第7話「削れた刃と虚ろな男」
切り飛ばされた地面の裂け目から、わずかな白煙が糸を引くように立ち上っていた。
つい先刻まで視界を黒く塗りつぶすほどの密度で眼前に迫っていた魔の群れは、いまや大地の記憶ごと空虚な地形の変化へと姿を変えている。
ガルヴェスはひきつった両膝を泥で汚しながら、自らの震える指で握りしめた剣の残骸を見下ろした。
柄から刃へと繋がる部分が、恐怖による過度な圧力でひどく金属疲労を起こし、ポキリと小枝のように折れている。
その剣先はすぐそばの水たまりに沈み、濁った水を通して錆びついた断面だけを虚しく晒していた。
彼は首を軋ませるように回転させ、遠く十数歩先に立つエルインへ視度を向ける。
かつては背中側で無能と片付けていた男が、ただ袋を提げて立ち尽くしているだけのその光景。
ガルヴェスの浅黒い顔の右半面にへばりついていた泥が、乾いた皮膚とともに小さく剥がれ落ちた。
「なぜ……手を出した」
声が微かにかすれていた。
あれほどまで巨大な力を持ちながら、追放された瞬間に刃向かうこともなく、今まで何も告げずに底辺の荷物持ちに収まっていたのか。
そこにあった壮絶な事実の重みに、彼の中の現実感が粉々に砕けていく。
「手を出す?」
少し遅れて、エルインの口から平坦な声が返ってくる。
ただ落としかけた硬貨を拾ったとも弾き飛ばしたともつかない曖昧な行動の結果。
エルインの視界の中では、天候が少し良くなった程度の変化しか生じていないのだ。
彼が落とした言葉の一片に込められた『事実とのズレ』が、逆にガルヴェスたちをさらなる奈落へと突き落とした。
背後から這い出した弓兵が自らにすがりつくように倒れ込み、魔術師は自身の杖を抱きしめたまま意味をなさない詠唱を繰り返し、焦点の合わない目を大きく見開いている。
自分たちが手放した世界の恩恵の重みそのものが、目の前で理解を絶する壁となって再構成されたのだ。
「私たちは……初めから、何一つ成し遂げてなどいなかったということか」
歯の根の合わない口からこぼれた言葉。
彼が誇りにしていた実績も、傷を修復したのも。
すべてあの不可侵の青年の存在だけが担っていたと自覚した瞬間、ガルヴェスの足の裏から何十年という時間の蓄積すべてが剥ぎ落とされた。
何も持たざる小市民に戻った男がそこにいるだけだ。
ガルヴェスはその場に四つん這いになり、泥水ごと折れた短剣の柄へ額を擦り付けた。
彼の中に築かれていた虚栄心が、音を立てて瓦解していく。
セリアはその一部始終を少し離れた位置から見ていた。
倒れ伏した男たちの後悔や屈辱が湿った空気に混ざって届く。
彼女の指先の震えは、すでに魔物に対する恐怖のものではない。
彼らの魂を解体してしまったのは、暴力的な力ではなく、エルインが放ち続けている悪意すらない徹底的な無関心だということを理解したためでもある。
エルインは軽く首の後ろを手でかくと、ただつまらなそうに前を見る。
「もう……歩いていいのか」
誰に対する確認でもなく、彼自身がただそこを通り抜けられると思っただけの淡白な声。
ガルヴェスの背中を避けるように数センチ横へずれ、彼は右手に下げた野菜の袋を少し引き上げる。
道すがらに転がっている小石程度の扱いで、男たちの上をまたぐことすらしない。
足音がわずかに離れていくその軌跡に、かつて栄光を貪った男たちは泥の中でただ打ちひしがれている。
◆ ◆ ◆
夜が訪れる直前の少しだけ赤みのかかった薄暗さが辺鄙な町の宿場を満たす頃。
食堂の裏口の軒先で、エルインは一人で手提げの中の野菜の一欠片をかじっていた。
外壁の外側の惨状や、その後に倒れた者たちがどうしたかは、すでに関心の外側で片付いている。
彼の隣に、少し歩幅をためらいながら近寄る人影があった。
セリアである。
昨日の馬車の襲撃でも彼女の命を彼が救ったが、今日ほど極限のカタルシスと虚無がないまぜになった彼を目の前に座らされるのは初めてのことだ。
「ここに、少し座ってもいいですか」
「……勝手にしろ」
エルインはちらりと視線を横にずらしつつ、再び前方にある木樽を凝視しはじめた。
セリアは冷たい風から身を少し強張らせつつ、彼との隙間を一つ拳の分だけ明けてベンチに腰を下ろす。
沈黙が二人の間に下ろされ、薪が燃える低い音が厨房の奥から響いた。
彼女の視線は、男の手元にある野菜袋をただ静かに見つめている。




