表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/15

消せないもの

嫌いじゃないから辛い

リースとすみが戻ると、ご飯ができていた。


 シカ肉と山菜のシチューだった。一口食べると、うまかった。

 誰も何も言わなかったけど、それでよかった。

 食卓には、どこか急ぎ足の穏やかさが漂っていた。


 食べ終わって、少し経つと——

「寝る」

「おやすみ」

「……おやすみ」

 短く返して、リースは部屋へ向かう。

 しばらくして、寝息が聞こえてきた。

 響きがない空間


「……すみ」

 てんが、静かに切り出した。

「お母さんから、話、聞いた」

 すみの顔が、わずかに強張る。

 恐れているのか、泣くのを堪えているのか、どちらともつかない顔だった。

「……そうですか」

 短い返事。

 てんは少しだけ息を吐く。

「無理して、そこにいなくてもいいと思う」

 一拍。

「無理して残る必要ある?」

「もしよかったらさ——一緒に来ない? 旅」

 ミツキが、小さく頷いた。

「……そうね。あなたを苦しめる場所に、無理している必要はないわ」

 すみは、少しだけ視線を落とす。

 一息、湯気を追いかける。


「……大丈夫だよ、お母さん」

 笑う。

 

「私は出ない」

 一拍。

「はなびのこともあるけど——」

 そこで、言葉が止まる。

 少しだけ、息を吐く。

「……この国、嫌いじゃないから」

 ミツキの目が、揺れる。

「それに、お母さんのことも心配だし」

 すみは、湯のみを手に取る。

 温かいお茶を一口飲む。

 少しだけ、時間を置いて。

「……ごめんなさい」

 声が、わずかに小さくなる。

「……ほんとはさ」

「……」

 何かを言おうとして、止まる。

 指先が、わずかに震える。


「……しんどいんだよ」

 それだけ、落とす。

 静けさが、広がる。


 そのとき——

「なんで?」

 振り向くと、リースがいた。

 いつからいたかわからない。


「なんで?」


「え、リース、起きてたんだ」

 てんが目を丸くする。

 リースは答えない。

 まっすぐ、すみの方へ歩いていく。


 距離が、いつもより近い。

「なんで?」

 繰り返す。


「……なんでって」

 すみは、笑おうとして、できなかった。

「だって、あんなの——」

 言葉が、途切れる。

「……私、あのとき」

 息が浅くなる。

「ちゃんと、やろうとしたのに」

 肩が上がる。

「なのに、ああなって」

 一拍。

「……起きないし」

 声が落ちる。

「みんな、見るし」

 もう一拍。

「……わかんないでしょ」

 顔を上げないまま、言う。

 リースは、すみを見ていた。


 瞬きもしない。

「そんなの知らない」

「……は?」

すみの声が、わずかに上ずる。


「だからっ」

呼吸が上がる。

「わからないんですよね」

息が乱れる。

「記憶を消したい気持ちなんて」

一拍。

「だって——記憶、ないですもんね」

「……聞きましたよ」

部屋に、声が残った。

「すみ」

ミツキの声だけが、静かに落ちる。


すみは目を閉じた。

深く、息を吸う。

「……すみません。言いすぎました」

すみの呼吸だけが、大きく響く。


リースは、動かなかった。

ただ、ひたすらにすみを見ていた。


「意味が、わからない」


「なぜ、消す」

 一拍。

「なぜ、捨てる」

 また一拍。

 

 少しだけ、首を傾ける。

「この国——世界も、綺麗」

 誰も動かない。

「まだ、ある」

 続ける。

「ここに」

 すみは、何も言わない。

 リースは、一歩だけ近づく。

「なんで、見ない」

 そのまま、止まる。

 答えは、ない。


その沈黙の中で——すみの肩が一度落ちる。


「…………私、だって——」

 声が、震えた。

「外には、出てみたいですよ」

 涙が、こぼれた。

「……そんなこと、できない」

 一拍。


「はなびを、見捨てられない」

 また一拍。

「私がいなくなったら——」

 声が、揺れる。

「次は、お母さんかもしれない」


「それなのに」

 言葉が、詰まる。

「……できない」

 静けさが、広がった。


「すみ」

 ミツキの声だった。

 今度は、優しかった。

ご愛読ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