第十九話
第十九話
『体育館での発表は以上となります。速やかに――』
生徒会のアナウンスを聞きながら、俺達は体育館裏で待機する事になった。
「あ~、気持ちよかった~!」
コンクリートの上に座り、体育館の壁にもたれる。まだ引かない汗と静まらない鼓動を感じて目を閉じた。
「俺、まだドキドキしてるわ」
「幸子にいい所を見せられて良かった」
「それって、岳の彼女? やっぱりあそこにいたの、岳の彼女だったんだね!」
「蒼真の好きな子って、あの眼鏡の子だろ」
そんな事を話していると、優紀がやって来た。
「皆さん、お疲れ様でした! 僕は‥‥僕は‥‥」
滝のように涙を流す優紀を、落ち着かせようと思い座らせた。そこに大きな影が現れる。
ビックリして見上げると、女子の制服を着た熊が立っていた。
「幸子!」
「岳!」
ひしと抱き合う、熊二と‥いや、二人。
「おい、見せつけんなよ!」
「他所でやれ」
「ここには俺達がいるから、大丈夫だよ」
岳は「すまんな」と言って、幸子ちゃんと学園祭の人混みへと消えて行った。
すると、今度は眼鏡を掛けた子が近付いて来た。
察した俺と樹が蒼真を立たせ、女の子の方へと押す。
「お、おい!」
「行ってこい」
「蒼真、頑張れよ!」
残ったのは、俺と樹と優紀。優紀の方を見ると、涙を流しながら「やっぱり、カメラ一台じゃ‥‥マイクの音質も‥‥」と何やらブツブツと言いながら、パソコン作業に没頭している。
「ふ‥‥あはは」
「ははっ」
俺と樹、どちらからともなく、笑いが込み上げてくる。
さっきまで、無我夢中で歌っていたのに、みんなはいつも通りだ。
「俺さ‥‥歌う事が好きだったけど‥」
茜色に染まり始めた空を見上げる。
「今日から、大好きになった」
そう俺が言うと、樹の尻尾で背中を叩かれた。
そして、一拍置いて樹が―――
「知ってる」
と一言だけ呟いた。
満足そうな樹の横顔に、俺も思わず口角が上がる。
「みなさん、明日から大変ですよ」
ふいにそう言った優紀を、俺と樹が見る。相変わらず優紀はパソコンに向かったままだ。
「大変って、何が?」
「さっきの体育館での演奏、ほぼ全校生徒が聞いていましたからね」
「全校生徒⁉」
「全校生徒⁉」
驚いて声を上げると、樹とハモッた。
「外で露店を出していた生徒はもちろんですが、音って結構響きますからね。しかも、噂が噂を呼び、校内の生徒も体育館側の窓を全開にして集まっていたみたいです。まあ、撮影は禁止されていたので、映像は出回ってないみたいですけど」
「あはは、俺達有名人になっちゃったね」
「マジか‥‥」
「僕としては、推しが見いだされて嬉しいやら寂しいやら‥‥」
「何言ってんだよ、優紀! 優紀だって俺達の仲間じゃん!」
「そもそも、優紀がいなかったら曲が無いだろ」
「結くん‥‥樹くん‥‥」
また泣き出してしまった優紀を樹と挟んで座り、肩を組む。
「優紀は俺達の‥‥プロデューサーかな?」
「作詞作曲、機械関係、映像‥‥全部、優紀がやってる」
「そんな‥‥僕は、幸せです。推しの一番近くで、推し活できるんですから!」
樹と顔を見合わせて、思わず噴き出した。優紀にとっては、推し活らしい。
優紀は涙を拭うと、何かを考えるように呟いた。
「お二人は‥‥将来の事って考えてます?」
「どしたの、急に」
「俺たちまだ一年だろ」
「僕は! みなさんの事をもっと推したい! 結くんの歌をもっと聞きたい!」
急に立ち上がった優紀に、樹と一緒にたじろぐ。
「お、おう‥‥」
「あ、ありがと‥‥」
「結くんの歌なら、日本‥‥いいえ、海外でも通用すると思っています!」
「海外⁉」
「海外⁉」
「さすがにそれは‥‥」
「いいえ! 今はネット社会なんですよ! 指一本で世界中と繋がるんです!」
優紀の勢いに押され、思わず樹と肩がぶつかる。俺と同じようにビビったのか、樹の尻尾が膨らんでいた。
「未成年のうちは顔出し無で‥‥親御さんたちにも確認‥‥それから、榊先生や学校にも‥‥」
「お~い、優紀?」
「優紀? ダメだ、こうなると耳に入らないぞ」
「あはは、そうだね」
「結は‥‥将来の事とか考えてるか?」
壁に背を預け、空を見上げる。
「‥‥全然。樹は?」
「俺も‥‥岳は家の養蜂やるだろうな」
「だよね。蒼真はどうだろう‥‥」
歌うのは好きだけど、それでプロになりたいかと言われると、難しい。
―――そう、思っていた。
「今日、気持ちよかったよね」
「――ああ」
「みんなの音とか、歓声とか‥‥まだ耳に残ってる」
あの瞬間を、もう一度感じたい。
「もっと‥‥歌いたい」
「世界、か‥‥」
「行っちゃう?」
「俺もかよ」
「だって、あれだけ「歌え!」って脅したくせに」
「脅してはないだろ」
「いや、あれは「歌わないと殺す!」くらいの音だったね」
「何だそれ」
樹と初めて会った時には、こんなふうになるとは思っていなかった。それがまさか、「世界」とか言っちゃってる。
「あ、結くん」
いつの間にか戻って来た優紀が声をかけて来た。
「なつきさんに、さっきの動画送っても良いですか? 文化祭の演奏撮ったら送ってほしいと言われていたので」
「え、そうなの? うん、大丈夫だよ」
俺はこの時、正直何も考えずに返事した自分を、後に叩きたいような褒めたいような気分になったのだった。




