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3話「ヴォルプリエの前夜」後編


 日を浴びて白く光る大教会の中央部。

 時刻は正午を回り、結婚式がいよいよ始まろうとしている大聖堂。


「はぁ、糞ッ、必死こいて走って来たってのに、魔族同士の殺し合いかよ」

「え!? ニー……あ、いやマティアス!? どうしてここに!?」


 人混み掻き分け全力で走って来た私の眼前に広がっていたのは、披露宴の参列者のうちの一人が、花嫁の親族に向かって殴りかかるという、よく言えば安全な、悪く言えば肩透かしな光景であった。

 体調不良を押してどうにかイリスの元まで駆け付けた私に待っていたのはそんな、しょーもない小競り合いであった。


「悲鳴が聞こえたから急いできたんだよ、無駄足だったけど」

「無駄足って……」

「だってそうだろ? ありゃただの喧嘩だ」

「あーいや、でも、あのままだと殺し合いにまで発展するかも……」

「まぁ、それはなるかもな」


 ただ問題点として、その喧嘩している相手がどちらも魔族の血の入った者である、という事が挙げられた。

 取っ組み合いの喧嘩をしていたのは、片方は魔族の人狼の女で、もう片方が亜人と魔族のハーフのタイニーフットと呼ばれる種族の少女であった。


「人間と一緒にやってくって言っても、結局これだもんなぁ」


 魔族同士の諍いは獣の縄張り争いのようなものだ。

 今は当人同士素手での殴り合いに収まっているが、私の知る魔族同士の諍いならそのうち同種族の者が参戦し、武器を持ち込み、やがて種族同士の凄絶な殺し合いへと発展するだろう。

 理性なんて物はニか月かそこらで備わる物じゃない。

 獣はそう簡単に人にはなれない、なんだか少し安心した。


「どうすんだ? 止めるか?」


 しばらく様子を伺ってみたが、周囲の参列者は止めに入るべきか、それとも余計な事をするべきではないのか、下手に止めに入って他種族と軋轢が生まれないか、そんなアレコレを迷っているようで中々止めに入ろうとしていない。


