
シーツも繊細なドレスも、傷一つつくことなく新品同様の美しさと柔らかさを取り戻していった。
さらに温風を吹き付けることで、濡れた大量の洗濯物は数分でふんわりと乾き上がった。
日暮れどころか昼過ぎには洗濯を完璧に終わらた。
整然と畳まれた衣類の山を目にした侍女たちは、引きつった顔で絶句している。
夕方、廊下の拭き掃除をしながら、相変わらず部屋の中で泣いているアレクシスとセレスティア様の叫び声を聞いた。
地下基地に積み上がる本物の金貨と、王都で高まる作品への評価。
そして、焦りで自ら崩壊していくセレスティア様とアレクシス。
屋根裏部屋に戻り、あたたかなエメラルドグリーンの光を宙に浮かべて、私は静かに脱出の決行日に考え始めた。




