5話「手に入ったら命令者、入らぬうちは嘆願者」中編
正午を過ぎ、太陽の高さがこれから少しづつ下がってくる時刻。
神器と攫われた人狼を追う私達は、教会を後にして異臭漂う鈍色の水銀に覆われた草原を駿馬に乗って駆けていた。
「中々いい馬だなコイツ」
「ファルシス産のサラブレットですからね、硫黄だらけの火山地帯でも平気な特殊個体だとか」
「へぇ、そんないい馬ポンと貸してくれたんだ」
「なにせ一大事ですからね」
平時であれば心地よい海風が肌を薙いだであろう海岸線を、私達は鼻をつまみながら進んでいく。
「それで、エレナを攫ったアホは今どのへんか、わかるか?」
「デミトリ様の言葉によると、神器の所有者は東に数㎞離れた山岳地帯を目指して飛行している、との事です」
私とイリスに先行し、道案内を努めるのは未だ名の知らぬエルフの少年。
「デミトリ様」とやらの言葉を私達に伝え、神器の討伐に手を貸すそうだが、果たしてどこまで信用していいやら。
「僕達との距離は約2㎞、速度差はほとんどないので、向こうがどっかで止まってくれればすぐに追いつける……らしいです」
「ふーん、それで?」
「え、え? それで、とは何がですか?」
「何でエレナを攫ったのか、とか、攫った後何をするつもりなのか、とか、そういうのは何か言ってないのか?」
「……そういった事情まではわからないみたいです」
「ふーん、どうだか」
「あの、何か勘違いをしているようですが、デミトリ様は全知全能な神様とかでは無いですからね!? この土地全体に撒かれた僕のような無数の端末を利用し情報を集め、それらを元にこれから起こる事象を予測しているだけなんですから!」
「……」
エレナが攫われてすぐ、私達は教会を訪れた。
攫われたのが本当にエレナだったのか、そして本当にそうならなぜウェディングドレスを着ていたのか、確認作業のためだ。
「エレナは何か知ってたっぽいんだけどなぁ……?」
「それは僕に言われても困るんですよ……」
攫われる直前、エレナは花嫁の親族にこう言っていたそうだ。
「このどさくさに紛れて結婚式を邪魔する奴がいるかもしれない」「だから花嫁の姉である私が、落ち着くまで花嫁衣裳を代わりに着ておく」と。
「アイツが何か察してて、お前の方は何も知らないってのもおかしな話だ、つーかそもそも私、アイツが花嫁の姉だってのも初耳なんですけど」
「それは貴女が式に出席してなかったからなだけでは……?」
「彼女がプリュカさんと喧嘩してたのも花嫁の親族だったからですからね」
「あ、あう、それは……はい、すいません、私が悪いです……」
ぐうの音も出ない反論に、私は結局口を閉ざした。
「しかしまぁ結婚式への襲来と言いエレナさん周りの色恋沙汰といい、これも全てピュラモスの神話に惹かれての事でしょうか」
「ん? なんだ? あの水銀を作る奴、催淫効果でも持ってるのか?」
「そういう能力はありませんが、あの神器には逸話がありまして」
「逸話?」
「ピュラモスの指輪は、正確には神器では無いんです」
「……どういう事だ?」
私は疑問の視線をイリスに差し向けると、自称頭脳労働担当の聖女様は自慢げに何やら話始めた。
「太古の昔、かつて女神様がまだこの世界に存在していた時代、人間は神の恩寵を受け生活が豊かになりすぎて堕落し、一度女神様に見捨てられました」
「……一度? てことは二度目があるのか?」
「まぁ最後まで聞いてください、女神様に見捨てられた人間はどうにか許してもらおうとアレコレ考え、そして最終的に自戒と悔恨の祈りを込め一個の指輪を作り天上へと捧げたのです」
「その指輪が、まさか」
「えぇそれこそがピュラモスの指輪、神の恩寵を受け知恵を得たかつての人類が、ありったけの思いと技術を込めて作ったそれこそが神代の器具となって現代にまで伝わっているのです」
なるほど神が人間のために作った他の神器とは違って、あの指輪は人間が神に届くために作った物なのか。
「ふーん、それで指輪は届いて、女神様は戻ってきて、物語は晴れてめでたしめでたし、ってオチだったり?」
「いいえ、それ以降も女神様がこの地上に降り立つことは二度とありませんでした……ですがその代わり、天上に届けられた民草の思いは神に届き、神の威光は再び地上を照らし神器という形で今も人々を守っている、と伝えられています」