「部外者の私なら、そこまで角が立たずに治められると思う」

「そうですね、式を台無しにされたら困りますし、お願いします」

「おっけー、任された」


 大聖堂の中央、神父の立つ説教台の真下。

 殴り合い揉み合い獣のように歯をむき出す二種の魔族を、周囲の貴族達は遠巻きに囲みながらオロオロと戸惑うばかり。


「ま、こういうのは私の分野だわな」


 その取り巻きをかきわけ、私はまず渦中の一人、馬乗りになってマウントポジションをとろうとしていた人狼の女、その背を思いっきり蹴飛ばし説教台へと叩きこんだ。


「おわぁ!?」

「なっ、お前、邪魔をすん」

「祝いの場の、邪魔してんじゃねえよ!」


 そしてもう一人、突然の闖入者に驚くタイニーフッドの少女の手を取って、今度はそいつを聖堂の壁へ向かって投げ飛ばした。

 投げ飛ばされた半人半魔の少女は、壁をぶち抜いてそのまま教会の奥へと飛んでいく。


「喧嘩がしてえなら相応しい場所でやれっての」

「あだだ……ふん、まぁいい、タイニーフットにはふさわしい末路」

「何すました態度してんだ、お前ぇもだよ!」

「え、うわぁ!?」


 そして私は、説教台に頭を突っ込みケツを衆目に晒す人狼の女も引っこ抜き、先の半人半魔と同じ場所へ投げ込んだ。


「おぉ流石デミトリ様です、目的の人物が全てこの部屋に」

「違ぇよ馬鹿! 私が狙ったんだ!」


 祝いの場の邪魔をする不届き物二人の送り込まれた先、そこは先程エルフの少年が澄ましていた個室だ。


「ちょうどいい、これでショートカット開通だ」

「なぁにしてるんですかこの馬鹿! 式場壊してどうするんですか!?」

「いいじゃねえか、魔族の喧嘩治めてコレなら被害は小せぇくらいだ」

「お気になさらずイリス殿、壁くらいならすぐに治せますので」


 聖堂を出て不届き物三人の居る個室へと歩を進める私をイリスは強く諫める。

 そしてそんなイリスに、ホールスタッフがなにやら耳元で囁く。


「そのまま、ご迷惑なお客様ともども、ご退席いただければこちらとしてもありがたいので……」

「聞こえてんぞー」

「聞こえるように言ったんですよ、このスタッフさんは」

「あぁそうですか、ほんじゃ邪魔者はすぐさま退散しますか」

「あ、待って!」


 急速に修復されていく壁を背にしながら、聖堂を出た私とイリスはエルフの少年の控える個室へと入り込む。


 壁が完全に修復され隙間が埋まると、会場の喧騒がピタリと遮断される。

 喧嘩をしていた人狼とタイニーフット。

 部屋でくつろいでるエルフ。

 そして最後に訪れた私とイリスが狭い個室に一堂に会する。


「おいてめぇ、どこのどいつか知らねえが許さねえぞ!」

「おーおー結構だ、喧嘩がしてえならここで好きなだけやれ、あっちに迷惑かけんな」

「あの、ここに戻ってきたという事は僕の話を……」

「人間のくせにずいぶんな馬鹿力だな、いいだろう、お前もまとめて」

「全員静かに! せめて一人づつ喋ってください!」

「そういう貴女はどちら様で?」

「私はブルトゥス家息女、イリスブルトゥスです!」

「ブルトゥス家……七大貴族の!?」


 この場で最も権力のあるイリスの叫びが、魔族の跋扈する個室に響き一時の静寂をもたらす。

 ……が。


「貴族が何だ! じゃあアタシからだ! まずそこの糞人狼にはとっとと死んでもら、痛ってぇ!?」

「うん、お前は一番最後な」

「なんでだぁ! ふざけんな!!」


 流石魔族と言うべきか、私の投げ飛ばしたタイニーフットの少女は、権力なんぞでは怯みもしない血気盛んな奴であった。

 拳骨を飛ばし一旦は黙らせるが、私が押さえつけてなければすぐにでも人狼へ向かって飛び出しかねない。


「殺意を抑えられねえ奴の話なんて最後でいいだろ」

「はぁ!?」

「うーん、その理屈で言うならワタシも後回しかな?」

「えぇ、お前もかよ……」

「一体どうしたんです? 何故このような場で喧嘩を?」

「そっちのタイニーフットが私達一族に喧嘩ふっかけて来ただけだ、それも花嫁の親族を狙って、故意に」

「アタシを種族で呼ぶな! プリュカって名前があんだよ!!」


 タイニーフットはビッグフットと同じ、魔族と亜人種の混血児だ。

 ただ、彼らはビッグフットのように両親の特性を正しく受け継げているわけではなく、混血の副作用が体のあちこちに出る事が多い。

 それゆえに成人でも身長は130cm程でゴブリン並み、ドワーフのような力強さも無ければエルフのような特殊な生態も持たない、兵士としての評価があまり高くない一族だ。

 人間からはできそこないの亜人として距離を置かれ、魔族からは用無しとして捨て置かれる、そういった半人半魔がタイニーフット(小人族)という種族だ。


「じゃあ、プリュカさんはどうして彼女達に喧嘩を売ったんです?」

「あぁん? 決まってんだろ、そいつら人狼は裏切り者だからだ!」

「裏切り?」

「この土地は元々竜族が幅を利かせてた土地だった、人間達は私達を避け逃げ回るばかり、だから私達の一族も竜族に味方して自分の土地を守ってた、なのにこいつら! 人間に協力してこの土地の竜族を追いやったんだ!」

