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4話「手に入ったら命令者、入らぬうちは嘆願者」前編


 正午過ぎの大教会前、キュルト北部に広がる海を望む小高い丘の上。


「はぁ糞っ、しくじったなぁ……」


 魔王の呪いに蝕まれたピュラモスの指輪、神によって作られた、所有者に人知を超えた力をもたらす忌器。

 その襲来を眼前に捉えた私は、同じく神によって作られた剣をもって迎撃にあたった。


 神器によって生み出された高さ30mを越える水銀の大津波、それを私は聖剣を振るい縦一閃に斬り払ったのだ。

 それが今からおよそ40秒前。


「前の神器の時は、斬った衝撃で全部吹っ飛んだんだけどなぁ」


 天の雲すら裂くほどの聖剣の衝撃が空中を走り、迫る津波は二つに裂けた。

 だが、二つに裂けて別れた津波は勢い止まらずそのまま丘まで着岸し、大量の水銀を地上へとぶちまける。

 私の直線状、教会を含む数㎞圏内は直撃を避け無事だったが、それより遠方の沿岸部は異臭を放つ液体金属の襲来を受け壊滅的な被害を受けていた。


「前の奴よりも戦闘向けって事なのかな……?」


 津波を引き起こした元凶である神器の所有者も、聖剣の衝撃と津波の着岸のどさくさにまぎれ見失ってしまった。 

 おそらくはこの国へ上陸してしまった事だろう。

 どんな理由で奴はこの国へ来たのか、その後どのような事を為すのかは今のところさっぱり予想もつかないが、その先で間違いなく戦いになる。

 そしてその矢面に立つのは私、そうでなくても、そうする。


「ひひっ、ひひひひ……」


 あれだけの規模を起こせる神器となれば、きっと壮絶な殺し合いとなるだろう。

 それに、今回は全く知らない侵略者との戦い、何の気兼ねなく、何の気負いも無く戦いに挑める!


 ここのところ調子の狂う事ばかりであった。

 でも、今回は、久しぶりに純然たる闘争を楽しめるのだ!


「あぁ、やっぱり、ここはいいなぁ……」

「なーにヘラヘラしてんだこのド低能がぁ!」

「痛っ!?」

「迎撃失敗したくせに笑ってんじゃねえぞボケぇ!」


 これから起こる戦闘に思いを馳せていると、後頭部へと軽い衝撃を感じた。

 せっかくの高揚を邪魔するのはどこの無粋者か。気になって振り返ってみるとそこには。


「……えーっと、誰だっけ、プリン……さん?」

「プ・リュ・カ・だ! てめぇの脳容量は犬以下かボケ!」


 今日あったばかりの粗暴者、小人族の少女プリュカが苛立ちながら、座る私の後頭部を蹴っていた。

 身長120㎝後半、半袖長ズボンを纏う、ともすれば幼女と見紛う姿、身に着けた衣類や飾りは人類寄りといった所。

 しかし頭部に生えた二本の巻き角と細長い尾、そして纏う魔力のどろどろとした流れが彼女を紛れもない魔族の輩、半人半魔のタイニーフットの者であると示していた。


「お前がここで仕留めてりゃすっぱり終わった話なのによぉ! どうしてくれんだ、あぁ!?」

「しょうがねぇだろ、向こうだって黙って斬られる巻藁じゃねえんだ、ギリギリまで引き付けて向こうを仕留めるか、早めに対処して教会を守るかで二択だったんだ」

「それであんな糞ども守ってどうすんだ、魔王討伐の英雄マティアスの名が聞いて呆れるな! 淫売女のお抱え道化の方がよっぽどお似合いな称号だぜ!」

「全方位に喧嘩売ってんなーお前」


 まだ何もしてないくせにやたらと威張り散らす、ここまでハッキリとした馬鹿だと逆に怒る気にすらなれなかった。

 こんな奴の血で自分の手を汚したくないというか。

 私が手を出さなくても勝手にどこかで死んでそうというか。

 このプリュカという少女に対する私の印象は、やたらと吠えてくる雨に濡れた子犬を見るような感覚であった。


「おかげでアタシもあの犬モドキと手組まなきゃなんねぇだろうが、糞っ……」


 そして、そんな野生の獣のような者ですら、デミトリという名のトレントの提案には素直に従っていた。

 まだ名前しか知らないが、そんな事をやって遂げるデミトリとやらはいったい何者なんだ……?