「魔族からしたら人間だけ贔屓されててずるいな、って感想の話だな」
「まぁ人間の間で伝わっている話ですから、何万年も前の話でもありますし、いくつか湾曲して伝わっていると思いますよ」
「ふーん」
しかし最後まで聞いた限り、よくある神話の一つ程度の話だ。
それに。
「で、結局それが今の状況とどう繋がるんだ?」
「その話がきっかけで現代にも"二度と離れたくない人に向けて指輪を先んじて送っておく"という風習が世界各地に伝わっています、つまり、結婚指輪という形で、その時の戒めが現代にも残っているんです」
「なるほど、今回私達が戦う神器ピュラモスの指輪は、全ての結婚指輪の起源なのか」
「えぇ、そんな逸話を持つ特殊な出自の神器ですから、案外所有者が神器の記憶に引っ張られてしまっているからあんな行動をした、なんてのもあり得るかなって」
ふむふむ、神に見捨てられた人類が「どうかもう一度、私達と共に歩んで欲しい」と神へ向け祈りを込めて作った指輪が今回の敵、だから所有者の意味不明な行動もそれに起因するのでは、というわけか。
無くはなさそうだが、それにしては疑問がいくつか残る。
第一に、そんな思いの籠った指輪の発する能力が水銀を生成し使役する、とは少々変な話だ、普通相手を引き寄せる重力や磁力を操ったりする方向にならないだろうか。
第二に、結婚指輪の元となった神器であるなら、もう片方が逸話の中に一回も出てきてないのはおかしい。
「流石に調査の軸にするには弱い話だな、所有者の情報の方からアプローチできないか?」
「うーん、そっちはもっと無理がありそうなんですよね」
「なんで?」
「ピュモラスの指輪の所有者ウェストランド・フォン・ダーレイサムは、この国からは遥か西方の雪山の出身で、この土地に立ち寄ったことは一度も無いんですよ」
「エレナはおろか、この国とは全く無関係な奴なのか」
「はい、かつて魔族に妻を殺され怒りに駆られた彼は、教会に収められていたピュモラスの指輪を盗み近隣諸国の魔族を殺しまわった、という中々の豪傑であったんですが……」
「一応、その後どうなったのか聞いても?」
「教会からのお尋ね者と魔族討伐の英雄という二つの顔を持つ彼はその後、戦場でマティアス様と出会い意気投合、そのまま魔王討伐の旅に加わる形に落ち着いてます」
なるほど、詳細をもっと聞きたくなるような話ではあるが……
「うーん、エレナを攫った理由には繋がらなさそうだなぁ」
「ですよねぇ……」
魔王の呪いの影響で狂ってしまった、という方がよっぽど納得できる話だ。
「おい、デミトリ様とやらは何か言ってないのか?」
「うーん、よく分からない、とだけですね」
指示ばかり威勢よく出す癖に、なんと使えない奴だ!
結局方位磁石代わりにしかなってない!
こうして話している間にも我々を乗せた馬は走りに走り、教会を発ってからおよそ1時間が経過していた。
蹄が蹴りだす大地も異臭漂う水銀地帯から、短草がそよぐ平原地帯へと差し掛かってくる。
そんな時……
「あ、待ってください、止まって欲しいです」
「なんだ?」
私達を先導していたエルフを乗せた馬が急に速度を落とし始めた。
後ろを行く私とイリスも慌てて手綱を操り馬の速度を落とす。
「エレナさんを攫った神器の所有者が、飛行を停止して着陸したみたいです」
「お、いいじゃねえか、ならこのまま馬を走らせれば追いつけるだろ、何で止まる」
「いや、ただ……着陸した場所というのが問題でして……」
「?」
エルフの言葉を聞いて、思わず視線を上げた。
私達の眼前に広がる景色、すなわちその先に追っていた神器の所有者が着陸した場所。
そこには草原地帯の終わり、険しい山岳がそびえる高山地帯が広がっていた。
確かに、これ以上馬で進むのは厳しそうだが……
「あの山、タイニーフットの住む土地なんですよね」
タイニーフット、半人半魔の小人族、その種族の名前を聞いた途端、私とイリスにはある一人の少女の顔が浮かんでいた。
私を淫売女のお抱え道化と呼び、エレナを犬モドキと呼び、教会にいた者達を守るべき価値のない糞と呼んだあの少女、プリュカの顔を!
「アイツのホームグラウンドかぁ~……」
これから起こるであろう騒動を予感し。
私とイリスは揃って、大きなため息と軽い眩暈を起こしたのであった。




