6話「手に入ったら命令者、入らぬうちは嘆願者」後編
少し日が傾き始めたキュルト国の昼。
草原地帯から山岳地帯へと景観の変わった我々の眼前には、山間に隠れるように佇む少し大きめの集落が広がっていた。
住人規模としては街と村の中間といった所だろうか。
半人半魔の小人族タイニーフットの一族が住む地域らしく、背の低い建物が多く並んでいた。
「……ここに、神器が降りたんだな?」
「はい、デミトリ様はそう言ってます」
すでに戦闘が始まっているのか、集落からは悲鳴と怒号が微かだが聞こえてきてた。
魔王の呪いに侵された神器がこの街を襲っているのは間違いないだろう。
相変わらず何故そうなったのか、何故そうするのかは分からないままだが。
「よし、とりあえず私とイリスで様子を伺おう、お前はここで馬を見てろ」
「わかりました」
兎にも角にも自分の目で確かめるほかない。
そう考え私はイリスと共に集落へと入って言った。
集落の入り口には見張り等もおらず、家々は静まり返り閑散としていたが……
「おい、人間がなぜここにいる!」
身長130㎝程で角の一本生えた小人族の少年が、すぐに私達を捕まえ話をしてきた。
「答えろ! ここは余所者が来ていい場所じゃない!」
「私はブルトゥス家の次期当主イリス・ブルトゥスです、今日この日、西の式場にて行われた婚礼の儀にて襲撃してきた神器の所有者を追ってここまで来たのです」
「神器? 婚礼? 何の事やら」
「いや婚礼は知らんわけないだろ、タイニーフットの一族も参加してただろ」
「あ、いや」
「ちょっとニー……マティアス様! 少し黙っててくれますか!」
「とにかく知らんもんは知らん! 余所者は帰ってくれ!」
私達を捕まえた一本角の小人族は、あくまでシラを切るつもりか私達を返そうとする。
「なぁあんた、嘘ついても仕方ないだろ、相手は神器だぞ? 余所者とか言ってる場合じゃ……」
「知らんもんは知らん! 帰れ帰れ!」
「あーほら余計に刺激するからムキになっちゃったじゃないですか」
「ムキになってなどない! なんだ子供扱いか!?」
「いえそういうわけじゃ……」
「これでもワシは族長だ! お前達なんかよりずっと長生きしているんだぞ!」
「ぞ、族長……」
一本角の小人族は、いかにも少年らしい顔つきで、年寄りらしい仕草をして私達を見下していた。
なんだか、背伸びした子供を見るようで少しほほえましい。
「なんでこんなに拒絶すんだかなぁ」
「それは多分、今までと違ってピュモラスの指輪が"誰にでも使える神器"だかれでしょうね」
「う!?」
「え、何それ」
流石にそれは初耳だった。
私が聞く耳を持たなかったとかではなく、本当に誰もそんな事を言っていない。
「前に言いましたけど今回の神器は出自が特別です、他の神器とは違って、神ではなく人間が作った、神器に迫る道具です」
「だから、なんだよ」
「他の神器には資格無き者が持てば神の罰が下りますが、今回は……」
「あ、そっか、人が作ったから罰が当たらないのか」
「そ、そんな事は無いと、思うがなー」
「大分無理あるぞ、族長」
なるほど、よくわかった。
この族長は自分達だけで神器の所有者を倒し、そうしてピュモラスの指輪を手に入れようとしているのか。
「タイニーフットの一族はこれまで安住の地を手に入れられてませんでしたからねだから……」
「……わかった、もういい止めろ、止めてくれ、それ以上余所者口から語るな」
「族長?」
「あぁそうだ、そうだよ、ここはようやく手に入れた土地だ、だからこそここで神器を手に入れ、それを盤石にしたいのだ!」
「……」
ようやくこの族長の行動に理解と納得がいった。
自分たちの帰る場所を、神器をもって未来永劫守っていきたいのだ。
だが、同時に疑問も湧く。
そんな守るべき場所を犠牲にしてまで、する事がこの無謀としか思えない戦いなのか?
