10話「綺麗は汚い、汚いは綺麗」後編
日が傾き夕焼けが差し込む砂漠の廃墟跡。
私の前には、悪魔に唆され正気を失った獣人の少女が敵意を向け対峙していた。
かつて私を友だと言ってくれたエルザが、私に向け剣を向けていたのだ。
決して戦いたく無かった。
だが、剣を掲げ斬りかかってくる目の前の敵に、私の体は反射的に動いてしまう。
懐のダガーを抜き、突き放たれるエルザの剣を弾き落とし。
私の腕はエルザの首を刎ねようと、自然に動いていた。
「あ、嫌だ……」
そして……
「なーにーを、やっとんじゃボケ共ぉ!!」
「!?」
その刃がエルザの首に届く寸前。
顔面を、思いっきり殴られた。
「な、なに!? 誰!? 助かったけど!?」
「誰、邪魔しな」
「貴女も!!」
「おごぉ!?」
そして、エルザの顔面も同時にぶん殴られて地に伏した。
何が起こったのか。
困惑しながら、殴り倒された体を起こしそちらに視線を向けると、そこには。
「友達同士で殺し合いするつもりですか貴女達は!」
我々を殴りつけた、イリス・ブルトゥスの姿がそこにあった。
聖女様を引き留めようとしがみ付く医療魔術師を振り払ってこちらに向かってきた、豪傑顔負けの姿がそこにあった。
「イリス! 良かった無事だった……」
「無事じゃありませんよ! 立ってるのもしんどいです! 貴女達が碌でも無い事し始めるから駆けつけて来ただけです!」
「私の復讐を、私の家族の復讐を、止めようって言うの? そんな権利は、たとえ聖女様だってありはしない!」
「復讐を止めろなんて言うつもりはありませんよ、エルザの復讐はエルザだけの物です、やめろなんて言いません」
「え? じゃあなんで殴ったのお前?」
イリスの言っている意味がよく分からなかった。
思いっきり止めてるじゃないかコイツ。
「私はただ気に食わないエルザを殴りに来ただけです、貴女が背負うべき罪を貴女の大事な人に擦り付ける、その行為が気に食わないんですよ!」
「擦り付けるつもりなんて無い!」
エルザは立ち上がりイリスへと反撃を試みる。
獣人の、人の数割増しの筋肉と質量が細いイリスへと襲い掛かる!
が、その拳を顔面に受けてなお、イリスは微動だにしなかった。
「なら他人を殺す理由に自分の家族を使うな! その復讐は、貴女だけの物だ!」
そして、再びエルザの顔面がはじけた。
ドワーフすらもノックダウンさせる拳が、エルザの顔面を襲う!
「うわ、モロに入った……」
その一撃でエルザは完全に沈黙し倒れ伏した。
私はただ、見ているだけしかできなかった。
「じゃ、私は治療に戻るんで、後はお願いします」
「あっはい……」
それだけ言うとイリスは医療魔術師達に怒られながら、廃墟に作られた即席の治療施設へと戻っていった。
本当にただ、エルザを殴るだけ殴って戻ってしまった。
なんとなく、4年前に締結されたという和平合意の顛末が見えた気がする。
あんな風に気に食わない奴を殴り続けていたら、争いに辟易していた者達が外野から担ぎ上げ、そして気が付いたら何か勝手に和平が結ばれていたのだろう。
そりゃ自分じゃ何もしてない、なんて言葉が出るはずだ。
そんなイリスを見送りつつ、私は倒れるエルザに駆け寄った。
背中から砂に倒れ天を仰ぐエルザは、鼻から血を流しながらもきちんと意識を保っていた。
ただ、もう立ち上がる気力が無い、そんな様子だ。
「だ、大丈夫かエルザ……」
「何……? 止めを刺しに来たの? それとも同情しに?」
「……」
なんだか、似たようなセリフを昔、私も誰かに向かって言ったような気がする。