「おー? 今何か人モドキの言葉が聞こえたなぁ? 声が小さすぎてよく聞こえなかったけど?」

「あぁん!? ぶっ殺すぞ犬モドキ!」

「あ、あの、どうか皆さん喧嘩は止めて欲しいのです、デミトリ様はそれを望んでいないので」

「もう嫌です……問題児が四人に増えました……」

「え、問題児って、僕もですか!?」

 

 姿を消した敵対者と、未だ姿すら見えぬ依頼者、顔も見た事ない二者へと思いを馳せていると、今度は騒々しい集団が近づいてきた。

 誰かと問うまでも無く、それはイリスと先程教会の個室で集まったエルフの少年と人狼エレナだ。


「チッ、気分悪ぃ、帰る」


 そしてその集団を見たプリュカは、バツが悪そうにこの場を去ろうとしていた。


「え、あのプリュカさん? 貴女のその行動はデミトリ様の本意には……」

「うるせぇ知るか! いくらデミトリの言葉でもこれ以上は我慢ならねえ!」

「おー? 逃げるんだ?」

「ちげーよド低能! アタシ一人であのピュラモスの指輪、ぶっ殺して独り占めすんだよ!」

「いや、でも、デミトリ様は神器をこの土地の外に追いやって欲しいって言ってますので」

「神器を手に入れたアタシが外に行けば問題ねえ、そうだろ」

「えーっと、それは……はいそうですね、デミトリ様は、まぁそれもアリだね、と言ってます」

「割とフランクなんだデミトリ……」

「つーわけでアタシはアタシで勝手にやらせてもらう、じゃあな」


 エレナに向かって唾を吐きながら、プリュカはそのまま西の方角へ向かって去っていった。


「行っちゃった」

「放っておいて良いんですかね……?」

「良いんじゃないかな? デミトリの言葉には従うみたいだし」

「そのデミトリとやらでもきっちり手綱握れてなさそうだけどなぁ」

「ま、あんな小人風情じゃ何もできやしないさ」 


 人狼エレナはタイニーフットへの差別意識を隠そうともせずに毒づいた。


「こっちもこっちで大概だな……」

「おいおい、私だって喧嘩売られなきゃ大人しくしてるよ? 因果応報という四字をデミトリに教わったからね」

「教わった?」

「君には関係のない話だ」

「えー、気になるじゃん」

「ニー……マティアス様、そんな事より先に、これからの事を考えないといけませんよ」

「そうそう、重要なのはこれまでよりもこれからさ」

「むぅ……」


 確かに、そうではあるが。

 そうではあるがしかし……何だか納得がいかない。

 この人狼も何か腹に一物抱えていないか?


「なのでまずはエレナさんはどうするのか……」

「というわけで伝令の少年、一ついいかな?」

「え、え!?」


 そうして私が訝しんでいる中。

 イリスの問いかけを遮って、エレナはエルフの少年と向き合った。


「重要な事だ、聞いておきたい、私の告白の返事はまだデミトリから返ってはないのかな?」

「こ、告白……ですか?」

「そう、告白、念のために捕捉しておくけど罪の告白でも過ちの告白でもないよ、愛の告白さ」

「え、え!? 愛!?」

「急にどうしましたニー……マティアス様」


 エレナの言葉に、私は思わず叫んでしまった。

 剣士の国の長女として産まれた私には、効率よく敵を屠るため、様々な生物の生態を頭に叩き込まれたから、だからこそ叫ばずにはいられなかった。


「だって、デミトリってトレントなんだろ? じゃあ、その、こう言うのもなんだけど、人狼との間に混血が生まれる事は……」

「おいおいマティアス殿、体を重ねるだけが愛じゃないだろう?」

「わ、わぁ……」


 そして追撃に叩きこまれたその言葉の、余りの衝撃に言葉が出なかった。

 エレナが抱えていた事情があまりにもあんまりで、顔から火が出そうなほどに火照って来た。

 恋愛。それも種族を越えた愛!

 なんか、神器の襲撃以外にも凄い事が起こっている!


「ごめんなさい、デミトリ様に聞いてみましたが、そのような事は聞いた覚えはない、と」

「……そうか、ならデミトリに改めて伝えてくれ少年、あなたを愛している、と」

「わ、わー! ワー!? き、聞いたかイリス、イリス、イリス!!」

「うるさいですよ、一回言えば十分です」

「あはは、ごめんね、ワタシはこういう事情でさ、だからこの神器との戦いでいい所見せたくてね」

「それじゃあエレナさんは……」

「君達とは別行動、ワタシはワタシの部族の者達と行動しようと思っている」

「えーっと、それはデミトリさん的にはどうなんです?」

「……もうこうなったら最終的に神器が国外行けば良し、だそうです」 

「ざっくりしてんなぁ」


 聖堂で私と1対1だった時は何もかもお見通し、神みたいな先読み能力! といった具合だったのに、複数人が絡むと途端に粗さが出始めた。

 デミトリとやらの持つ先読み能力は、それほど万能ではないのか?


