第十話
第十話
家のインターホンが鳴り、玄関の扉を開ける。
「いらっしゃい! 迷わなかった?」
「ああ、大丈夫だった」
夏休が始まり、最初に来たのは樹だった。
「意外と近かった」
「歩き?」
「チャリ」
「オッケー、車庫開けるよ」
車庫のシャッターを開けて、樹の自転車を中に入れる。
「車庫だけで家が一軒入りそうだな」
「そう? 半分倉庫みたいなもんだけどね。ってか、あっつい! 早く中入ろ!」
照りつける日差しから逃げるようにして家の中に入ると、にゃあさんが出迎えてくれた。
いつもの様に、俺の肩へとよじ登る。
「にゃあさん、彼が樹だよ」
「ニャア」
「よ、よろしく‥‥」
にゃあさんは樹には興味を示さず、フイッとそっぽを向いてしまった。
「あ~、悪い。人見知りっていうか、あんまり家に人が来た事ないから、緊張してるみたい」
「いや、いいよ」
樹をリビングに案内すると、にゃあさんが俺の肩から降り、お気に入りのクッションの上へと移動した。
「なんか飲む? お茶と炭酸があるけど」
「じゃあ、お茶で」
「オッケー」
コップを二つ出し、冷たいお茶を注ぐ。
「広いな」
「だよね」
「ピアノもでかい」
「あはは」
お茶をテーブルの上に置くと、再びインターホンが鳴った。モニターを見ると、岳と蒼真が立っていた。
「あれ? 優紀も一緒に来るって言ってたけど、どうしたのかな?」
三人は電車通学だから、駅で待ち合わせると言っていた。
玄関を開けて皆を迎え入れる。
「お邪魔します」
「どうぞ~。優紀は?」
「優紀なら、ここにいるぞ」
「え‥‥うわぁ⁉」
蒼真と岳に挟まれ、どんよりと暗い空気を纏い、俯いている優紀を見つけた。
「ど、どうした⁉ 熱中症⁉」
とりあえず皆をリビングに案内する。
「うっわ、すげぇ広い」
「人間用の家で、額をぶつけずに済んだのは初めてだ」
「‥‥」
「お、お~い、優紀。大丈夫? とりあえず、ソファ座って!」
「駅で会った時からずっとこんなでさぁ」
急いで冷たいお茶を三つ追加し、テーブルに置く。
「‥‥‥‥ません」
「ん?」
やっと優紀が口を開いたと思ったが、聞き取れなかった。聞き返すと、優紀が両手で顔を覆い、この世の終わりかと思う程にどんよりとした空気が漏れる。
「‥‥作れません」
「ああ、曲の事?」
「はい‥‥あんな大きな事言っておいて、情けない」
「大丈夫だって! むしろ、こんな短い時間で三曲も作るとか無理ゲーじゃん? 優紀に押し付けちゃったしさ」
「あ、いえ! 二曲は既にできています」
優紀が突然顔を上げ、リュックの中から大量の紙束を出してテーブルの上に置いた。
「それぞれの楽器に合わせた楽譜、歌詞、それと音源データもあります」
「マジ⁉ 凄いじゃん!」
「今は全部パソコンでできますから」
「いや、それでもさ‥‥ってか、ここまでできて、何であんな凹んでたの?」
「文化祭でやる曲は三曲。準備運動的なポップソング、次に少し落としてバラード、最後にアップテンポで盛り上げる‥‥はずなんです」
渡された紙を見てみると、一と三と書かれた紙はあるが、二が無い。
「二曲目は、しっとり愛の歌で行こうと思ってたのに!」
「何が問題なんだ?」
「なんと言うか‥‥結くんが恋愛している所が想像できなくて‥‥」
「え、優紀、そんな想像してたの?‥‥えっち」
「違います! 邪な気持ちではなくて!」
「まぁ、それは冗談として‥‥恋愛かぁ」
この前、樹とそんな話したっけ。
「俺、初恋もまだだしなぁ」
「「「‥‥は?」」」
お、樹以外の三人がハモった。
「お前、そんな顔面で背高くて初恋もまだかよ!」
「そんな顔面ってどんな顔面?」
「異世界系だったらハーレムですよ⁉」
「いや、異世界って‥ハーレムはいらないかなぁ。って、岳は何で、無言で飴ちゃん差し出したの⁉ もらうけど!」
なんとなく居た堪れなくなって、「だったら皆はどうなのさ!」と聞いてみた。
「陰キャに彼女がいるわけないし(優紀個人の感想です)、告白なんて隕石が地球に落ちる寸前にしかできません」
「今際の際すぎる!」
「俺は彼女いる」
「岳、彼女いるの⁉」
岳が、スマホの待ち受けを見せてくれた。そこには岳と、うちの学校のセーラー服を着た熊の獣人が写っていた。正直、女の子かどうかも俺には分からなかったけど、岳が嬉しそうにほほ笑んでいたので、本当に彼女なんだろうな。
「綺麗な毛並みだね!」
「そうだろう‥‥」
「夏休みなのに、こっち来ちゃって大丈夫?」
「ああ。彼女の母方の実家が北海道にあるらしくてな。夏休みはそっちに行っている」
まさかの、ツキノワグマ説! お土産は鮭だったりして‥‥。
そんな事を考えていたら、岳のスマホにメールの着信が入った。岳がそれを確認すると、画面を俺達に向けてきた。
そこには、広大な自然の中、川の中で岳の彼女らしき熊が大きな鮭を抱きかかえて写っていた。
「鮭!」
「岳くんの彼女さんは、ワイルドですね‥‥」
「可愛いだろう」
岳は気付いていなかったが、俺を含めた四人は小刻みに肩を震わせていた。
このままだと、誰かが噴き出す! その前になんとかしようと、蒼真に話しをふってみる。
「蒼真は?」
「お、俺⁉」
「蒼真は、モテたいからバンドやりたいって言ってたよね?」
「あ、ああ‥‥まぁ、そうだけど」
蒼真の歯切れの悪さが、何か隠していると言っている。
「言え、言って楽になってしまえ」
「あ~‥‥」
蒼真が観念したように、自分の頭をガシガシとかき乱す。
「分かったよ。その‥‥幼馴染の女の子が、ギターカッコいいって言ってて‥‥」
「「「「おお!」」」」
「小さい頃から好きで‥‥」
「なるほど‥‥振り向いてほしくて、バンドやりたかったんだね!」
「くそっ、言うつもりなかったのに‥」
突然、優紀が立ち上がり、叫んだ。
「それ、いただきます!」
「は?」
「幼い頃からの淡い恋心! いい‥‥凄くいい!」
どうやら優紀のスイッチが連打されたらしく、蒼真への質問攻めが始まってしまった。
岳も巻き込まれ、恋愛経験値ゼロの俺とレベル1(付き合った事は無いが好きな人がいた事がある)樹は、完全に蚊帳の外に避難する事にした。




