第12話 初めての金貨
「満月の夜に追加を置いてくれ」
数日間、私の日常はまさに仕事三昧だった。
無魔力の判定を下されて警戒が薄れたとはいえ、侍女たちの嫌がらせや雑用の押し付けが減ったわけではない。
むしろ、役立たずは飯を食うなと言わんばかりに、朝から晩まで怒涛の作業量が私の肩に圧しかかってきた。
早朝の凍えそうな庭掃除。
山のようなシーツの洗濯。
油と焦げがこびりついた大鍋洗い。
一階から三階まで続く広大な廊下の床磨き。
間髪を入れずに命じられる雑用の連続に、手足は休む暇すら与えられない。
私にとって仕事三昧の日々は、苦痛でも何でもなかった。
侍女たちの冷ややかな視線を背に受けながら、探知で周囲の動きを完璧に把握し、物陰に入るたびに魔法を発動させた。
落ち葉を一瞬で集める。
大鍋を洗い上げ乾かす。
洗濯物の汚れを浄化で吹き飛ばし油汚れを分解し乾かす。
床を滑るように磨き上げる。
怒涛の仕事を誰よりも早く完璧に終わらせることで、侍女たちは返す言葉もなく、夕方以降に自分だけの時間を確保していた。
だが、大量の魔導小物を制作して得られた資金や脱出用アイテムを蓄えておくには、屋根裏部屋では限界だった。
私は深夜に探知を屋敷の地下深くへと広げた。
城塞だった頃の名残と思われる、地下保管庫を感知する。
気配遮断で姿を消し、地下通路へ向かう。
瓦礫で塞がれていた入口だったが、私は空間固定の魔法を放ち、隙間をこじ開けて中へ潜り込んだ。
そこは広大な石造りの部屋だった。
私は指先から放つ光で部屋を照らし、浄化魔法を放つ。
湿気とカビ臭さを一瞬で吹き飛ばし、空間の強度を補強した。
ここを地下の秘密基地とした。
セレスティア様や侍女たちはもちろん、誰ひとりとして立ち入ることはできない。
脱出用の周辺地図、日持ちする非常食、情報ノート、魔導具の在庫を隠し蓄えることができる。
満月の夜。
日中の厳しい仕事三昧を涼しい顔で終わらせた私は、夜になると錬成した、照明ストーンと防虫石の詰まった小袋を抱え、静かに裏門へと向かう。
探知を働かせると、裏門の隙間のすぐ外で息を潜めて待ち構える行商人の気配があった。
約束通り本気で取引に来ていた。
私は気配遮断を維持したまま、小さな隙間から小袋をすっと外へ滑り出した。
「きたか」
男が慌てて小袋を拾い上げて中の品々を確認する。
月明かりに照らされたエメラルド色の輝きと、魔導加工の精度に男は息を呑んだ。
「素晴らしい。これなら王都の貴族や富豪どもが跳びついて買い求めるぞ」
震える手で懐から重みのある革袋を取り出すと、裏門の隙間から中へと押し込んだ。
「約束通り、提示額の倍の金貨二十枚だ。これからも定期的にこの商品を卸してくれ。 取引の合図は裏門の木に彫る傷の数だ」
革袋がカチャリと音を立てて私の足元に転がってきた。
男が興奮冷めやらぬ様子で立ち去っていくのを確認し革袋を拾い上げる。
袋を開けると眩しく輝く本物の金貨が入っていた。
7歳の手の中の金貨。
日中の仕事三昧で虐げられてきた私が、力と知恵だけで掴み取った自由への第一歩だ。
金貨の袋を抱え、地下の秘密基地へと戻ると石の棚の奥深くに大切に置いた。
「セレスティア様、私を無能だと見下し、雑用を押し付け続けていなさい」
闇の中で小さく笑みを浮かべた。
着実に蓄えられていく資金と、秘密基地。
私の自由と独立への旅立ちはまた一つ近づいていた。