「あぁまったくプリュカめ、こんな時にこそアイツが役に立つ時だというのに」
「……プリュカ?」
疑念が私の頭によぎったその時。
予測していた、あまり会いたくない者の名前が族長から上がった。
それと同時に、集落の端、戦闘音の聞こえる方向から大きな叫び声が上がる。
今、戦っているタイニーフットの戦士達が押されているようだ。
このまま族長の面子を立て続けていたら、この集落は滅びの一途をたどるだろう。
「あやつめ、どこをほっつき歩いているのだ!」
「なんだ、プリュカは来てないのか?」
「アイツがいたなら我々だけで事態は終結している!」
ふむ、戦闘能力において彼女は随分信頼されているようだ。
しかしここにはまだ来ていないとは、どういう事だろう。
私達より先に神器を追いかけていたはずだが、探索能力はそこまで秀でていなかったのだろうか、それとも……?
「まぁいいや、族長の言い分はわかったけど関係ない、どっちにしろあの水銀野郎を斬って指輪回収すれば全部終わりだ」
「お、おい待て、何をする気だ貴様! 我々の土地で勝手は許さん……」
「それはお前達の事情だろ、私には私の事情がある、相反する二つの事情がぶつかったなら、その先起こる事象は一つだ」
「き、貴様、まさかっ!?」
「闘争だ、それしかないだろう?」
私の左手に嵌められた指輪には、七大貴族の一角ブルトゥス家渾身の魔術がかけられている。
魔王の呪いを受けた七つの神器、それらを解放するまで私を縛る契約が課せられているのだ。
今の生活自体はまぁ、嫌いではないが。
契約不履行の際には望まぬ同衾と世継ぎの製作が待っている、それだけは嫌だ、私はこの契約は何としても解消しなければならない。
「私は好きにやらせてもらう、嫌ならお前も剣を取れ、私を殺して止めてみせろ」
「なんという無茶苦茶だ!? おいブルトゥス家の跡取りよ、それでいいのか!」
「まぁこのまま待っていても事態は進展しなさそうですし、いいでしょう、マティアス様の介入を私が家名をもって保証します」
「~~~~ッ!!」
族長が悔しそうに歯噛みする。
子孫に繁栄をもたらす千載一遇のチャンスだから理解できなくも無いが。
このまま帰る場所が無くなってしまっては元も子もない。
私は聖剣の鯉口を斬り、次第に近づいてくる戦場へと向かい足を出した。
「んじゃ、ちゃっちゃと終わらせますか」
「ま、待っ」
だが、その瞬間。
「あ?」
青い魔弾が私の眼前を通り抜けた。
正確には、私の頭部を狙って放たれた魔弾を、嫌な気配がして避けた結果空降った。
「……新手か?」
「これは、プリュカの魔弾か! ようやっと来おったかあのバカタレ!」
「ほー、なるほど?」
魔弾の出元に視線を移すと、集落を形成する建物の一角、一際高い屋根の上に小人の少女が立っていた。
身長120㎝後半、半袖長ズボンを纏う、ともすれば幼女と見紛う姿、頭部に生えた二本の巻き角と細長い尾が特徴の少女プリュカがそこにいた。
青く光る魔力を宿して、殺意を私に向けている。
「流石のお前も族長の意向には従うのか」
「ちげぇよ馬鹿、お前にはそのまま何もしてほしくないだけだ」
「つまり一緒じゃねえか」
「全然違う、過程は一緒でも導かれる解は全く逆、お前に黙っててもらう事で、ここの集落はあの神器に滅ぼされるわけだからな」
「な、なんだと!?」
プリュカの言葉に、族長は言葉を失った。
「あれ、もしかしてここはお前の故郷じゃないのか?」
「いんや、私はここで生まれ育った、腹立たしい事だけどそれは事実だ」
「そ、そうだ! 今まで育てた恩を忘れたか!」
「そうやって何かにつけて恩に着せるのがムカつくんだよ、ここの糞共は」
「なにぃ!?」
どうやらプリュカ側も何やら腹に一物抱えているようだ。
イリスに視線で目配せすると、もう少し話を聞こう、と視線が返って来る。
「竜族に手を貸して飯食わせてもらってた分際のくせに、旗色変わった途端全員で手の平返した卑怯者が、誇りも何もねえここの糞の煮凝りどもが、そんな奴らと同じ血がアタシにも半分流れてるって事が何よりも、昔っから腹立たしかったんだよ」
「み、身の丈に合った判断をしたまでだ! あのまま変わらず竜族に加担していたら今頃我々は」
「じゃあ今、神器を狙ってんのは身の丈にあった判断って言えるのか、ん?」
「そ、それは……」
