第六話
第六話
僕の名前は、神楽優紀。
クラスに一人はいる、目立たずひっそりと日々をやり過ごしている高校生だ。
小さな頃からアニメや漫画が好き。小学生の頃には友達も多かった。だけど、中学からそれは突然変わった。
それまでアニメの主人公や技名で盛り上がっていたはずなのに突然、どのクラスの女の子が可愛いとか、スカートがどうのと話し始めた。まるで全然違う世界の中に放り込まれた感じで、僕は段々と口数が減って行った。
そして、その日は来た。
大好きな漫画の発売日。いつもの本屋に駆け込んだ。
そこで出会ったのは、去年まで一緒に続きを楽しみにしていた友達‥‥の、はずだった。
「まだ、そんなもん読んでんの?」
「マジかよ」
「もう中学だろ」
中傷と嘲り。僕にとっての半年は、彼等にとっては違うのだろうか? 大好きだったものを馬鹿にできる程の長さなのか?
次の日には、クラス中から「キモイ、オタク」と遠ざけられ、僕は一人から孤独になった。
それからの僕は、学校では空気のように過ごし、漫画はインターネットで買うようになった。
スマホのプレイリストはアニソンで埋められ、僕の世界の中心はネットの中へと隠すようになった。
人の視線が怖くなって、眼鏡と前髪で隠した。
そうして高校生活も終わっていくんだろうと思っていた。
「あっ‥‥!」
イヤホンをスマホに繋いで、廊下を俯きがちに歩いていた時だった。
広がって歩いて来た男子生徒と肩がぶつかり、イヤホンジャックが抜けたスマホが手の中から滑り落ちる。
それだけなら、まだ良かった。
床に落ちた瞬間、スマホから大音量でアニソンが流れる。
「え、何これ?」
「アニソン?」
周りの生徒がざわつき始める。
「ぁ‥‥」
拾って、音を消さなきゃ‥‥そう思うのに、体が凍り付いて動かない。
「うわっ、マジかよ」
「高校で?」
放っておいてくれ! 俺が何を好きだろうと、お前に迷惑かけたかよ! そう心が叫ぶ。
「あっ! 俺この曲知ってる! 好きなんだよね!」
空気を引き裂くように聞こえて来た声に、肩が跳ねる。
周りの嘲る視線にもうんざりだが、こういう偽善者にもうんざりする。可哀想な僕を助けようとするんだ。
だけど、彼は違った。
僕のスマホを拾い上げたのは、いかにも陽キャ。明るい髪色に、耳にはピアス。僕とは正反対の、人懐っこい笑顔。そして、僕のスマホを持ったまま、歌い出した。
完璧な声量、完璧な音程。下手をすれば、オリジナルよりも上手い。
「確か、こうだよね?」
しかも、歌いながら踊り出した!
周りの生徒達の目が変わっていく。嘲りと中傷に満ちた空気が、羨望へと変わっていく。
「こら、そこ! 何騒いでんだ!」
先生の声が聞こえて来て、生徒達が散り始める。
「あ、ヤバッ! えっと‥‥」
彼が回りを見渡したのを見て、思わず近付いてしまった。
「あの、それ‥僕の‥‥」
消え入りそうな声だった。それでも、彼は拾い上げてくれた。
「勝手に触ってごめんね、つい懐かしくてさ!」
彼はそう言うと、スマホを手渡してくれた。急いで音を消す。
「う、ううん。助けてくれて、ありがとう‥‥」
「助ける?」
キョトンと首を傾げた彼は、本当にそんなつもりはなかったみたいだった。
この声、どこかで聞いた事がある気がする。恐る恐る顔を上げてみると、思い出した。
数日前、昇降口の前で歌っていた生徒だ。
その時は、「歌が上手い目立ちたがり」くらいにしか思わなかった。そんなに目立ちたいなら、インスタでもやれよとすら思っていた。そんな僕を、僕は殴ってやりたい。
「あ、あの‥‥僕、一組の神楽優紀‥‥」
自分の名前を高校で口にしたのは、入学後のクラスでの自己紹介以来だ。
「優紀くんね! 俺は二組の鈴也結! 音楽好きなら、軽音部入らない?」
「軽音部‥‥」
「興味あったら、いつでも部室来てね!」
そう言うと、彼はチャイムの音と共に去って行った。
思わず、自分の胸元を掴む。僕の胸は、初めてアニメで「推し」を見つけた時と同じくらい高鳴っていた。
自分の教室に戻り、席に座ってもそれは治まらなかった。
拾ってもらったスマホを見つめる。少しだけヒビの入った保護フィルムが、まるで自分の殻に入った亀裂みたいに見えた。
「そうだ‥‥」
あのイケメンっぷりなら、インスタやSNSをやってるかもしれない!
ネット検索を開始するが‥‥何も見つけられない。
名前をアルファベットやイニシャルにしてみても、何も出ない。
いやいや、まさか! あれだけの容姿で、歌えて‥‥一軍男子として一度や二度、バズっててもおかしくないだろ!
「無い‥‥」
折角見つけた推しが、公式どころか映り込みすらないなんて‥‥。
磨かれていない原石どころか、自分が宝石である事すら認識していないのか?
「‥‥してないだろうな」
僕を助けてくれた事さえ、きっと彼は気付いていないんだろう。
「ふ‥‥ふふ‥‥」
僕はこの時、殻に入った亀裂が広がっていく音を聞いていた。
それはなんとも心地よく、ムズムズと胸に広がっていく。
クラスメイトがチラチラと僕をみているが、そんな事はどうだって良い。
一生を捧げる推し活。そんな瞬間に出会えるチャンスなんて、もう二度とない。
「検索結果、該当なし」と画面に出たスマホを、握りしめた。




