第十七話
第十七話
文化祭の日は、あっと言う間にやって来た。
軽音部の練習に加えてクラスの出し物の準備が忙しく、バタバタと忙しく走り回った。
「はい、どうぞ。チョコバナナね」
「ありがとうございます!」
「イケメンが作ったクレープ!」
俺のクラスはクレープの屋台だ。結構好評なんだけど、少し離れた所には行列の出来ているたこ焼き屋があった。しかも、焼いているのは岳。器用な手さばきで、あっと言う間に大量のたこ焼きをクルクルと回す。秘伝のタレには、岳の家の蜂蜜が隠し味で入っているらしい。
その反対側では、樹が眉間にシワを寄せながらホットドッグを売っていた。
どうやら樹は接客が壊滅的らしく、来たお客さんが逃げる。
戦力外通告を受けた樹がこっちに向かって歩いてくると、樹が数名の獣人に囲まれてしまった。樹よりも背が高く、全員狼の獣人だった。
「ゲッ‥‥本当に来たのかよ」
「ゲッってなんだよ。お兄様達が来てやったんだろうが」
「頼んでねぇよ!」
どうやら樹のお兄ちゃん達らしい。樹はいつもより少し幼く見えて、微笑ましい。
「イチゴバナナチョコをおくれ」
「祖母ちゃん! 来てくれたんだね」
「もちろん、来るさね。結の晴れ舞台だからねぇ」
もしかしてと思って周りを見渡す。
「まったく、あの子達は‥‥息子の初舞台だってのに、何をやってんだか」
「あ~、まぁ、しょうがないよ」
俺の両親は、今海外にいる。一応、文化祭用のファミリーパスは送っておいた。来ない確率の方が高いと思ってはいても、少しだけ胸が痛んだ。
「休憩所もあるから、楽しんでいってね」
「ライブ、楽しみにしとるでな」
「うん!」
祖母ちゃんが人混みに消えていくと、樹がやって来た。頭を撫でられたのか、毛並みがバサバサになっていて、少し面白い。
「蒼真と優紀は?」
「蒼真は執事喫茶で、優紀は占いらしいよ」
「なんだそれ」
クラスメイトに抜ける事を告げ、エプロンを取る。
樹と二人で岳の屋台に向かい、合流した。
「今度、タレのレシピ教えてよ」
「分かった」
「家でタコパもいいよね」
「たこぱ?」
「たこぱって何だ?」
「二人とも知らないの⁉ 友達で集まって、たこ焼きパーティーするの。うちにたこ焼きメーカーあるからさぁ」
そんな話をしながら校舎に入ると、「占い」と書かれた看板を見つけた。教室の中から、女の子たちが嬉しそうに出て来る。中を覗いてみると、大きなモニターに猫のようなキャラクターが映し出されていた。
「優紀~!」
呼びかけると、裏から優紀が出て来た。
「黒いローブの占いっぽい恰好してるのかと思った」
「実はこれ、裏でAIに情報入力して占いっぽくしてるんです。人の顔見て話すより、キャラクターの方が話しやすいかと思って」
「へぇ~、凄いね! AIって占いもできるんだ?」
優紀の説明を聞きながら、蒼真のクラスに向かう。優紀の説明は早口で、どこで息継ぎしているのか心配になる。
蒼真のクラスに到着し、そっと覗き込む。すると、バトラー姿の蒼真と女の子が話しているのが見えた。
「蒼真くん、似合うね!」
「そ、そうか?」
蒼真は素っ気ない感じを装っているが、漂っている空気で何となく察してしまった。
それは皆も同じだったらしく、生暖かい視線が向けられる。
「うわっ! お前等、何だよ!」
そんな俺達の視線に気が付いた蒼真が、慌てて駆け寄って来た。
「悪い、邪魔した?」
「蒼真、素直になれ」
「人間の求愛はまだるっこしい‥‥」
「いいですねぇ‥‥」
「うるせぇ!」
こうして蒼真も合流し、体育館へと向かった。
体育館の裏からステージ裏に入ると、何組かが出番を待っている状態だった。
「軽音部ですね‥‥あと、三組が終わった後になります」
生徒会の人に言われ、順番を待つ。
周りの張り詰めた緊張感に、俺までドキドキしてきてしまった。
そんな時、樹がこそっと話しかけてきた。
「結」
「な、何?」
「結でも緊張するのな」
「俺でもって何さ」
「いつもそこらで歌ってるから、平気なのかと思った」
「そこらでって‥‥まぁ、否定はできないけどさ」
思い返してみると、完全に否定できない。つい、鼻歌とか出ちゃうんだよなぁ。
「心配すんな。俺がいる‥‥お前は好きに歌えばいい」
「昨日、コードの指間違えて、ひっくり返った音出した人が大きな事言ってるぅ」
「‥‥うるせぇ」
「あはは、冗談―――うん、ありがと」
うん、大丈夫。失敗したっていいじゃないか。俺には、一緒に笑える仲間がいるんだから。
とうとう俺達の出番が来て、楽器や機材を準備する為に、一度幕が下ろされる。
一瞬だけ見えた客席は、半分くらいが埋まっていた。
ガヤガヤとした話声と、生徒会のアナウンスが聞こえて来る。
『体育館内での撮影は、生徒やお客様保護の為、ご遠慮ください。なお、親族の方と部活動の記録のみ撮影可能とさせていただきます―――』
後ろを振り返り、皆の顔を見渡す。
早鐘を打っていた心臓が、段々と落ち着いて行く。
マイクスタンドを握りしめていた手が緩む。
俺達はここに、何かを成し遂げに来たわけじゃない。
順位もない、優劣もない。
ただ、仲間と一緒に楽しむために来たんだ。
『それでは、次は軽音部の演奏です』
ゆっくりと幕が上がり始めた。




