第十三話
第十三話
皆で初めて合わせた夜だった。夜中に目が覚めると、寝ているはずの樹がいなかった。
トイレかなと思ったけど、中々帰って来ない。自分の膀胱が限界になりトイレに向かうと、地下へ向かう階段の電気がついていた。
トイレを済ませ、下へと向かう。
「樹?」
扉を開けると、樹が天井近くに開けられた窓から月を見上げていた。
「寝れなかった?」
「‥‥少しな」
隣に座ると、樹の膝の上にはベースが置かれていた。
「すっごく上手くなったよね。数週間前には、触った事すらなかったのに」
「‥‥俺も、そう思ってた」
樹の言葉に、首を傾げる。思ってたって事は、今はそう思って無いって事だよな?
「出せる音が増えていくのが面白い。音が曲になるのも面白い。上手くなっていってるつもりだった‥‥今日、結の本気の歌を聞くまでは」
「樹‥‥」
思わず俯いてしまった。またか――と。
小さい頃から歌うのが好きだった。
両親のように楽器を弾きたいと思っても、俺の手は想像したようには動いてくれなかった。
何度も練習して、唯一奏でられたのは自分の声だけ。
俺が歌うと、祖母ちゃんや周りの大人が喜んでくれた。
それが嬉しくて、学校の音楽の授業でいつもの様に歌ってみた。
すると、返って来たのは冷たい視線だった。
『皆と合わせて』『ずるい』『一人だけちがう』
俺はそれ以来、人前で、本当の意味で歌う事を止めた。
だけど、今日は皆の音が嬉しくて、つい出ちゃったんだ。
でももし、それがまた同じ事を繰り返すなら‥‥そう思いかけた瞬間、樹から想像していなかった言葉が降って来た。
「だから、もっと頑張るよ」
「え‥‥?」
「いつもの朝の歌もいいけど‥‥結が安心して本気を出せるように、もっと上手くなる」
「樹‥‥」
「ってか、もっと早く言えよ。びっくりしたわ」
「俺の実力はこんなもんじゃないですって? それ、痛い奴じゃん」
思わず笑いが込み上げると、樹の尻尾が揺れているのが見えて、余計に笑いそうになった。
それから明け方まで、樹のベースに合わせて歌ったり、話したりしていた。
気が付いたら二人でそのまま眠っていて、練習しに来た蒼真に起こされて二人で笑った。
*
「あっつ~」
今日は朝から二曲目の合わせをしたんだけど‥‥再び家がカオス状態になり、一度落ち着こうと言う事で樹とコンビニにアイスを買いに行って来た。
保冷バッグの中に詰められたアイスの中から、我慢できずに一袋取り出す。中には二本の細長いチューブ型のアイスが入っていて、一つを樹に渡す。
「先に食べてもいいのか?」
「こんな炎天下だよ? 食べないと死んじゃう」
蓋をあけ、チューブに吸い付く。
「‥‥うまっ」
同じように吸い付いた樹の顔が「無」になり、尻尾がビッと立って固まる。
「‥‥これ、何‥‥?」
「えっとね‥‥牛タン炭火焼。意外と美味しくてびっくりした。前に、牛タン味のサイダー飲んで美味しかったんだよねぇ」
「‥‥人間って、偶に変なもん作るよな」
「え~、でも、意外と癖にならない?」
「まぁ‥‥不味くはないけど」
そんな話をしながら、日陰を追うように歩く。
二曲目のバラードは、優紀が岳と蒼真から話を聞いて作った曲だ。
幼馴染の子に片思いする曲。
優紀はいつもの様に泣き崩れ、蒼真は「俺‥‥今から告白してくる」と立ち上がり、岳が彼女に電話し始めた。
何とか三人を宥め、樹とアイスを買いにやって来たという訳だ。
「蒼真が告白しに行くって言った時は、ビックリしたなぁ」
「流石に止めたけどな。告白なんて、勢いでするもんじゃないだろ」
「確かに」
笑いながら、思わず口ずさむ。
「タイトル、君の好きな音、だったっけ」
「ああ」
君の好きな歌を口ずさんでみても
隣を歩く理由にはなれなくて
素直になれなくて、ついからかって誤魔化すけど
君の隣はボクじゃなきゃ嫌なんだ
「今の俺の隣は、樹だね」
「結‥‥お前‥」
樹に見つめられ、鍵盤を弾くみたいに鼓動が跳ねた気がした。
「残念なイケメンって言われねぇ?」
「はい? 何で唐突にディスられたの、俺」
「いや、前から思ってたんだけどさ‥‥そのTシャツのキャラ何だよ」
自分のシャツを見下ろす。そこには、ぽっちゃり猫が寝転がっていて、吹き出しに「あつい」と書かれている。
「ブサカワで良いじゃん」
「ブサカワって‥‥褒めてんのか、それ」
「祖母ちゃんがくれるTシャツって、こう言うの多くてさぁ。今度、樹のも」
「遠慮しとく」
「被せ気味に即答⁉ バンドの服探すって言ってたよ? なんか、キラキラした奴」
「キラキラ?」
「祖母ちゃん、マイコ―が好きでさぁ。ビデオ何回も見せられて、ムーンウォークもできる」
「なんだそれ」
樹に保冷バッグを渡し、くるっとターンしてから実演して見せた。
「すり足?」
「ムーンウォークだってば」
「お前、ダンスまで出来んの?」
「どうだろ‥‥ちゃんとやった事ない」
そんな話をしながら帰って玄関を開けると、優紀の叫び声が聞こえて来た。
「先生、しっかり! せんせ~~!」