「まぁどっちでもいいよ、ウチ、どうしていいか分かんないんだよ、復讐だけをここまで支えにしてたのに、それが正しいって信じてたのに、そのために友達も何もかも捨てようとしてたのに、それは違うって言われて、自分でもそうかもって思っちゃって、そうしたらもう足が動かないんだよ……」
エルザは燃え尽きたように、自棄気味に、どこか脈絡がずれながら、ただ心の丈を語っていた。
嘘偽りのない、本音から生まれた言葉を語っていた。
いつかの私と同じような言葉を。
私とは違う尺度から。
どう言葉をかけていいか分からなかった。
いつだって自分の意思で他者を殺していた私と、他人のために人を殺そうとしたエルザとでは、考えの根幹がまるで違っていた。
だから、エルザにはなんと言葉をかければ良いのかなんて、私一人でいくら考えても答えは出ないだろう。
本人に聞くしかない。
私は少し悩んで、そして意を決して、口を開いた。
「あのさ、エルザに言われてからずっと気になってたんだけど、同情と友情って、どう違うんだろうな」
「……え? 急に何?」
「結局のところ、相手を助けたいって手を差し伸べることに違いはないと思うんだよ」
「……」
「まあだから何が言いたいかっていうと、受け手次第で友情を同情と呼ぶこともできるし、同情を友情と呼ぶことだってできる、だからエルザはどうなのか教えてくれって事だ」
「どうなのって、何を……」
他人のために人を殺せるエルザなら、きっとこの質問が一番効くはずだ。
「私がエルザに今抱く、それでも何とかしてあげたいって感情は、どっちなんだろうな」
「……ッ」
「神器を使わなくてもエルザが納得できる結末を、私も一緒に考えたいって思いは、エルザにとっては同情なの? それとも」
「やめて!」
私の言葉を遮ってエルザは叫び、立ち上がった。
「それ以上、それ以上その先は言わないで」
「……」
「その先は自分で考えて、自分の言葉で言うから」
「そっか」
立ち上がったエルザは神器の方を向いてじっと考え始めた。
そして神器によって滅ぼされたエルザの故郷の方角をじっと見つめ……
「うん、あんな物に頼るのは、やめる」
もう大丈夫そうだ。
彼女は王子とは違って、まだやり直せる。
悪魔ピシウスに唆され狂ってしまった心は、きちんと人間へ戻っていた。
「ごめんニーナ、今更こんなこと言うのは虫がいいとは思うけど私と、今度こそちゃんと……」
私は、張りつめた緊張の糸がようやく撓んで気が抜けた。
伸ばした手はちゃんと届いた、アムレードの時の後悔を無駄にはしなかった、と。
そんな風に安心した。
だが、その瞬間。
「嘘っ!?」
「え?」
エルザの正面、つまり私の後方から、私の死角となる位置から。
神器が、沈黙していたはずのダンケルドの燭台が、再び青い炎を噴き出しエルザへと向かって飛んできた。
持ち主のいないはずの神器がひとりでに動いてエルザへと襲い掛かっていたのだ!
「な、何で!?」
背中の聖剣の鯉口を慌てて切るが、それよりも先に神器がエルザの体へと取り付いてしまった。
よく見ると斬り落とされたロン毛王子の右手がひとりでに動いて神器を掴んでいる。
何がどうなってそうなった。
少し考えそしてすぐ結論に至る、そうだアイツだ。
まだ斬らなきゃならない敵が残っていた、悪魔ピシウスだ!
神器を掴むロン毛王子の右手の切り口から赤い鱗の蛇が顔を出し、エルザの左腕に巻き付いて取り憑いていたのだ!
「ひひひっ、こっちの体で会うのは初めましてだなぁニーナ・ラナトゥス様よ」
「てめぇ……」
「おいおい魔王軍幹部様の癖に何を、怒っ」
私は悪魔の言葉を無視し懐のダガーを抜き放ち振り抜いた。
1秒でも早くエルザから、そいつを切り離すために。
エルザの左腕を斬り落とした!