「聞いてたぜ族長、プリュカさえいればこんな事態にはならなかった、プリュカさえいれば我々だけで事態は解決する、だってな? 腰巾着根性もここまで極まるとお笑いだな!」
プリュカの全力の罵倒に、しかし族長は何も言い返さなかった。
言い返せなかった、の方が正しいのかもしれないが、よく分からない。
何やら込み入った事情があるようだが、私がそこを深く堀り下げ理解する必要は無いだろう。
理解できないものを無理に理解する必要はない、他者に寄り添っていいのは相手がそれを許している時だけだ。
今私が考えるべきなのはそこじゃない。
「じゃあ戦る前にもう一個質問、お前、この集落が滅んだ後、どうすんだ」
「決まってんだろ、あの水銀野郎をぶっ殺して神器はアタシのもんだ、そんで後は教会に残ってる糞共を殺したら、デミトリの要求通りこんな糞土地からはとっとと出てってやる、あぁいや、その前に狼の血で身を清めるのも一興かな?」
「イリス、もしそうなった場合はどうなる? 私のこの指輪の契約、神器七つ鎮めたら云々ってやつ」
「プリュカさんの言った通りになった場合、神器は教会の管理の届かない状態、つまり人類に害をなす可能性を持ったままになるので、魔王の呪いに侵されたのと同じ扱いになります」
「つまり、アイツの要求は却下する以外なしか」
「はっ、そうかよ、大人しく逃げてりゃお前らは見逃してやろうと思ったんだけどなぁ!」
もはや私達とプリュカの消灯は避けようが無かった。
そして交渉決裂と同時に、街の端からじわじわと後退していたタイニーフットの防衛隊がつい決壊し、街の中心に異臭漂う液状金属の塊がなだれ込んだ。
私達とプリュカが同時にその場を離脱し、逃げ遅れた族長が襲撃者から放たれた猛毒の水銀をもろにかぶって息絶える。
現れたのは赤黒い魔力を纏いながら水銀の海に浮く身長190㎝程の成人男性、その左手には銀に輝く神代の指輪、紛れもない神器の継承者ダーレイサムその人であった。
その殺意は私達とプリュカ、両方に向けられている。
「こりゃあ三つ巴だなぁ」
「ですね」
村を襲う水銀の塊、青い魔力を纏うプリュカ、そしてそれらを迎え撃つ私とイリス。
四者四様、互いに間合いを図りながら攻撃の隙を伺う。
「どうするイリス? 二人で一つづつ相手するか、それとも分担するか」
「分担しましょう、人は人と、神器は神器と戦う方がスムーズに事が運ぶはずです」
「おっけー、了解」
方針が固まるとともにイリスの手から眩い光が放たれ、まがい物の生命がその手に創造され始める。
それを見たプリュカと水銀は余計な事はさせまいと各々行動に出る。
向かって左側からは水銀の雨、向かって右側からは青く光る魔弾。
水銀の方を聖剣で斬り払い対処するが、プリュカの魔弾は……
「この程度なら、私一人で十分ですから」
イリスの生み出した多量の蜂の集団が魔力の光を纏い、盾となって防いでいた。
悍ましい羽音を響かせながら、蜂達の集団はまるで触手のようにイリスの周囲をうねり飛び回りイリスの武器として動いている。
「え……そんな事も出来んのお前、キモっ……」
「人の戦い方にケチ付けてないで、貴女は貴女の仕事してください!」
「はいはい、すいません」
ぶーたれつつ、私はイリスに背中を預け全神経を水銀の塊へと向ける。
「つーわけだ、遊ぼうぜ、英雄」
「邪魔を、するな……俺達、の結婚を……」
「いや、式の邪魔してきたのはお前の方だろ!?」
先程まで集落を襲っていたピュモラスの指輪の継承者レイサムは、何やら意味不明な言葉を喋りながら指輪から赤黒い魔力を滾らせ水銀を生み出し、それを己の鎧として纏っていた。
今の一撃で聖剣の威力を悟ったか、攻撃用に周囲に散っていた水銀を集め、どんどん肥大化しある一つの形作っていく。
そして……
「ちっ……神器まで使ってやる事が龍の真似事かよ」
それはやがて、龍の形をとっていた。
全身を鈍色の水銀で覆い、角は呪いに侵され赤黒く、4mほどの体躯とその倍はあろう大きな翼をはためかせ、龍はそこに佇んでいた。
「ハーミア……あぁ、ハーミアぁ……」
「いや、誰だよハーミアって」
「貴様ら魔……物は、滅ぼして。やる……絶対に!」
そして龍は意味不明な言葉と共に、巨大な爪を振り上げ襲い掛かって来る。
異臭放つ巨大な質量が猛毒の液体金属をまき散らしながら、高速で突っ込んでくる!