「そっちの方が風向きよさそうだったからねぇ」

「お前いけしゃあしゃあと! 人狼のくせに! 誇りはないのか!」

「賢い選択と言っておくれよ」


 ふむ、このプリュカの主張は、魔族らしいありふれた主張に見える。

 が……


「あれ? でもそう言う割にタイニーフットの種族、この披露宴にかなり参加してた気がするな? 結局そっちも人間側に鞍替えしたんじゃないのか?」

「そう、それだ、それが一番気に食わねえんだよ! ついこないだまで竜族に擦り寄って万歳三唱してたくせに、風向きが変わったってだけで今度は人間に擦り寄りやがった!」

「賢い選択だとワタシは思うけどねぇ」

「そんなんだからタイニーフットは背丈が小さきゃ肝も小さい、なんて言われんだ! だから!」

「種族みんなに迷惑かけるために、喧嘩を売ったんですか? あえて、披露宴の場で」

「アタシらは小さくなんかねえ、その事をこの土地の全てに思い出させんだよ、だからまず、裏切り者には制裁を、痛だあっ!?」


 プリュカと名乗る少女の右腕第一関節を極め、その口を無理矢理閉じる。

 このまま感情のまま紡がれる言葉を聞いていても時間の無駄だ。


「それじゃ、人狼のアンタはこの無鉄砲馬鹿に巻き込まれた被害者……って事でいいのかな?」

「うんまぁそうだけど、でも親族に罵倒を浴びせられて黙ってられるほどお人よしじゃないからね、少なくともソコの小人には死を持って償ってもらおうかなって」

「死!? ちょ、ちょっと性急すぎますよ!? せめて懲役刑くらいにしませんか!?」

「そうなんだよねぇ、これから人間と仲良くしていくなら、その辺の配慮も考えないと」

「おいふざけんな、殺せよ! 私を殺せ! 殺してみせろ人狼!」

「お前もお前で何を言ってんだよ……」

「ワタシも人狼じゃなくて、エレナって言う名前があるんだけど、痛みがあれば覚えてくれるかな?」

「上等だやってみせろよ人狼!」

「お前馬鹿なのか!? この期に及んで何で挑発してんだお前!?」

「話も纏まって来たようですし、そろそろ僕の方からも話をさせてもらっても?」

「お前はもうちょっと後にしてくんないかな! 今この二人で精一杯なんだけど!」


 タイニーフット、人狼、エルフ、異なる三種族のそれぞれの主張により場が混沌としてきた。

 どいつもこいつも自己主張が激しい魔族の輩、獣みたいに自分を隠さず解き放ち、とてもじゃないが暴力以外でこの場が収まる気がしなかった。

 誰も誰もが後先考えない刹那的な生き方で私の知る魔族らしい魔族ばかり、辟易すると同時に安心する。


「はぁ仕方ない、やっちまうか」


 イリスには怒られそうだが、でもそれしか方法が無いのだから仕方がない。

 そう思い私は懐のダガーに手を伸ばしかけた。


 ……が、その時。


「あの! 皆さまどうか僕の話を聞いてくれますか!? デミトリ様の指定した時刻がそろそろ迫ってきているので、どうか……」

「でみ、とり……?」

「そこのガキ、森のエルフなのか?」

「僕はデミトリ様の端末です、デミトリ様の言葉を伝えるための伝令です、なのでどうか、話を聞いてくださいです」

「……その名前を出されたら仕方がないね、いいだろうそこの小人は一旦置いておこう」

「糞ッ、分かったよ……」


 エルフの少年が「デミトリ」の名を出した途端、いきり立っていた人狼エレナも小人プリュカも、嘘のように鎮まった。


「え、何なのデミトリって、お前知ってる?」

「いえ、私もこの土地にはあまり縁が無くて……」

「デミトリは恩人だよ、この土地に住む全ての民にとっての」


 私の疑問に、人狼エレナが答えた。


「……そんな凄い奴なのか?」

「東の森に住む長命(エルダー)のトレント、それがデミトリだよ、この土地に人狼や混血の一族がどうにか住めているのは彼がとりなしてくれているおかげさ」

「そいつのせいでこの土地に人間がやってきたんだけどな……」

「まぁそこはひとまず置いておこう、少年、デミトリの話を続けてくれないか」

