初共闘
はじめて、並んで戦う。
次の日。
木々の間を進んでいくと、違和感があった。
倒れている。
何本も。
根元から折られたもの、途中で裂けたもの。
自然に倒れた形ではない。
「……」
てんが周囲を見る。
「昨日のやつと同じかな」
リースは特に表情を変えない。
だが、足取りは少しだけ慎重になる。
二人はそのまま進む。
空気が重い。
音が少ない。
しばらくして——
視界が開ける。
そこには、少し大きめの池があった。
水面は静かだ。
だが、その静けさが逆におかしい。
そして——
水面が、わずかに盛り上がる。
次の瞬間、重い水音が響いた。
すぐに分かった。
原因が。
水辺の近く。
そこに、それがいた
巨大な体。
低く構えた四肢。
ワニのような形。
だが、顔が違う。
鼻が、異様に膨らんでいる。
まるで豚のように。
水をかき分ける音がする。
その存在が、ゆっくりとこちらに気づく。
目が合う。
空気が止まる。
てんが、小さく言う。
「……当たりだね」
リースは、何も言わない。
ただ——
少しだけ、口元が上がった。
ただ、じっと見ている。
一瞬。
音が消える。
水面も、風も、葉の揺れも。
すべてが止まったように見えた。
その静けさを——
切り裂いたのは、てんだった。
「なんであいつ豚鼻なの?」
笑いながら言う。
空気を読む気は、最初からない。
そのまま後ろを振り返る。
「いやさ、どう見ても——」
共感を求めてくる。
ものすごく迷惑だった。
その瞬間。
咆哮。
空気が震える。
池の水が跳ね上がる。
巨大な体が、わずかに持ち上がる。
「……怒ったか?」
てんは、少しだけ楽しそうに言う。
空気は関係ないらしい
リースは——
一瞬だけ、足を止める。
さっき見た光景。
あの倒れていた影が、ほんのわずかに頭をよぎる。
そしててんがもう一度、振り返る。
「ちょっと下がっ——」
言い終わる前だった。
リースは、もう走り出していた。
考えるより先に、体が動く。
蹴った瞬間——
リースは、そこにいなかった
「はっ!?」
てんの声が遅れる。
ワニが再び咆える。
その口が開く。
巨大な顎。
だが——
間に合わない。
リースの方が速い。
すでに、そこにいる。
腕が振られる。
昨日、創ったナイフ。
それが一直線に飛ぶ。
狙いは——目。
鈍い音。
確かに刺さる。
だが、止まらない。
構わず踏み込む。
次の瞬間には、懐に入っている。
下から。
顎の下へ。
拳を叩き込む。
鱗の隙間に、無理やりねじ込むように。
内側で、何かが軋んだ。
重い。
だが——
通る。
肉を通して、骨に響く。
衝撃が伝わる。
ワニの目が、ぎょろりと動く。
痛みより先に、“殺意”が向けられる。
遅れて、低い唸り声。
確かに効いている。
通っている。
だが——
倒れない。
それだけだ。
巨大な体は、まだ崩れない。
「……おいおい」
てんが呟く。
少しだけ引き気味に。
「やるじゃん、君何者?」
だがその声は、どこか楽しそうでもあった。
リースは何も言わない。
ただ、次を見ている。
ワニは、大きく体を揺らした。
確かに効いている。
だが——
それだけだ。
低い唸り声が、地面を震わせる。
「……かてーなあいつ」
てんが小さく呟く。
「今の、結構いいの入ってたよ?」
リースは黙って頷く。
視線は外さない。
相手の動きを、じっと見ている。
てんは少しだけ考えたあと——
「……じゃあ、初めての共闘といきますか」
少し楽しそうに言う。
二人は一度、距離を取る。
木々の影に身を潜める。
ワニの様子を、じっと観察する。
静かに、時間が流れる。
やがて——
てんが小さく言う。
「じゃあ、作戦通りで」
リースは、短く頷く。
「右目、潰れてるでしょ」
てんの声は低い。
「ワニは、潰れた右目をかばおうとしてる」
地面に転がる小石が、わずかに浮き上がり、
「こいつら連れて、左に意識向けさせる」
石たちがカタカタと鳴る。
生きているみたいに。
「そしたら——」
てんがリースを見る。
「君は右から行く」
リースは何も言わない。
ただ、聞いている。
「外から殴っても、あいつ硬すぎる」
てんは続ける。
ワニの口元を指す。
「あそこなら通る」
一瞬の間。
ノートには、いくつか描きかけの絵があった。
「君がノートに描いてたやつ——爆弾」
「全部叩き込もう」
てんは少し笑う。
「もし吐き出そうとしたら——」
上を指す。
「そのまま、上から叩き込めばいい」
シンプル。
だが、十分だった。
