第十八話
第十八話
ゆっくりと幕が上がっていく。
体育館に並べられたイスが見えてくる。
スマホを弄る生徒や、談笑している子達、出演者の親なのか、大人もちらほらと見え始めた。
半分も埋まっていない客席に、一瞬息を飲んだ。だけど、次の瞬間―――
「‥‥ははっ!」
出て来たのは、乾いた笑いなんかじゃなかった。
客席の真ん中辺り。
祖母ちゃんが、両手に持ったペンライトを、一生懸命振っていた。
「結~!」
そして、その横には―――ペンライトと、いつの間に作ったのか、俺の名前入りウチワを持った両親の姿があった。
緊張とか、客が少ないとか、そんなのもうどうでも良い。
「‥‥マジか」
ボソリと樹の呟きが聞こえて来た。よく見ると、祖母ちゃんを挟んだ反対側に、狼の獣人がズラリと並んでいた。樹の様子から、多分お兄ちゃん達と両親なんだろうと思う。
俺の祖母ちゃんから持たされたのか、ちゃんとペンライトと樹の名前が入ったウチワを持っていた。しかも、仏頂面した榊先生まで、ペンライトを持たされている。
俺は笑いを堪えながら、マイクスタンドを握った。
「えっと‥‥軽音部です。僕たちの歌で‥音で、少しでも笑顔になってもらえたら、嬉しいです」
体育館内が暗くなり、スポットライトの光が降り注ぐ。
「聞いてください―――『サイダー・ブルー』」
岳のシンバルが鳴り響き、音が溢れ出す。
―炭酸みたいに 弾けて消えた
あの日の青を ボクはきっと何度も思い出すだろう―
皆の音と、俺の声が混ざって、体育館を満たしていく。
最初は遠慮がちだった皆の音が、今度は俺を支えてくれる。
樹の方をチラリと見ると、目が合った。
まるで「遠慮したらぶっ飛ばす」と声が聞こえてきそうなくらいに睨まれて、思わず苦笑いをした。
樹が、指先の毛が禿げるくらい練習した理由。それが分からないほどバカじゃない。
最初はたどたどしく着いて来ていた樹の音が、今は俺を前へと突き出す。
かっこ悪い所なんか、見せられないだろ?
腹から出す空気と音が、マイクに吸い込まれて拡散されていく。
この時――俺は気付かなかったけど、一人、また一人と体育館に人が入り始めたらしい。
体育館に防音設備なんかないから、漏れ出した音を聞いた生徒や招待客が引き寄せられていた。
一曲目の最後の音が鳴り、シンと静まり返る。
スポットライトのせいで、客席がよく見えない。
一瞬心配になるが、そんな俺の背中を押すように、二曲目の伴奏が始まる。
「‥‥『君の好きな音』」
曲名を言うだけで精一杯だった。
スタンドマイクを握る指先が、震えているのが分かる。
―君の好きな歌を 口ずさんでみても 隣を歩く理由にはなれなくて
素直になれなくて ついからかって誤魔化すけど 君の隣はボクじゃなきゃ嫌なんだ―
俺にはまだ、恋は分からない。それでも、この歌に込められた蒼真の想いが届くように――そう思って、心を籠める。
視界の端にある蒼真の瞳が、客席の一点を見つめていた。もしかしたら‥‥そう思うと、更に熱が籠る。
ゆっくりとしたテンポ。以前の樹なら、音が少し揺れていた。だけど今は、ベースから流れてくる低音が、俺の声と共鳴している。まるで、呼応する遠吠えみたいで気持ちいい。
歌い終わると、再び静寂が広がる。俺はお構いなしに、その静寂を超えていく。
「最後の曲‥‥『夢を鳴らせ』!」
さっきとは違い、勢いよく曲が始まる。
いつの間にか、指の震えは止まっていた。
―まだ終われない この声が枯れるまで
今しかない 僕らを鳴らせ
笑われたっていい 青いままで行こうぜ―
流れる汗を振り払い、腹の底から声を鳴らす。
悩みも葛藤も、嬉しい事も悲しい事も、持てるだけ持って行けばいい。
止まった足を踏み出す一歩。背中を鼓舞する声援。一緒に走る足音。
優紀が、この曲は応援歌だと言ってた。
「‥‥はぁっ‥はぁ‥」
最後の音が鳴り響く。静寂が心拍数を上げていく。
一拍置いてスポットライトが消され、再び体育館が明るくなる。
その瞬間、皆の息を飲む音が聞こえて来た。
半分程しか埋まっていなかった客席は全て埋まり、それでも溢れた人達が体育館の入り口から廊下まで続いていた。
そして次の瞬間、体育館が揺れるほどの拍手と歓声が、一気に押し寄せて来た。
「え‥‥え?」
始まった時とは全然違う光景に、瞬きが止まらない。
「結、何か言え!」
呆然としていると、蒼真にせっつかれて我に返る。
「け、軽音部でした! 聞いてくれて、ありがとう!」
再び体育館が揺れるほどの歓声が上がり、俺達は生徒会の人に追い立てられるようにして裏に引っ込んだ。




