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11話「消えよ束の間の燭火」前編


 昼間の酷暑が嘘のように肌寒くなりはじめた宵の口。

 満天の星空に一際大きな満月が輝く夜の下、首都ハストルドは大火に襲われていた。


 立ち並ぶ石造りの建物は延焼によって広がる炎で炙られ赤熱し、足元に積もる砂は熱を帯びて囲炉裏の灰が如く逃げ惑う民の足を焼き、市街を流れる人工の河は炎から逃れようと飛び込む人間達を煮殺す熱湯となっていた。

 都市の住人達は、かつて私達に敵意を向けていた者も、かつて私達に情報をくれた者達も、老若男女の区別なく焼かれ煮られ炙られ燻され神器の炎に巻かれていた。


 治療を終えたイリスやエルザ、ピシウスの襲撃を免れた貴族達と共に首都へと向かった私達の目にまず飛び込んできた光景は、そんな地獄のような有様であった。 


「ち、違う……」

「エルザ?」

「こんなの、こんな風に、してしまうつもりじゃ……」

「うん、大丈夫、わかってる」


 その光景を見たエルザが呼吸を乱し膝をついた。

 かつての自分が行うかもしれなかった光景を目の前に見せられたから、というだけでなく、きっと同じように火に焼かれた故郷を思い出したからだろう。


「一番悪ぃのはあの糞蛇だ、ピシウスだ」


 復讐に囚われていたその少女の目にはもう、炎は灯っていなかった。

 この地獄のような惨状の中で、それだけが唯一の救いであった。


「それじゃあエルザは私達と一緒に生存者の救出に回りましょう、幸いにも街全てが焼ける程の炎じゃありません、一人でも多く命を救いましょう」

「うん」

「なのでニーナ、そっちの仕事はお願いします」

「お願いニーナ、もうこんなのは、これきりにして……」

「おう、任せろ」


 もはや後顧に憂いは無かった。


 私は友に後の事を託し、市街に次々広がっていく炎の出処、城塞都市の北部へと向け走り出す。

 開け放たれた城門、焼け焦げた屍鬼達が蠢くかつて商人達で賑わっていた中心部、物言わぬ焼死体だけが佇む炭と灰だけの都市北部、そして役目を果たせなかった巨大人形が無残に溶け崩れる領主の居城へと続く橋。

 高熱の煙と炎でとても人の生存できる環境ではなくなったかつての首都を、イリスから新たに受け取ったネズミを懐に忍ばせながら駆け抜けた。


 そして、辿りついた熱でぐつぐつと泡立つ貯水池の中央。

 水源を守るように建てられたハザーク城のその城門。


「ひひひっ、よぉ、なんだもう来たのかよ」


 奴がいた。


「もうちょい感慨に浸らせてくれよ、せっかく俺様の完璧な体が完成したってのによぉ」


 高さおよそ2m、二足二腕一頭で、ロン毛王子とよく似た優男の顔の悪魔がそこに居た。

 見た目は普通の人間と遜色なかったが……

 

「でもま、ちょうどこの体の慣らしもしたかった所ではあるから、一応歓迎はしてやるぜ、っと」


 その悪魔が城門より飛び降り着地すると、とても人間一人分とは思えない重量が着地し橋を揺らした。

 揺れからの概算でおよそ600㎏といった所か。

 いったいどれほどの人間を喰らってその身に吸収したのだろうか。


「……」

「なんだよさっきから無視ばっかり? 俺様悲しいぜ?」

「これ以上くせぇ口開くんじゃねぇ、死ね」

「だっははは! ひでぇ嫌われようだ! 俺様何かやっちゃいましたぁ!?」


 敵の言葉を無視し、聖剣の鯉口を斬る。

 向こうも応えるように己の腹から神器を引きずり出す。


「でもよぉこっちの言い分も聞いてくれよ? 俺様はみんなの願いを叶えただけだぜ? ちゃんと全部を折衷した上でな!」

「てめぇの言い分なんざ聞いてねえってんだよボケ!」


 憎たらしい悪魔へ向け、私は抜き放った聖剣を振り下ろした。

 燃え盛る城門も、赤熱する本丸も、その悪魔の後方に聳える全てが両断される。

 だが、やはり、その刀身は大きな衝撃と共に青く輝く燭台に容易く防がれた。


「……!」

「ひひひっ、どうだ、あの坊やの時より強ぇだろ? 俺様は!」


 前回と同じように神器と神器が迫り合い衝撃を放った。

 そして、同じように鍔と鍔が迫り合い拮抗する……はずだった。


「軽ぃなぁ! 元魔王軍幹部!」

「うぉお!?」


 だが、今回はロン毛王子に防がれた時とは訳が違った。

 前回は人間同士の剣の鍔迫り合いだった。

 今回は、人間と悪魔の鍔迫り合いなのだ。


 自分の10倍以上のフィジカル奴が、自分と同じレベルの神器を用いているのである!


「おいおいこの程度で終わってくれんなよ? この体のすげえ所は、まだこれからだ!」


 そしてさらに、あの王子と同じ、いや、それ以上に洗練された剣技が悪魔より炎を纏って放たれた。

 フォムダッハからシュランクフートへ。

 私の母との稽古を思い出すほどの、とても綺麗で効率的な、完成された剣技を!