「はい、わかりました」


 人狼エレナだけならともかく、あの狂犬じみたプリュカすら、デミトリの名を出したエルフの少年の話を大人しく聞こうとしていた。

 獣同然の魔族が、まるで人間のように。

 一体デミトリという奴は何をしたのだ。


「ではお話します、今この土地に、魔王の呪いに侵された神器が迫っています」

「神器? おいイリスこの土地には神器は無いはずじゃ?」

「黙って聞きましょう、迫ってきているって言っているんですから外から来てるんですよ」

「あ、なるほど」

「神器の名はピュラモスの指輪、これはこの土地に大きな災いをもたらします、なのでこの場にいる四人には神器を迎撃して国外へと追い出してほしい、それがデミトリ様から皆様への依頼となります」

「依頼? それもここの四人に……?」

「はい、それがデミトリ様から僕に託されたお話です」


 色々と不可解なところが多い話であった。

 この土地全ての恩人なんて呼ばれた奴なら、たかが四人だけでなくもっと大勢に依頼しこの問題に取り掛かれるはずだ、なのになぜ、この場の四人だけ?

 それに、神器をこの国の外へ追い出してほしい、という言い方も引っかかる。

 

「どうするイリス?」

「まぁ、神器の話となれば無視するわけにもいきませんし……」


 隣の相棒へと伺うと、イリスも私と同じような不信感を抱いているようであった。


「まぁ、デミトリからのお願いなら承ろう」

「……チッ、しゃーない」


 一方で、エレナとプリュカは快諾。


「では、皆さま承諾という事ですね、早速戦いに向かってくださいです」

「戦いに向かうってどこにだよ、それにいつ来るんだ」

「いま、ここです」

「「「「は?」」」」」

「北に広がるデカラニズの海、そこからこの教会に向かって魔王の呪いは迫ってきているのです」


 少年の言葉を受け、その場の四人は一斉に部屋の外に出た。

 そして教会北側の窓、廊下のすぐ外に据えられた窓を一斉に覗き見る。

 するとそこには……


「あれが、ピュモラスの指輪……」


 鈍色に輝く水銀の波が、まるで津波のように海から押し寄せていた。

 そしてその中心には赤黒く輝く球体、魔王の呪いに侵された、かつての人間の英雄の姿がそこにあった。


「皆様には、アレを迎撃しこの土地から追い出してほしい、とデミトリ様が……」

「そういうのもっと早く言えよ!?」

「事前の準備とか作戦の立案とか、いろいろ必要でしょう!?」

「ご、ごめんなさい! でも、僕もたった今知らされたばかりで……!」

「うーん、このままだとワタシ達もアレに飲み込まれるね」

「だからって……糞っなんでアタシが人狼なんかと手を組まなきゃなんねーんだよ!」


 この場の全員が困惑する中で、唯一北の海から迫りくる鈍色の大津波だけが確かなものとして存在した。

 高さはおよそ30m、何もしなければこの教会ごとあの水銀の津波に飲み込まれて皆死ぬ。


「まーウダウダ言っても仕方ねえ、とりあえずやるだけやるか」


 私はため息一つを吐き出した後、困惑する四人を置いて窓を蹴破り教会の外へ躍り出る。

 結婚に始まり、視線がどーだ、理性がどーだ、破廉恥に気持ち悪い少年にと調子が狂う事ばかり。

 いい加減うんざりだ。


「待って、ニー……マティアス! やるって何を!」

「どーせこんな急造メンバーで連携とか無理だし、各々やりたいようにやろう、一番槍は私がやるからさ」


 だが、ようやく白黒はっきりした場所がやって来た。

 私の征くべき場所がやって来た。

 実に居心地のよい私の愛する戦場が。


 眼前に広がる首が痛くなるような高い高い鈍色の津波を望み。

 私は、肩に下げた長剣の鯉口を切った。


「いくぞ、コリオレイナス」


 心なしか私の口の端は、2歳の頃の私のように緩んでいた、そんな気がした。


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