「じゃあ、それでいこう」
リースはゆっくりと立ち上がる。
ナイフを握り直す。
そして——
また、走る準備をする。
てんは浮かび上がる。
石たちが周囲に集まる。
静かに。
だが確実に。
「じゃ、いくよ」
空気が、張りつめる。
二人の視線が、同時にワニを捉える。
ひと呼吸おいて
動いた。
てんが先に飛び出す。
左へ。
わざと大きく音を立てる。
「うひょー、きたきた!」
軽い声。
だが、その動きは正確だった。
ワニの視線が、そちらへ向く。
次の瞬間——
地面を抉るように、突進。
ターゲットは完全にてんへ移る。
「よし、こっちこっち」
石たちが宙を舞う。
次々と投げつけられ、ワニの注意を引きつける。
その裏で——
リースは、静かに走っていた。
右側。
視界の外。
音を殺し、距離を詰める。
呼吸も、足音も、消す。
ただ、一直線に。
ワニが大きく口を開ける。
てんに噛みつこうと、顎を振り上げる。
——今。
リースの腕が振られる。
描いておいた爆弾。
それが、一直線に放り込まれる。
開いた口の奥へ。
そのまま踏み込む。
追撃。
顎の下へ、もう一撃。
だが——
ワニの首が、大きく振られる。
予想以上に速い。
「っ——」
衝撃。
リースの体が弾かれる。
地面を転がる。
呼吸が一瞬止まる。
「リース!?」
てんの声が響く。
だが——
止まれない。
ワニが、すぐそこまで迫っている。
大きな口が開く。
影が落ちる。
てんの視界いっぱいに、顎が迫る。
「えーっと……」
ほんの一瞬。
「爆弾さん、まだかなー?」
軽く言う。
だが、その声の奥にはわずかな焦りが混じる。
次の瞬間——
地面が弾ける。
リースが、飛び込んできた。
さっきよりも速い。
迷いも、躊躇もない。
拳が振り抜かれる。
下から。
顎へ。
同時に——
爆発。
口の中から、音が弾ける。
内側からの衝撃。
外からの打撃。
二つが重なる。
ワニの体が、大きく浮く。
一瞬、自然の音が止まる
そして——
崩れ落ちる。
地面が揺れる。
静寂。
水の音だけが、遅れて戻ってくる。
「……」
てんが、少しだけ間を置く。
「やるじゃん、ケガ、大丈夫?」
リースはその場に立ったまま、息を整える。
「うん」
ただ、倒れたそれを見ながら答える。
さっきまで動いていたもの。
今はもう、動かない。
てんが近づいてくる。
「初共闘にしては上出来じゃない?」
軽く言う。
リースは少しだけ考えてから——
「そうかも」
小さく空を見ながら答えた。
風が吹く。
森が、元の音を取り戻していく。
戦いが終わるころには、もう夕暮れになっていた。
空は赤く、森の影は長く伸びている。
二人は倒れたワニから肉を切り分け、
近くの木の実と一緒に火にかける。
脂が弾ける音だけが、静かに響く。
しばらく——
言葉はなかった。
火の揺れと、森の音だけが流れる。
やがて、てんが口を開く。
「あんたさ」
軽い調子で言う。
「さっきからテンション低くない?」
リースは何も言わない。
火を見たまま、動かない。
「どうしたん?」
少しだけ間を置いて、続ける。
「お姉ちゃんに話してみなさい」
冗談めいた声。
だが、ちゃんと待っている。
しばらくの無音。
やがて——
リースが小さく言う。
「……自分が」
言葉を探すように、少し止まる。
「一回、吹っ飛ばされたから」
火が、ぱち、と鳴る。
「そのとき、てんが危なかったのかなって」
視線は上げない。
ただ、それだけを言う。
てんは少しだけ黙る。
それから——
「なにそれ」
軽く笑う。
「負い目感じてんの?」
少しだけ、優しくなる。
「いいよ、ああいうのはよくあることだって」
当たり前のように言う。
「戦いなんて、そんなもん」
軽い言葉。
でも、その奥にちゃんと重さがある。
リースは、少しだけ顔を上げる。
だが——
まだ、どこか引っかかっている。
てんはそれを見て、小さく息を吐く。
「……あー、なるほどね」
少しだけ考える。
そして、ふっと言う。
「じゃあさ」
リースを見る。
「明日、行きたいとこあるんだけど」
軽い声。
「ついてきてくれる?」
リースは少しだけ考える。
長くはない。
すぐに答える。
「……うん」
それだけだった。
だが、その声はさっきより少しだけ軽い。
火が、また揺れる。
夜が、ゆっくりと降りてくる。
読んでいただきありがとうございます。ここから2人の旅が始まります。面白ければ励みになりますのでブックマークよろしくお願いします




