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消えないもの

「過去の傷が、今の傷のふりをして居座っている。」

「その人に関わると、殺されますよ」


リースが、振り返る。

すみは少女を見れず、何も言わなかった。


「君、誰?」

「にわび、にわびです」


「そう」

リースは、ペン先を指で転がしながら見ていた。


「……あの、私、警告してるんですよ」

「うん」

リースは、少しだけ考えた。

ほんの一瞬だけ、言葉を探すみたいに。


「……危なかったら、やる」

「……それ、本気で言ってるんですか?」

にわびの声が、わずかに低くなる。

リースは首を傾けた。


「分からないけど」

一拍。

「触ってみないと」

にわびの目が、見開かれる。


「……あなたも、そっち側なんですね」

「悪魔だ」

にわびが、吐き捨てるように言う。

「そうかな」

「……はい?」

リースは、少し考えるように目を細める。

「そうなんだ」

ぼそっと言う。そして

「けど、危なかったらやる。」


にわびは、言葉を失う。

何かを言いかけて、止めた。

「……いつか死にますよ」

「そう?」

リースは、あまり興味なさそうに返す。


「でも、今は死んでない」

「っ——」

にわびは一瞬だけ詰まる。

それから、小さく息を吐いた。

「……死ぬ覚悟もないのに」

すみが一歩出て、

「あの、にわびちゃん。」

視線が、すみへ向く。

「触らないでください」


「失礼しました」

そのまま、背を向ける。


「……ごめんね」

すみが、小さく言った。

「……うん」

 

リースは、ノートに視線を戻す。

ペンが、また動き始める。

風が吹いた。

世界が、それに合わせるように静かに戻っていく。


 

すみの家では、火のはじける音が響いていた。

「あの——ミツキさん」

てんが、ふと壁に目をやる。

「あの写真って、なんですか?」

ミツキは振り返って、少しだけ目を細めた。

「あれは、すみとはなびちゃんの写真ですよ」

「はなびちゃん……」

「すみさんに、何があったのか——教えてもらえませんか」

てんが、声を落として聞く。

ミツキは少し間を置いた。

「いいですよ」

「……いいんですか?」

「はい。心配してくださっているようですから」

 

包丁の音が、また響く。

「そこに写っているはなびちゃんはね——

すみが火の神子の力をうまく使えないときも、

ずっと友達でいてくれた子なんです。唯一の、親友」

 

「……よかった」

カナマが、どこかほっとしたように言った。

 

火のパチパチという音だけが、部屋に残った。

 

「……ただ、今は」

 

「目を覚ましていないんです」

「え?」

てんの手が、止まる。

「三年ほど前に、すみの力が暴走したことがありました」

ミツキの声だけが穏やかなまま。

「その巻き添えで——はなびちゃんは、三年間目を覚ましていません」

てんは、何も言えなかった。

さっきカナマが「よかった」と言った。

その言葉が、頭の中をまだ響いていた。


包丁の音も聞こえない。

「三年も?」

てんがカナマの顔を横に見る。

カナマは笑っていなかった。

テーブルの一点を、ただ見ていた。

 

「……それから、国の人たちや——

はなびちゃんの妹のにわびちゃんが、

すみをさらに危険視するようになりました」

 

火の音だけが、静かに続いていた。

ご愛読ありがとうございました。

「過去がないことも、過去に縛られることも——どちらも、苦しい。」

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