第10話 偽りの無魔力
4歳になったアレクシスのために、王都の魔術師ギルドから高級な鑑定水晶を持った魔力鑑定士が招かれた。
「アレクシス様の魔力鑑定を執り行います。神童の力を示されるのです」
セレスティア様や取り巻きの侍女たちが固唾をのんで見守る中、誇らしげに鑑定水晶に手を触れる。
水晶が淡い青色に輝き、鑑定士が仰々しく声を張り上げた。
「見事です。平常の子供の二倍近い魔力量、将来は立派な魔導士になられましょう」
「流石は私のアレクシスですわ」
セレスティア様が歓喜の声を上げる。
そのとき、取り巻きの一人の侍女が意地悪な笑みを浮かべ、近くで雑巾を持っていた私を指さした。
「鑑定士様。せっかくですからあそこにいる雑用係の子もついでに測ってやってはいかがでしょうか。どれほど無能か明確にさせて、アレクシス様の凄さを引き立てましょう」
「お止めなさい。あんな卑しい子の魔力など測る価値もない」
セレスティア様が嫌味を言おうとしたが、鑑定士は。
「ついでです」
水晶を私に向けた。
そのままだったら、私の膨大な魔力量が見つかって、異端として捕まってしまう。
前夜に研究していた新魔法、魔力偽装を即興で発動させる。
体内の魔力を圧縮し、表層には一切の魔力を浮かせない。
私が水晶に触れるとまったく光らず、濁った灰色のままだった。
「完全な無魔力。落ちこぼれですな」
鑑定士の言葉に、周囲の侍女たちが嘲笑した。
「やっぱりね。完全な無魔力ですって」
「アレクシス様とは雲泥の差ね」
私は申し訳なさそうに頭を下げた。
だが、うつむいた顔の裏で静かに笑っていた。
無魔力という判定が下りた瞬間、屋敷の中の空気は明確に変わった。
セレスティア様をはじめ、使用人たちの視線からは、それまでの猜疑心がきれいに消え去る。
そして、どうでもいいものを見るような軽蔑と無関心だけが残った。
私の狙い通りだった。
貴族社会において無魔力の者は脅威になり得ない。
警戒の目が緩んだ隙を突いて、行動を起こす。
その日の午後、庭の裏門付近での作業中に探知で屋敷に納品に来た王都の行商人の気配が引っかかる。
すぐさま気配遮断を発動し、存在感を完全に消して裏門の陰へとまわり込んだ。
「伯爵邸の使用人は買い叩きが酷くて嫌になるぜ。王都の市場なら、簡単な魔導具や魔石は三倍の値で売れるのに」
男が吐き捨てる独り言や、王都での最新の相場や需要。
すべての情報を、私は向上した聴覚と探知魔法で余さず脳内に記憶していく。
私の魔法技術なら、物置に転がっている屑石や廃材に魔法を付与して試作品として加工できる。
それを王都の市場に流せば、まとまった脱走資金になる。
無魔力という完璧な盾。
実用的な経済知識を手に入れた私は夕方の仕事を終えた。
だが、無魔力判定の余波は食事の場にも現れた。
「リゼットの分よ。感謝して食べなさいね」
給仕の侍女が鼻で笑いながら床に置いた器には、干からびたパンの耳と、残った肉のくず、味の薄いスープが入っていた。
「無魔力の役立たずには、これで十分よ。落ちこぼれに上等な飯なんて勿体ないわ」
冷ややかな嘲笑を聞き流し、私は器を持って屋根裏部屋へと戻った。
ドアの鍵を閉め、周囲に人がいないことを探知で確認すると、器の上に手をかざした。
まず浄化の魔法。
残飯の痛みや嫌な臭いを取り除き新鮮な状態へと戻す。
加熱と分解・再構築の魔法。
冷え切っていた薄いスープに熱を与え、旨味を極限まで抽出・凝縮させた。
乾燥してカチカチだったパンの耳には、水蒸気と熱を送り込んで焼き立ての柔らかさを取り戻させた。
冷めた残飯だったものは、湯気が立つ特製ポタージュスープと焼き立てパンへと生まれ変わった。
一口飲むと、温かいスープの旨味が口いっぱいに広がり身体の隅々まで染み渡っていく。
「見た目は酷くても、魔法を使えば食堂の味に化けるわね」
侍女たちは惨めな目に遭わせているつもりなのだろうが、私は屋根裏部屋で誰よりも温かく美味しい食事を楽しんでいた。
警戒を解き、脱出資金の計画を練り、残飯すらもご馳走に変えてしまう。
「ごちそうさまでした」
小さく呟き、満足感とともに器を拭う。
私は従順な顔を作り直して屋根裏部屋を後にした。
自由と独立への刻々と近づいていた。




