第11話 闇夜の錬成
無魔力という烙印を押されたことで、私の自由度は上がった。
使用人たちは私を無能な雑用係として完全に意識の外へと追いやり、夜間の見張りも皆無になった。
しかし、一人だけ私への執着を深めている人物がいた。
アレクシスだ。
セレスティア様の大切な高級花瓶を割って叱られたことを、未だに根に持っていた。
魔力鑑定で神童と持ち上げられ、私が無魔力だと証明されたことで、自分が絶対に優位に立ったと信じ込み、無邪気な悪意を向けてくるようになった。
「無魔力のリゼット。 もっとちゃんと磨きなさいよ」
二階の廊下で膝をつき、黙々と床拭きをしていた目の前に、4歳のアレクシスが駆け寄ってきた。
その手には、泥と油で汚れた靴が握られている。
アレクシスは嫌味な笑みを浮かべると、綺麗に磨き上げたばかりの石畳の上に、泥靴を力任せに叩きつけ、足で踏みにじった。
「汚れちゃった。無魔力の雑用係なんだから、僕の足元を這い回って綺麗にしなよ。花瓶の時に恥をかかせた罰だからね」
自分が優位だと信じ切り、残酷さを隠そうともしない嫌がらせ。
通りかかった侍女たちも助けるどころか。
「アレクシス様。もっとやっておやりなさい」
「無魔力な引き立て役にはお似合いですわ」
笑い転げている。
「アレクシス様。すぐに綺麗にいたします」
私はうつむいて頭を下げた。
だが、心の中はどこまでも冷静だった。
私は雑巾を握りしめた手に、目に見えないほどの分解の魔法を帯びさせた。
雑巾を滑らせた瞬間、床にこびりついた泥汚れだけでなく、アレクシスの靴の底についていた頑固な油汚れまでが、一瞬で根こそぎ浮き上げて磨き上げていった。
その日の深夜、屋根裏部屋。
私は、探知で周囲の安全を確認すると、物置の奥から拾い集めておいた廃棄品を床に並べた。
割れたクリスタルグラスの破片、錆びた銀の針、庭の隅で拾った綺麗な石ころだ。
指先に繊細な魔力の糸を紡ぎ出し、作業に取りかかる。
割れたクリスタルグラスの破片を切削と研磨で美しい雫型へと整え、内部へ発光と熱感知の魔法陣を肉眼では見えない精度で刻みむ。
暗闇の中で人の体温を感知すると、ほのかに温かく柔らかいエメラルド色に輝く照明ストーン完成だ。
庭の石ころには浄化と防虫の魔法を定着させる。
防虫石へと仕立て上げた。
数日たって、行商人が再び裏門へやってきた。
私は気配遮断で姿を消したまま掃除のふりをして近づき、試作品を入れた小袋と活用方法を記した書付けを、男の足元へ遠隔操作で落とす。
袋の中身の試作品の精度を目にした行商人は、手を震わせながら叫んだ。
「完璧な魔導加工。特級品以上の精度じゃないか。 提示された金額の倍で買い取る。 次の満月の夜、この裏門の隙間に金を置いておくから、追加を置いてくれ」
物陰でその様子と見ていた、私は口元を綻ばせた。
アレクシスたちの浅はかな嫌がらせを受け流しながら、独立資金の道のりは確実に動き始めた。
夜、屋根裏部屋に戻った私は、手のひらの上の小さな試作石を見つめた。
「焦らず着実に。去る時は誰も追えないくらい遠くへ行くわ」
闇の中に灯るエメラルドグリーンの光は、いつにも増して力強く輝いていた。