「おぉ、怖い怖い」
鮮血が舞い砂上に撒き散らされ、神器とエルザは切り離された。
エルザの体を抱き寄せ神器と悪魔から急いで離し、聖剣を神器に突き付け距離を取る。
安全は確保した、エルザの乗っ取りはどうにか阻止した。
だが、悪魔は余裕ありげに笑みを浮かべながらこちらを眺めていた。
「ひひひっ、さすがに体全部は奪えねぇか」
「てめぇ、よくも、私に友達を斬らせたな!」
「なんだよ、さっきは斬ろうとしてたじゃねえか」
「そ、それは、その、違くて……」
「まぁいい、ストックはまだある、左手だけもらえりゃ十分だ」
「あ? お前、何を」
「余り物はくれてやる、あばよ!」
そう言ってピシウスは私を無視し、神器と王子の右手、そしてエルザの左手を抱えながら飛んで行った。
追いかけるべきか、それとも……
「ニーナ、お願い、行って! またあの王子に渡ったらどうなるか!」
悩む私に、エルザが叫び、そしてハッとする。
そうだ逃げた悪魔がストックと呼んだのは、おそらく神器を使用可能な者達の事だ。
そのストックたる王子は今、貴族達に護送されて首都へと向かっている。
奴らの合流だけは阻止しないとダメだ!
フレズのおっさん達がこの廃墟を後にしてからそう時間は経っていない。
どのように移動したのかは知らないが、まだ私の足でも追いつける距離のはずだ。
私はエルザをその場に残し、すぐさま悪魔の飛び去った方角へと走り出した。
……すると。
走り始めて1分もしないうちに、黒い煙が空に向かって立ち上る光景が見えて来た。
嫌な予感がして、それでもそんなはずは無いと不安を押し殺し走り続ける。
「……嘘だろ」
黒煙の根元にはすぐにたどり着いた。
そこには、地面へと墜落する鉄の騎竜。
倒れ呻く身なりのいい貴族達。
空に浮き下卑た笑みを浮かべる赤い蛇。
そして……
「フレズのおっさん……」
その貴族達を踏みにじる、ドワーフの頭領の姿がそこにあった。
いや正確には、ドワーフの頭領とロン毛王子が肉団子のように混ざり合って、魔物のような姿と化した悍ましい化け物がそこにいた。
あぁそういえばそうであった。
神器を使用可能な家は3つであった。
ロン毛王子とエルザと、そしてフレズのおっさんの3つの家の者。
ピシウスは前者二人に手を出していたのに、後者には手を付けないなんて、そんなわけが無かったのだ。
フレズのおっさんもピシウスの毒牙にかかっていたのだ、
城で襲ってきた大量の人形も、そうであったなら理解できる。
しかし、だからって、こんな死に方はあんまりだ。
「ひひひっ、どうだすげぇだろ! この体に神器が加われば、そんじょそこらの奴らにはまず負けねえ!」
「ピシウス、ピシウスぅうう!!」
「でもよ、まだ足りねえんだ、この程度じゃまだ肉が足りねえ! だからお前に構ってる暇はねえんだ」
「逃がすと思うか!」
私はせせら嗤いながら逃げようと空に浮かぶ蛇に向かって聖剣を振り下ろした。
鉄を竜を山をも切り裂く斬撃が、蛇へと向かって行く、が、しかし。
「ひひひっ、お前、これは斬れねえんだよな? 知ってるぜ? 見てたぜ?」
「……ッ!」
その斬撃は青く光る神器によって防がれた。
頭領と王子が混ざった化け物が、その神器を振るい斬撃を止めた。
「こいつが完成したらお前とも遊んでやるよ! ひゃーっははは!!」
そして青い炎の翼を広げ、化け物と蛇は空へと飛び立ってしまった。
夕日が地平線へと差し掛かり星が見え始めた空を、青い火の鳥が飛んで行く。
そいつが向かう方角は。
「あいつ、肉が足りないって、まさか……」
数時間前に私達が駆け抜けた城塞都市。
首都ハストルドに、神器によって作られた火の鳥が、殺意を持って向かっていたのであった。