 ……或いは、考えたくはないのだが、私という人間がそれほど御しやすかった、というだけの話なのだろうか。

 いや! そんなはずはない! 断じて!


「それじゃワタシも仲間の元に戻らせてもらうよ、勿論デミトリの言葉は伝えておくから、流れ次第ではまた君達と共に行動するかもね」

「そうですか、ではまた」

「しょ、しょしょ、しょうだな! エレナ、応援してる……じゃなくて、どうかご武運を!」

「あぁ、そっちも無事で」


 エレナはプリュカとは対照的にフレンドリーに手を振りながら、教会の奥へと戻っていった。

 つい数分前まで賑やかだった教会前の海を望む崖から、どんどん人数が減っていく。


 狂犬じみたプリュカと、変質的な愛に向かって走るエレナ。

 どちらも大分難の有る性格をしているが、今回の神器を追いかけていく過程で、何度も関わりがあるだろう事だけは容易に想像できた。


「いやあしかし、なんか、凄かったな……」

「割とありふれた話だと思いますよ? 種族を越えた恋愛なんて、今回私達が呼ばれた結婚式もそれですし、似たようなケースは世界各国津々浦々、掘れば掘るだけ出てきます」

「そう、なのか」

「でもそれは今はどうでもいいんです、それよりこれからどうするか具体的な指針を話し合いましょう、あの神器の所有者は今どこに向かっているのかとか、そのための調査をどこから始めるのかとか、そういうのを」

「まぁそれはそうだな」


 慣れない恋愛話で心が浮ついて、すっかり忘れるところであった。

 私達の今いる教会の丘、その周囲数㎞先に広がる区間は水銀の津波によって見渡す限りすっかり鈍色の世界へと変わっていた。

 あれを引き起こした所有者は今どこに潜んでいるのか、まずはそこから考えなくては。

 この国の人達は協力してくれるだろうけれど、だとしても具体的にどこをどう探すのか、という事は決めておかねばなるまい。


「それについては心配無用ですよ、デミトリ様が所在を把握してますので!」

「は?」


 しかし私とイリスが考えを巡らせ始めた矢先。

 エレナが去って以降、口数が減り始めていたエルフの少年が口を開く。


「あの津波の後、どこかに潜んでいたようですがようやく尻尾を出した、との事で……」

「お前、またか」

「え、え? どうしたんですか二人とも、怖い顔で」

「お前またさっきみたいに、重要な情報を直前に出そうとしてないだろうな!?」

「そ、それは誤解です! デミトリ様も今ようやく所在を掴んだところなので! 情報を伝えるまでにタイムラグがあるからそのせいなのでして!」

「うさんくせぇ……」

「し、信じてください!」

「まぁ一応聞くだけ聞きましょうか」

「は、はい! それではお伝えします……え?」


 私達の催促でエルフの少年はデミトリから再び声を聴こうと俯き念じる。

 が、何を聞いたのやら、急に硬直して黙ってしまった。


「おい、どうした? 早く言えよ?」

「そ、それが……エレナさんと一緒にいる、らしいです」

「え」


 何を言っている、どういう事だ。

 そんな言葉が喉から出かかった次の瞬間、私達の前方、火の光を浴びて輝く大教会から悲鳴が上がった。


 そして……


「あ、あれって……」


 教会の天井を突き破って多量の水銀が放出し、噴き出す水銀の流れに乗っかるように赤黒い光に包まれた二足歩行の人型生物が教会から飛び出した。

 その人型生物の左手には鈍く光る指輪が一つ、神器らしき赤黒い輝きの指輪。

 神器の継承者であることは間違いなかった。

 無かったのだが……


「エレナ、さん……?」


 指輪以外にももう一つ、神器の継承者はその手に荷物を抱えていた。

 身に纏うは白い花嫁衣裳。

 そしてそれと対照的な、衣装の隙間から覗く真っ黒な体毛。

 天を突く長い耳、固い牙と鋭い爪。


 花嫁姿の人狼、先ほどデミトリへ熱く愛を囁いたエレナその人を、継承者は何故かその両手に抱えていたのだ!


「「「なんで!?」」」


 教会の外にいた私達三人は同時に叫んだ。

 叫ばずにはいられなかった。

 どうしてこうなった。


「まさか、横恋慕……? 略奪愛!?」


 ふと思いついたバカげた私の呟きを、イリスとエルフの少年は否定しなかった。


 兎にも角にも判断材料が無さ過ぎた。

 意味不明、理解不能、支離滅裂。


 訳が分からない、としか言いようのない、今回のキュルト国での神器との戦いは。

 このような意味不明な状況からこうして始まったのであった。



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