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それなら戦わなくていいよ、とドクターは囁いた。
「どっちにしろ、決めるのはアキラだからね。ただ、ここまでいろんなことを犠牲にして生きてきたことは忘れないで。たとえば今きみが持っている牛乳だって、かぎられた物資の中から融通しているってことだったり、ね」
犠牲か。僕が生きるために、お姉ちゃんは戦う道を選んだ。
「だから、ちゃんとご飯食べてね。おいしくないかもしれないけど、我慢して」
僕は牛乳を飲んだ。生ぬるい感触が気持ち悪くなったけど、全部飲んだ。僕は、生きるために食事をする。
そして生きるために宇宙に出た。その経過がどうであれ、お姉ちゃんは僕を生かす方法を選んでくれた。
と、ふいに艦隊に衝撃が走った。
《緊急、緊急!! 敵機接近! 被弾箇所あり。搭乗者はブリッジに集合せよ》
もう、次の攻撃か。
僕は唇を噛んだ。
その時、ドクターの無線が鳴った。
「わたしよ」
『ドクター。ナナミの体調が悪化した。多分、今の攻撃で骨が折れてるかもしれない』
「わかった。すぐ行く」
無線を切ると、ドクターは僕の顔を見た。
「どうする? 一緒にナナミのとこに行く?」
「いいんですか?」
「もちろんだよ。ちゃんと生きてる人間なら、わたしは好きだよ」
そのちゃんとの意味がよくわからなかったけれど、僕はドクターに着いていくことにした。
重力のある廊下。歩いていると、また艦が大きく衝撃を受けた。
《緊急、緊急!! 艦が攻撃されています。艦が攻撃されています!!》
派手な機械音を耳に受け流しながら、もしかしたらお姉ちゃんが僕の出撃を待っているんじゃないかと思い出した。
「できるだけ早く歩いて」
ドクターにせかされて、なるべく早く歩く。
最近少しだけ鍛えられたからなのか、息切れはしなかった。
医務室のドアをくぐると、渚さんの苦しそうな声がくぐもって聞こえた。
彼女もヘルメットをかぶっているはずなのに、それでも現実は渚さんを痛めつけるのを辞めてくれない。
「はい、ごめん、ごめん。ナナミ、話できる?」
ドクターは手慣れた調子で渚さんの脈をとる。
看護師の一人が、ナナミの状態を説明した。
「たった二回の爆撃で、ナナミの身体の骨は二本折れた。一本は鎖骨で、もう一本は大腿骨」
「わかったわ。ありがとう。ナナミ、息できる?」
渚さんは苦しそうに泣きながら息を荒くしている。
生きるということが、こんなにも残酷なのかと我が目を疑うほどだった。
「固定しても痛みを完全に取ることはできない、か。ナナミ、ちょっとチクッとするからね。ごめんね」
ドクターはワゴンの引き出しの鍵を空けて、注射器と薬を手にする。
その薬を完全に注射器の方に移すと、渚さんの点滴に注入した。
「今、痛み止め打ったからね。少しは楽になるよ」
だけど渚さんは答えない。そして気絶したように身体の動きをとめた。
つづく




