第十二話
第十二話
急いで玄関に走り、ドアを開ける。
「先生! 良い所に!」
「は? 何かあったのか?」
「いや~、ちょっとカオスで」
榊先生を中に招き入れると、皆がリビングに上がって来た。
優紀はまだ泣いてるし、蒼真と岳も項垂れている。樹も遠くを見ていた。
「先生、なんとかしてよぉ」
「なんだってんだよ‥‥」
榊先生が困ったように頭を掻くと、優紀が無言でイヤホンを榊先生に渡した。
「ったく‥‥後でちゃんと説明しろよ」
榊先生がイヤホンを耳に着けると、優紀がパソコンの再生ボタンをクリックした。
暫くして終わったのか、榊先生がイヤホンを外すと俺の方を見た。
「鈴也、お前が悪い」
「俺⁉」
「お前なぁ‥‥自分の歌の破壊力、わかってねぇのか」
「は、破壊力?」
この状況、俺のせいなの?
「破壊力って‥‥もしかして、俺実はすっごい音痴だったとか⁉」
「ちげぇわ、バカ」
榊先生に頭を叩かれた。
「その逆だ」
「逆?」
「はぁ‥‥皆で仲良くキャンピングカーでドライブに行こうとしたら、F1ドライバーが乗り込んで来たみたいなもんだぞ」
「‥‥いや、全然意味わかんないんだけど」
榊先生が項垂れ、ため息を吐いた。
「お前‥‥これ、本気で歌ったのか?」
「うん、そうだよ。 皆の音で歌うの、楽しかったぁ!」
「はぁ‥‥分かった。黒崎、矢立、蜜井。お前等は死ぬ気で練習しろ。じゃないと、食われっぱなしになるぞ」
「先生、俺は?」
「お前は‥‥そのままでいい。楽しく歌ってろ」
「えぇ~‥‥」
納得は出来なかったけど、何とかみんなが顔を上げてくれたから良いか。
結局、その日はまた自主練に戻ってしまった。
「おい、神楽」
やっと泣き止み、鼻をかんだ後のティッシュが山盛りになっている優紀に、榊先生が耳打ちする。
「データ、後で送ってくれ。それと、あと二曲もな」
優紀は小さく頷くと、榊先生と強く握手していた。何か、通じ合う物があったらしい。
*
赴任先の高校に、軽音部が存在しているのは知っていた。
部員が昔起こした不始末で、廃部とはいかなかったものの、今は誰もいない。
つい懐かしさで部室に足を運ぶが、埃を被った楽器が物悲しく置かれていた。
今でも耳に残る仲間の音に、思わず目を伏せた。
俺は昔、インディーズでそこそこ売れたバンドのメンバーだった。
プロになれるとか、なろうなんて考えていなかった。ただ、音楽と仲間との時間が楽しくて続けていただけだった。
バンドとバイトの往復。隙間時間に寝て、固定のファンもついて来た時だった。
小さなスタジオで、突然降ってわいたプロへの道。
皆、最初は喜んだ。だが、最初に入った亀裂は、本当に小さな傷だった。
ぼんやりと見ていた夢の世界が、現実になるかもしれないと。
もっと派手に、もっと上手く‥‥いつしか自分達の色と音を忘れ、売れる為の音に変わって行った。
些細な喧嘩が増え、すれ違って行く。
亀裂が広がっていくのに、気付かないふりをして―――修復できない傷になるのに、時間はかからなかった。
ある日、部室に行くと、被っていた埃が綺麗になっていた。
入部届けは出されていない。同僚に聞いてみたら、ある生徒が掃除をする代わりに出入りしていると教えてくれた。
鈴也結。親がオーケストラの一員で、世界中を飛び回っているらしい。実質独り暮らしだが、祖母が近くの商店街に店をだしているらしく、学校側も承認していた。
外見から目立つ生徒ではあったが、いたって普通の高校生と言った心象だった。
親の影響を受けて音楽の道に入ったなんて話は、珍しいもんじゃない。
だが、それなら吹奏楽に行くもんじゃないのか? それとも、殆ど家にいない両親への反抗でバンドに向いたのか。
そう思っていたが、楽器を弾いている様子はない。
不思議に思っていたある日の朝、校内を歩いていると、歌声が聞こえて来た。
コッソリ教室を覗いてみると、そこには鈴也がいた。
「彼、いいですよね。私も偶に聞きにくるんです」
廊下で一緒になった同僚が、嬉しそうに話してくれた。
鈴也は入学して以来、朝早くに学校へ来て歌っているらしい。
教師の間では有名らしく、獣人の教師にまで知られていた。
天は時に、二物も三物も与えるらしい―――と思ったが、どうやら違うらしい。
彼は、楽器という楽器に嫌われている。音楽の授業でさえ、持たせられるのはカスタネットくらいだとか。
音楽の才能を歌だけに濃縮したのだと言われたら、納得できる。
確かに魅力的な歌声だった。つい足を止めて聞き入るくらいには。だが、それだけだと思っていた。
あの日までは。
肩書上、顧問と言うからには顔くらい出しておくかと鈴也の家に向かった。
学校での歌声が霞むくらいの衝撃。
手が震え、指先にまで鼓動が響く。
正直、他の奴等が可哀想に思えるほどの、圧倒的な差。
(こんなの、バックバンドの上手い下手なんて関係無いだろ‥‥)
そう思うのと同時に、少し鈴也が可哀想に思える。
天賦の才能。だが、本人はそれに気づかないまま、ずっと歌い続けてきたのだろう。
才能プラス継続なんて、そうそう追いつける奴はいない。
バンドメンバーは、ほぼ九割がめぐり合わせだ。
一人だけ才能があっても、上手くいかない。嫉妬、憧れ‥‥プラスの感情だけでは成り立たない。結成されたバンドの六割が、人間関係で壊れると聞いた。
(こいつ等は、どうなるんだろうな‥‥)
せめて、学生の内だけでも楽しく‥‥そう願うのは、俺の老婆心だろうな。




