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第一話

第一話



朝霧の中、自転車のペダルを漕いで学校にたどり着く。

まだガランとした駐輪場に、適当に自転車を突っ込む。


「田村さん、おはよ~!」

「おう、今日も早いな」


入学してから毎日、朝一番に会うのは用務員の田村さんだ。

校舎の鍵を開けてもらうと、上履きに履き替えて階段を登っていく。


まだ誰もいない校舎はよく声が響く。

お風呂で歌うのとは違う気持ちよさに、鼻歌まじりにいつもの場所へと向かった。


「ひぃ‥‥きっつ」


うちの学校はマンモス高で、校舎は六階建て。階段を登り切ると、息が切れる。

少子化なんて言われていた時代もあるが、ある時を境に人口は倍増した。


その要因は、一枚の壁だった。


まるで世界を分けるように作られた壁。


この世界には、二つの種族が存在する。人間と、獣の姿を持つ――所謂、獣人だ。


人間と獣人は、遥か昔から争いを繰り返していた。とうとう大きな戦争になりかけ、このままでは双方が滅びると悟った末、壁で世界を区切る事に至った。


それから百年近く、種族は分断される事になる。


俺の祖母ちゃんが小さい頃に壁が取り壊される事になったらしいけど‥‥最初は上手くいかなかったらしい。

同じ国、同じ言語、同じ生活水準。だが、見た目も文化も違う。

お互いの目隠しを取ったくらいで、次の日から「はい、仲良し!」とは行かない。


それからは暫く、あっちこっちでいざこざが起きたらしいが、今は比較的落ち着いている。

とは言え、まだどこかよそよそしさは残っていて、完全には打ち解けていない。

うちの学校も、半々の割合ではあるが、学科が分かれている。


俺はそれが、ちょっとつまらない。


「よいしょっと」


いつもの空き教室に入り、机の上に座る。ここが俺の定位置だ。

椅子の背をタップし、リズムを作る。


小さい頃から歌う事が好きだった。俺が歌うと、祖母ちゃんが喜んでくれた。


仕事が忙しく、海外にいる事が多い両親に代わり、俺を育ててくれたのは祖母ちゃんだった。


教室に響き渡る声。

家でも歌えるけど、俺はこの空間が好きだ。

暫く歌っていると、廊下側から人の気配がした。よく見ると、窓の向こうに犬っぽい耳の先が見える。

時折ピクピクと動く耳を、可愛いと思ってしまった。きっと、隠れているつもりなんだろうな。

ここにいると言う事は、嫌ではないんだろうと思い、歌い続ける。

チラリと見ると、耳は隠れたが尻尾がチラチラと見え隠れしていた。

思わず吹き出しそうになる。


同じ学校にいるのに、人間と獣人の交流は殆どない。そんなの、勿体ないじゃないか。


声をかけたら逃げちゃうかな?

そんな事を思いながら歌っていると、ゆっくりと顔が出て来た。


バッチリと目が合う。


声をかけようとすると、ゆっくりと顔が戻って行く。


「いや、さっきから見えてるから!」


思わず噴き出してしまった。

俺が笑っていると、観念したのか、バツが悪そうに後頭部を掻きながら、姿を現した。


犬‥‥いや、オオカミか? 学ランの前を開けた、背の高い獣人だった。


「‥‥邪魔するつもりじゃなかった」

「全然、邪魔じゃないよ」


会話が途切れ、微妙な空気が流れる。


「えっと‥‥音楽好き?」

「‥‥嫌いじゃない」


また途切れる。どうしよう‥なんか喋った方が良いのかな。


「歌‥‥」

「ん?」

「歌わないのか‥‥」


照れているのか、彼は横を向いてボソリと呟いた。でも、尻尾が揺れている。

また噴き出しそうになるのを必死で飲み込み、再び歌い始める。


暫く歌っていると、下の階からザワザワと人の気配が伝わって来る。どうやら、他の生徒達が登校し始めたみたいだ。

俺が歌うのを止めると、彼も気付いたのか、廊下の方を見た。


「俺、結。鈴也結」

「‥‥黒崎樹」


樹が廊下の方に歩いて行く。


「またな、樹!」

「‥‥ああ」


俺が手を振ると、樹は軽く手を上げて、少し猫背気味にして廊下に出て行った。


その日から、俺の日課に観客が一人増えた。


樹に会ってから一週間。休み以外は、毎日会っている。だが、殆ど会話は無い。


「あ、樹だ」


移動教室で渡り廊下を歩いていると、獣人用の運動場でバスケをしている樹を見かけた。

身体能力の差があり、体育の授業も分けられている。まぁ、それはしょうがないかな。


「うわっ、やっぱ獣人はすげぇな」


一緒に歩いていた友達が、眉をひそめる。

凄いと言いつつ、どこか棘のある言い方。


「やっぱ、俺らとは違うよな」

「‥‥そうかな? 話してみると、俺達と変わんないよ?」

「俺は、お前のそう言う所が心配だよ。デカい図体してるくせに、変な壺とか買いそう」

「いや、買わないし」


そんな会話をしながら歩いていると、樹と目が合った気がした。小さく手を振ると、樹が恐る恐る、手を上げる。


「何、お前、獣人と知り合いなの?」

「樹、な。友達‥‥いや、客?」

「なんだそりゃ」


その日の放課後、廊下を歩いていると、樹と出会った。


「あ、樹!」

「結か‥‥」


朝以外で会うのは、何気に初めてだった。


「帰るのか?」

「いや、俺は今から部室に行こうと思って」

「部活やってたのか」


樹は、デカい。俺でも百八十センチメートルあるのに、更にデカい。


「いや、部活は入ってないって言うか、入りたいんだけどね」


説明になっていない俺の言葉に、樹が首を傾げる。


「一緒に行く?」


ダメ元で聞いてみたら、樹が頷いた。

二人で歩くと、周りがチラチラと見て来る。それは人間側だけじゃなく、獣人も。

二人とも背が高いから、悪目立ちしてる可能性はあるけど。


「ここだよ」


三階にある音楽室の横、鍵を取り出し、防音の効いた重苦しい扉を開ける。

中に入ると、ドラムセットやギター、ベースが置かれている。


「元々、軽音部があったらしいんだけど――部員がいなくて、廃部寸前」


樹が興味深そうにキョロキョロと見渡す。


「樹は‥‥ベースとか似合いそう」


本当に、軽い気持ちだった。

ギターをかき鳴らすと言うよりは、低音のベースが似合うと思ったんだ。

立てかけてあったケースからベースを取り出し、軽く絃を弾く。

すると、樹の耳と尻尾がビッ! と立ち上がり、毛が逆立った。


「わ、悪い、煩かった?」


俺は慌てて絃を押さえる。獣人の聴覚は人間よりも鋭いと聞いた事がある。

俺にとっては小さな音でも、聞こえ方が違うのかもしれない。


「いや‥‥もう一回」

「お、おう‥‥」


今度は、上から下へと指を滑らせる。チューニングのされていないベースは、若干外れた音を奏でた。

それでも十分だったのか、樹の目が俺の抱えているベースに釘付けになった。それは、何か特別な物を見つけた時の輝きだった。


「なあ‥‥俺と一緒に音楽やらない⁉」


気が付いたら、俺の口から言葉が滑り落ちていた。


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