神獣
二人は出会った。ここから、旅が始まる。
「休憩するなら、どこでもいいよ」
軽い声。
さっきと変わらない。
だが——
その背中に、ほんの少しだけ違うものがあった。
何かを創り出す力。
それが、当たり前のようにそこにある違和感。
てんは何も言わず、隣に浮かぶ。
風が、わずかに重くなっていた。
そのときだった。
低く、鈍い音。
地面が、わずかに震える。
「……今の何?」
てんが顔を上げる。
リースも足を止めた。
音は、遠くない。
「行ってみる?」
「行くの?」
「うん」
軽い返事。
二人は音のした方へ向かう。
木々をかき分けて進むと、すぐにそれは見えた。
巨大な影。
地面に横たわっている。
近づくにつれ、全体が見えてくる。
鶏のような形。だが、大きさが違う。
全身を覆う硬そうな鱗。
ところどころが抉れている。
首元には、大きな傷。
まだ新しい。
「……神獣?」
てんが小さく呟く。
「こりゃまた、何かとやり合ったみたいだね」
その言葉を聞いた瞬間だった。
——壊れていく街。
——降りてくる巨大な影。
——止めろ、という声。
一瞬だけ、重なる。
すぐに消える。
形になる前に、抜け落ちる。
リースは、ただ死骸を見ている。
手が、わずかに冷える。
「おーい、リース」
てんの声で、我に返る。
「もしかして、こういうの怖い?」
「怖くない」
即答だった。
少し間。
「……あんたが可愛く見えてきたよ」
「それ褒めてる?」
「たぶん」
軽い会話。
だが、空気は少し張っていた。
リースはもう一度、死骸を見下ろす。
しばらく。
動かないそれを見て——
「……お腹すいたし、食べる?」
「食べるの!?」
てんが一瞬驚く。
だが、すぐに頷く。
「……まあ、食べれるか」
リースはナイフを取り出す。
さっき創ったもの。
鱗に刃を当てる。
硬い。
それでも、押し込む。
ゆっくりと、切り裂いていく。
音が、生々しい。
てんは少し距離を取る。
やがて、肉が剥がれる。
リースは無言で作業を続ける。
慣れているわけではない。
だが、迷いはない。
火を起こす。
肉を焼く。
脂が弾ける。
匂いが広がる。
しばらくして、てんが口を開く。
「君、神子なんだね」
「……今さら?」
「いや、改めて」
少し笑う。
「便利な力だよ。それ、何の神子?」
リースは少しだけ考えて、
「……創る、やつ」
「創るやつねー……」
てんは少しだけ考える。
「じゃあ、“創造”とか?」
言葉にした瞬間——
どこか、しっくりきた気がした。
リースは首を傾げる。
「……そうなんだ」
「まあ、適当なんだけどね」
てんがくすっと笑う。
「……創造」
てんが小さく繰り返す。
知っているはずもない。
それでも——
どこか、引っかかる。
視線を火に落とす。
リースは焼けた肉を手に取る。
少し冷ましてから、かじる。
だが見ているのは——
肉ではなく、火だった。
揺れる炎。
その奥に、何かが残っている。
思い出せないままの、何か。
「僕、神になりたいんだよ」
軽く言う。
どこかへ行きたい、みたいに。
てんは目を細める。
「へえ、神に」
間。
「珍しいね」
「そう?」
気にした様子はない。
「そうとも」
てんは続ける。
「神ってさ、永遠に生きる代わりに——
死ぬと、その場所に災い残すんだよ」
リースの手が、わずかに止まる。
「……それ、ほんとなの?」
「ああ。本当さ」
肉を口に運びながら言う。
「だから、わざわざ目指すやつは少ない」
一口噛む。
「大抵は、神子で止まる」
炎が揺れる。
煙が上へ流れる。
リースは黙ったまま、火を見ている。
「……それでも?」
てんが低く聞く。
リースは顔を上げる。
少しだけ考えて——
「それでも」
迷いはなかった。
理由は分からない。
それでも——
消えなかった。
てんはふと考える。
創造の神子。
その先。
もし、それが神になったら——
何が生まれるのか。
どこまで、できるのか。
「……」
想像しかけて、やめた。
なぜか、それ以上続かなかった。
てんは、火から視線を外した。
だが、口にはしない。
「今日は、ここで寝ようか」
岩壁を指す。
狭い穴蔵。
二人入れば、いっぱいだ。
だが、それでいい。
大きなものは入れない。
それだけで十分だった。
「いいよ」
リースは迷わない。
二人は中へ入る。
外の音が遠くなる。
風も、光も弱まる。
リースはノートを取り出す。
迷いなく、描く。
てんは黙って見ている。
しばらくして——
光。
絵が浮き上がる。
布が形を持つ。
寝袋になる。
「……ほんと便利だね、それ」
素直な声。
リースは気にしない。
そのまま潜り込む。
「おやすみ」
軽い声。
すぐに静かになる。
てんは外をちらりと見る。
暗い。
静かすぎる。
どこか、落ち着かない。
それでも——
目を閉じる。
考えない。
そう決めた。
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