果たして私の目の前にあるかつての英雄様には一体どんな景色が見えているのだろうか。
私を魔物と呼び、どこぞの誰とも知らぬ女の名を呟きながら、己を龍を模した姿へと変え暴れ散らす。
「いや、私が魔物なのは間違いでもないか……」
続けざまに放たれる龍の前足の叩きつけを躱すと、龍はさらに体の一部を分離し水銀の槍の雨として私に降りかからせた。
それらを躱しながら、少し私は考える。
所有者は過去に魔物の襲撃で妻を亡くしたと聞いた。
もしかしてそれが今の彼の脳内で繰り返されているのではないだろうか、と、私の頭はそちらに向けてフル回転し始める。
私が魔王の呪いに侵されたときは、過去の母との記憶を掘りこされていたが、彼にとっては妻との記憶が……
「ニーナ、何やってるんですか!?」
「え?」
そして、イリスの叫び声が耳に届いてハッとする。
気が付けば思考に囚われ周囲の警戒がおざなりになっていた。
水銀龍の攻撃を避け続けた先、私がいたのは、イリスの蜂とプリュカの魔弾の交錯する直線状ど真ん中。
魔力と魔力が弾けて空間に亀裂を生じさせている危険地帯だ!
やってしまった!
理解できないものを理解しようとするなど、ましてそれを戦場でなど、迂闊にもほどがある!
いつかした失敗が、こんな時に足を引く!
「ニーナ!」
「はっはぁ! 鴨が葱しょってきやがった!」
プリュカは獲物を前に舌なめずりし、イリスはこちらを気遣い攻め手を弱めようとする。
「大丈夫だ! なんとかする!」
私はイリスに釘を刺しながら、姿勢を低くしてプリュカからの攻撃に備えた。
白く光る蜂の集団が私の頭上を通過し、青く光る魔弾は先ほどよりも勢いを増し蜂達を吹き飛ばしながらこちらへと迫る!
青い光が私の視界一杯に広がり、その魔力を迸らせた。
……が。
「ッ!?」
私を狙った水銀龍がそこへ飛び掛かってきたことでそれらは遮られた。
魔弾が水銀龍の皮膚を叩き、弾け、内部に流れる魔力に干渉し赤黒い稲光を発生させる。
「助かった、言うだけあってソイツにも効くんだなその魔法」
狙って引き起こした状態ではあったが、プリュカの魔弾は想像以上の威力であった。
魔弾の衝撃によって生まれた龍の隙、龍の突撃によって生じたプリュカへの隙。
それらは私にとっては十分すぎるほどの膨大な時間の猶予を生んだ。
その隙に龍の股下を抜け、私は龍の後上を取った。
聖剣の鯉口を斬り、眼下に広がる獲物二人を射程に捉える。
「やるぞコリオレイナス」
気合と共に、この世のもの全てを両断する神話の剣が、白い筋となって世界を絶つ。
村の広場、水銀で出来た偽の龍、その中心部に漂う赤黒い魔力を湛えた成人男性が両断されて生命活動を停止した。
そして……
「……殺さなかったんですか?」
「いや、避けられただけだ」
「糞ッ、糞ッ、糞ッ!!」
右肩から先、右腕まるごとが切断され多量の血を流すたプリュカの姿があった。
肩から袈裟に斬るつもりだったが、どうも神器の所有者を優先したことで、僅かだが回避する隙を与えてしまったようだ。
片腕を失い失血と痛みで青い顔になりながらも、彼女はどうにか逃走を図っていた。
「どうするアイツ? 追うか?」
「それより先に神器の回収を行いましょう、"誰でも使える神器"は、また余計な諍いを生みかねません」
「あー、それはそうだな……」
アイツへの追撃を行っている間に、族長の遺志を継いだ誰かがこっそり奪って隠す……なんてされたら大問題だ。
逃げたプリュカは後回しにし、まずはピュラモスの指輪を回収、そしてそれから馬とエルフの少年を呼んで今後の事を……
「え?」
そう考え後ろを振り返った私の視界に、真っ白なウェディング姿の人狼が映る。
「エレ、ナ……?」
異臭放つ鈍色の液体金属の中央、両断された英雄の鮮血でそこだけ赤く染まる中心に、真っ白な花嫁衣裳の黒狼が、指輪を掲げながら立っていた。
「へぇ、これがピュラモスの指輪か、間近に見るのは初めてだけど、中々綺麗だねぇ」
どうしてそこにいる?
