第12話「金物の街と外された留金」
埃と鉄の混ざった匂いが充満する薄暗い店舗の中で、エルインは無数の部品が収まった木箱にただぼんやりと視線を投げていた。
店主である白髭まじりの老人が、カウンターの奥で細い銀の針のようなものを削って加工しているのが見える。
セリアは彼から少し離れ、リストに書かれていた荷馬車の修理用釘と結界用の中継具が置かれた棚の前に立っていた。
彼女が手に取ったのは、手のひらほどの金属の筒だった。
魔力に対する抵抗を持たせる特殊な留め具であり、一般に出回っている安物ではなく防衛用の精密部品だ。
「これの予備を……六本ほどお願いできますか」
丁寧に抑揚を削ぎ落とした彼女の貴族特有の癖が出る注文に、老店主は手を止めることもなくカウンターの隅をアゴでしゃくった。
乱雑に積まれた箱。そこに数本の筒がただ放置されているだけだったが、それを拾い上げたセリアの指はその質の粗さに小さく眉間にしわを寄せていた。
都市の緊張が需要をひっ迫させているためか、仕入れを急いだ粗悪品の割合が紛れ込んでいる。
エルインは無意識のうちに店の奥へと足を進め、彼女から指先三本分だけ離れた位置に並んだ。
彼の手がなんの気なしに木箱のふちへと伸びる。
木箱の端から一本、先日の馬車で折れたものによく似た金具をつまみ上げる。
「なんか、曲がってるなこれ」
小声でつぶやいたエルインの声は全く気負いがない。
彼は筒の両端を親指と人差し指で軽く挟み、歪みを一瞬で元に戻すかのようにほんの少しだけ力を加えた。
指先から金属の分子構造そのものへと、物理法則を逸脱する限界突破の加護が直接伝播する感覚。
彼にはただ、硬いパンの端を少し指先で折り曲げる程度の重量にしか感じなかった。
ピキリ。
一切の軋む音すら許されずに、その中継具を構成していた粗悪な魔素の結びつきが弾け、次の瞬間に最高純度の魔銀と同等の究極の硬度へと作り替えられた。
表面から細かい不純物がチリとなってカウンターへぱらぱらとこぼれ落ちる。
老店主の削る手がピタリと止まり、その視線がエルインの手元に落ちた銀色のまばゆい光沢へ吸い寄せられた。
「お前さん……今の、ただの銅筒じゃなかったか」
店主の低いしゃがれた声が出口を探すように微細に震えていた。
「よくわからないが、ちょっとだけ歪んでいたのを伸ばしただけだぞ。これでいくらだ」
彼はなんの気負いもなく、自分が今しがた作り出した国宝級の品質へと変化した金属に価値を見出していない。
店主は言葉を失い、セリアが持っていた別の筒と彼が持つそれとを交互に見比べる。
エルインは無言でそれを木箱の中へ戻そうとし、セリアが慌てて彼の手からそれをそっと取り上げた。
彼女の指を包む皮手袋越しでも、その金属が内包する平穏な強さの冷たさが伝わってくる。
「……これをいただきます」
そう言ってセリアはわずかな硬貨を弾いてカウンターへ置き、エルインの背中を押すようにそそくさと外の雑踏へ足を向けた。
青空の下の敷石へ出た途端、彼女は肺の中に残っていた少し張つめた空気を細く長く吐き出した。
ただの指のわずかな運動で、物質の価値はおろか法則すらもことごとく無効にして上書きしていく。
彼の横にいるだけで、自らが属していた世界の常識がいかに軽く、吹けば飛ぶ程度の強度しか持っていなかったのだと連日思い知らされている。
エルインは何もなかったかのように陽射しの強さを気にして一回だけまばたきをする。
彼は自らが外したものが、ただの留金だったのか。あるいは彼に関わる者たちの認知の枠組みなのか。その境目は一切の思考外にあった。
彼の指に残ったほんのわずかな鉄の匂いを嗅ぎ慣れたいつもの体臭と勘違いし、その視線を道の向こうに揺れる赤い屋根の方へともう向けている。




