第十四話
第十四話
樹と顔を見合わせた後、急いでリビングに走り込む。
「大丈夫⁉」
ソファに座り、背もたれに体を預けた状態で、魂が抜けかけている榊先生と、彼の肩を掴んで揺さぶる優紀の姿があった。
「え、何!? どうしたの?」
「榊先生が、「君の好きな歌」を聞いてこうなっちゃったんだよ」
「ああ、なるほどな」
「あはは‥‥」
妙に納得している樹の横で、俺は笑う事しかできなかった。「君の好きな歌」は、蒼真の片思い‥‥幼馴染への、淡い恋心を歌った曲だ。
「うっ‥‥」
「先生!」
「独身のアラフォーには‥‥効くぜ‥‥」
榊先生がシャツの胸元をギュッと鷲掴み、天井を見上げた。
声をかけようかとオロオロしていると、俺の携帯に着信が入った。
それは、昔、人間と獣人を分けていた壁の近くでライブバーをやっている従兄からだった。
『はぁい、結! 元気? 夏休なんでしょ? 偶には歌いに来なさいよね』
そう書かれていたメール画面を見て、思わず「あ!」と叫んだ。
「いいかも!」
「急にどうした?」
「俺の従兄が、ライブバーやってんだけど‥‥そこでやってみない?」
「ライブバー?」
「バーとライブハウスの中間みたいな店。飲んだり食べたりしながら、演奏とか歌を聞けるお店なんだ。で、そこで演奏もさせてもらえる。小さな店だし、来るのは常連さんばっかりだから、安心なんだ」
「鈴也、それは部活としてだよな? だったら、皆の親御さんたちの許可が必要だ。それに、引率として俺も行く事になるぞ」
「分かった! 岳と蒼真にも話して来る!」
まだ地下にいる二人を呼びに走った。
次の日、榊先生が保護者同意書を持って現れ、一旦それぞれの家に帰る事になった。
急に人がいなくなった家は凄く静かで、何となく落ち着かない。
そんな俺の気持ちを察したのか、ソファに座った俺の膝に、にゃあさんが乗って来た。
「にゃあさんと二人きりってのも、久しぶりな気がするね」
「ニャァ」
他は知らんとでも言いたげに鳴くと、俺の顔に頬を摺り寄せて来る。その日は、一日中にゃあさんと過ごしていた。
三日後、再び家に集合。
そして一週間後、その日はやって来た。
「こっち、こっち!」
夕方、大通りから一本中に入った路地の雑居ビル。その地下に「hideaway」と言う店がある。木製のシンプルな扉を開く。落ち着いた照明の店内に、カウンター席とテーブル席があり、一番奥には、ステージとドラムセット、スピーカー等が置いてある。
「なっちゃん、来たよ!」
「結ちゃん、久しぶり! 相変わらずイケメンねぇ!」
カウンターの奥から出て来たのは、白いシャツと黒いズボンで、腰にカフェエプロンを巻いた綺麗な女性だった。放漫な胸を揺らし、結に抱き着く。
「ちょ、なっちゃん、苦しいってぇ」
「いいじゃない、久しぶりなんだから。イケメンからしか摂取できない栄養があるのよ」
なっちゃんは俺より少し背が高い。昔はかなりヤンチャをしていたらしく、カウンターの隅には、ハンドルがめちゃくちゃ長いバイクに跨った、リーゼント姿のなっちゃんの写真が飾られている。なっちゃん曰く、「悪ガキだったのよ‥‥」らしい。
なっちゃん。本名なつきを皆に紹介していると、常連のお客さん達が入って来た。
俺は小さい頃から偶にここで歌わせてもらっているので、皆顔見知りだ。
「結坊、久しぶりだな」
「もぉ坊じゃないよ。俺、高校生だよ?」
「はっはっはっ! 儂らからしたら、高校生なんざ殻のついたひよっこだ」
それまで緊張していた皆の顔が、少し柔らかくなった。榊先生を除いて。
「先生?」
「い、いや、なんでもない‥‥」
「そう? じゃあ、準備してくるね!」
ステージに上がり、それぞれ準備していく。優紀も席を一つ借り、パソコンを開いた。
「榊せんせ」
「は、はい!」
なつきに声をかけられた、榊の背中がビクッと跳ねる。
「もしかして‥‥気付いちゃった?」
「‥‥何なんですか、この店‥‥」
正直、榊の心臓は早鐘を打っていた。それは、生徒達が初めてステージに上がるだけじゃない。ただの常連だと紹介された中高年の人達の顔全てに、見覚えがあったからだ。
ライブバーと言えば、音楽好きや業界関係者もよく訪れると聞く。だが、ここはそんなレベルじゃない。引退した有名プロデューサーや、大物作曲家‥‥現役レコード会社の会長までいる。
「小さい頃からここで歌っていると言っていましたが、結は‥‥知ってるんですか?」
「いいえ、知らないわ。結にとっては、常連客のお爺ちゃん達って感じかしら」
「もしかして、結のあの歌唱力は‥‥」
「ああ、それは関係ないわ。あの人達は、アドバイスも何もしない。ただ、孫が歌ってるのを見て楽しんでる爺さんみたいなもんよ」
榊が常連たちの方を見ると、皆ニコニコと結を見ていた。
「結坊、大きくなったなぁ」
「俺達も年を取るはずさ」
「バンドを組んだって事は、本気で音楽やる気になったんかいなぁ」
等と、のんびりとした会話が聞こえてくる。
「ふふ、あの人達、変な協定結んでるのよ」
「協定?」
「結ちゃんに対して、余計なアドバイスをしない、育てようとしない、業界に勧誘しない―――結を陰ながら応援し隊。因みに、私が隊長よ」
なつきがクスクスと笑う。
「だから、あの子の歌はまだ真っ新なままよ。まあ、それが楽しいんでしょうけどね」
「はあ‥‥」
もしも、これだけの大物達が本気で結を育てようとしたら‥‥榊の背中に冷たいものが走る。
「だから‥‥結ちゃんや他の子には内緒にしてね? じゃないと‥‥これ、結ちゃんに見せちゃうかも」
なつきがスマホを取り出して見せた。その画面には、髪を立てて化粧をし、ギターを持った榊の若い頃の画像が映し出されていた。榊が目を見開き、額から汗が噴き出る。
「ど、どこでそれを‥‥」
「ふふ‥‥内緒」
「まったく‥‥とんでもない店だな、ここは