無事だったのか?
どうやってここまで?
色々な疑問が頭の中に浮かんで口をつこうと喉を震わすが、それらが声になって表層へと現れる前に、何か、恐ろしい予想が私の脳裏によぎった。
神器の所有者レイサムは花嫁姿のエレナを攫った。
その攫われたエレナは、事前にレイサムが花嫁を狙っているのを知っていたかのような言動をしていた。
そして攫われた後、何事も無く無事にそこにおり、今、所有者が倒されすぐ、神器を手にしている。
証拠なんて何一つない。
確証なんて一つもない。
でも、結果として存在する今この状況は、どう考えても一つの結論を意味している。
「エレナさん、これは貴女が仕組んだことなのですか!?」
「あぁイリス、それとマティアス、で合ってるっけ? やぁ元気?」
「質問に答えろ、神器がこの土地に来たのはお前のせいか? 教会で言ったお前の話は全部嘘だったのか!?」
「落ち着いてくれマティアス、ちゃんと答えるよ、そうだね、この人がここに来るようちょっと細工したのはワタシだ、でも私がデミトリを愛しているのは嘘じゃない、心の底から私はデミトリを愛している」
「じゃあ、なんで」
「答えたいのはやまやまだけど、先に、その傷治した方がいいかもよ?」
「え?」
またもや意味不明な言葉、理解するのに時間がかかった。
エレナは指をさしていた、その終端にはイリスのわき腹。
そこを見て、ようやく発言の意図が分かった。
そこに、穴が空いて、そこから血が流れていた。
「あ、おい、お前、何を!」
「ワタシじゃないよ、あの人モドキの仕業」
エレナの発言に少し遅れて、青く光る魔弾が、イリスを撃った魔弾が山肌に着弾した。
「あ、あの野郎!」
出元をたどると、集落から西側の山の麓、およそ1㎞ほど離れた地点にこちらを狙って狙撃した糞野郎の姿がそこにあった。
流石に、ここから殺すには遠すぎる。
「ニーナ、私は大丈夫、だから、神、器を」
「全然大丈夫じゃないだろ?!」
「イリスの傷治してから、その後聞きに来るといい、ワタシは誰かさんと違って会話には応じるからね」
「お、おい待て!」
「ここから北東にあるデミトリの森、そこで待ってるよ、それじゃ」
「おいふざけんな! 指輪を置いて……糞ッ!」
つい一時間前の継承者と同じように、エレナは指輪から生み出した水銀を利用して遠くへと飛んで行った
イリスを撃ったプリュカもすでに姿はなく、どこかへと逃げてしまったようだ。
何なんだコレは、意味が分からない。
神器の継承者を倒してから次々と降りかかるあれこれと、私の腕の中でどんどん弱っていくイリスの鼓動で、まったく思考がまとまらないまま。
わけが分からない。
そんな言葉だけがただただ頭の中で回転する。
今回の神器との戦いは、こうしてさらなる混沌へと進んでいった。