「嘘だろ、おい……」

「どうした、何を驚く? まさか研鑽しているのがラナトゥス家だけだとでも思ったか?」


 困惑する私にさらに追撃の炎剣が襲い掛かる。


「この王子様の家もそうなんだよ、あのドワーフの家もそうなんだよ! あの獣人の家もそうなんだよ! 戦争だらけのこの国で、ひたすら戦うための技術を積み上げて来たんだ!」


 10倍近い体重差、そして炎。

 軽々に受けるわけにもいかず、後ろに下がりつつ避けるしかなかった。


「それを丸ごと頂いた今の俺様は、もはやお前なんか敵じゃねえのさ」


 そして軽く剣筋を見ただけで分かった。

 剣の腕では今の私とそう変わらない。


 技術でも、体格でも、道具でも、何一つ私に有利な点は無かった。

 この戦いはまるで、ゴブリンとオーガの喧嘩だ!

 単純な戦力差ではとても勝算が見込めない!


「そして、俺にはこの炎がある」


 剣の打ち合い以外でどうにか勝機を見出そうと距離を取った私に、今度は神器から放たれる青い炎が襲い掛かった。

 聖剣を振るい炎の直撃を斬り払うが高熱により上昇した温度変化までは防げず、ネズミが抗しきれない熱が顔の一部をかすめて焼けただれさせる。


 それでも構うものか、とにかく考える時間を、とにかく距離を。

 そう思いさらに後ろに下がった私に、何か固い物がぶつかった。


 砕けた橋の欠片であった。

 私の後方に巨大人形によって砕かれた大穴がそこにあった。

 もう後ろには逃げられない!


「そして、俺にはこの体がある」


 追い詰められた私に、私より頭一つ高い体格から、10倍近い重い剣が放たれた!

 どうにか聖剣で受けその剣閃を外へと流すが、衝撃で足元が崩れ始める。


 橋の下ではぐつぐつと沸騰する貯水池の水面が、まるで手招きする地獄の亡者のように泡立っていた。

 このままでは、あの神器に斬られて死ぬか、池に落ちて死ぬかの二択だ。


「どうだこれが俺様だ! 俺こそ最も神器を上手く扱う魔族だ! 魔王軍幹部さえも圧倒する、次代の魔王だ!」

「さっきから聞いてりゃ、お前のそれ、全部人からの貰いモンじゃねえか!」

「な……いや、まだだ! さらに、俺様にはこの素晴らしい頭脳がある!」


 コイツの頭脳がどう素晴らしいのかは皆目見当もつかないが。

 絶体絶命な危機であることには変わりなかった。


 今の私の剣は、コイツのは届かない。

 かといって別な手で倒す方法も思いつかない。


「ひ、ひひひっ、まあいい、このままお前も喰らってやる、この体にその聖剣も加わわりゃ鬼に金棒だ!」


 いよいよ悪魔が剣を振り上げた。

 青く光る炎を携え、剣へと姿へと変えた燭台が青い軌跡と共に振り下ろされる。


 久しく見る自分と同格の剣、そして自分より重い剣。

 今まさに私の命を奪おうとするその剣は、その瞬間、ひどくゆっくりに見えた。

 同時に、何故だか昔の記憶を思い出す。


 これまでの人生で、自分より格上だと認めてしまった剣は、たったの二度。

 ドワーフのおっさんに見せつけられた剣、そして幼い頃の朧げな父の剣。 

 

 死の直前に呼び起された、走馬灯のようなその記憶。

 今私に向かって迫る剣とは、全然違っていた。


 こっちは同格。

 あっちは格上。

 一体何が違うんだ。


 凝縮された時間の中で、炎も悪魔も何もかも消え去り、真っ白な空間の中、青い剣と疑問だけが頭に浮かんで、やがて。 

 無限のような一瞬の果てに答えは導き出された。


「そうか、やっとわかった」


 青く輝く剣閃が私の体を袈裟に斬った。

 同時に、それを防ぐように切り上げられた白い剣閃が夜空に向かって輝く。

 青い炎の衝撃が橋を揺らし、交差する白い聖剣の斬撃は一切の音もなく空を斬る。


「ひひひっ、これで俺は、……あれ?」

「達人の剣ってのは、線ではなく点なんだ」


 そして大きく揺れる橋の上。

 優男の手の中の神器、青く輝くダンケルドの燭台だけが、音一つなく二つに切り裂かれた。 

 雲をも裂く衝撃を、山をも崩す斬撃を、一点に集約したその斬撃はこの世の物ならざる神器を両断したのだ!


「な、なんで……! なんでだよ! 斬れねえはずじゃねえのかよ!?」

「だから線じゃなくて点なんだって、xもyもzも全部点! 常識通りに斬ったらダメなんだよ!」

「意味わかんねえこと言ってんじゃねえ!」


 最大の武器を失い狂乱した悪魔は、それでも半分になった神器で最後の抵抗を試みる。

 

「なら、もう一回だ」


 振り下ろされる此方の十倍以上の質量と炎。

 力任せに叩きつけられるそれを、私は一点の技にて迎えうった。

 ラナトゥスの秘伝書にも載ってない名も知らぬその剣で。


「俺様が、神器で、こんだけ準備して、負けるわけがぁああ!!!」

「散々やられた分、利子付けて返してやるよ」


 悪魔の絶叫を切り裂くように、白刃が一刀閃いた。

 音も衝撃も発さぬその剣閃はただ軌跡だけを残し、そして。 


「ひ、ひひっ、あれ、何で、何でお前が、二人……に……」


 後には譫言と鮮血をまき散らしながら絶命する、無様な悪魔の姿だけが残された。

 このファルシスの国で最も神器に踊らされた、最も哀れな道化の死に様であった。


 夜空に大輪の円月が輝くハストルドの夜、二つに割れた影法師が伸びる先。

 多くの命を燃やした悪魔ピシウスはかくして誅殺と相成った。


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