8話 尾行デート
放課後。俺と春野は一年の下駄箱で待ち合わせをし、夏川の姿を見張る。
「流れで加担したが、あくまで犯罪にならない範囲でだぞ。家とか家族とかそういうものの特定はダメだ」
「分かってますって。あくまで学校最寄りの駅まで。その範囲で夏川先輩がどこに寄るのか、何を買うのか。それを知りたいだけです」
その程度では何も分からない気もするが。せいぜい甘いものが好きとか、意外と漫画が好きとか、その程度だろう。
あとはバイト先、とかか?飲食とか、家庭教師とか、あとはメイド喫茶とか。
そうか。隠れてメイドになってたら、クラスメイトに見つかってしまい…なんて展開ならあり得る。いやむしろその可能性しかないじゃないか。
そう考えると、夏川の派手目な髪色に日に焼けた肌、いかにもギャルといった服装にも納得がいく。そうか、あれは伏線だったのか。
俺が1人でに納得していると、春野が手招きしているのが見える。
「何やってんすか。見失っちゃいますよ」
「悪い」
俺は春野の視線を追い、少し先の夏川を視界に入れる。
「何か動きはあったか?」
「今のところは何も。引き続き後を追ってみるっす」
快諾姫を追い掛ける2つの影。電信柱、建物、看板、様々なものに隠れつつ尾行を続けていく。
「なあ、これ通報されたら何て言い訳するんだ?」
「しっ!あれ見てください!」
春野の指が指し示す先を見ると、夏川が喫茶店に入るところだった。
「こっちも行くっすよ」
そう言って同じ喫茶店に入る春野。俺も続けて入店する。
からんころんと鈴が鳴り、コーヒー豆の香りが鼻腔を擽る。
中には机の椅子が立ち並んでおり、カウンターらしき場所ではマスターが豆を焙煎しているとのろであった。
カフェというよりはまさに喫茶店といった店内を、俺達はそろりそろりと歩いていく。
そして夏川の後ろに陣取ることに成功したのだった。
「流石になんか変装した方がいいんじゃないか」
俺は小声で春野に問いかける。
「ご安心を。こんなこともあろうかと」
そう言って彼女はサングラスを2つ取り出してきた。
「そいうことじゃなくないか」
「でも、顔は隠れるっすよ」
「そうだけど…」
それよりも服をなんとかしないとかしないといけないんじゃないか?同じ高校の奴って一瞬でバレるだろ。
俺は渋々サングラスを受け取ると、何か頼もうとメニュー表を手に取る。
パフェにアイスにカフェらしいメニューがずらっと並んでおり、どれにしようか迷ってしまう。
苺パフェにラズベリージェラート、他にもたくさんあり過ぎて決めきれないな。どれも美味しそうだ。
そんな中、誇大表示されていた2つのメニューに目が留まる。当店一押しのフォントがでっかく張られ、『とちおとめづくしの苺ショート』と『ベルギー産チョコレートケーキ』の2つのケーキの文字と写真が描かれている。
これだ。
「春野は決まったか?」
「う~ん。ちょっと待って下さいっす」
メニュー表を睨みながら答える春野。
「よし!決めたっす」
「了解」
俺は席のボタンを押し、店員を呼ぶ。
「ご注文をお伺い致します」
「アイスコーヒーと、あとこのベルギー産のチョコレートケーキってやつと…」
俺は向かいに座っている少女の視線を送る。
「うちもアイスコーヒーと、とちおとめ尽くしの苺ショートを下さいっす」
なるほど、そっちを選ぶのか。中々センスがあるじゃないか。
「先輩はチョコの方にしたんすね」
「ああ。好きなんだよチョコ」
「分かります!うちも学校に持ってくるくらい好きっす!」
そう言って、春野は鞄からア〇ロチョコを取り出した。
「じゃあなんで苺の方にしたんだ?」
「昨日ドラマで見たんすよ。それで食べたくなっちゃって」
「あるよな」
俺も異世界転生もののアニメ見たら、異世界に行きたくなるし。
「本当っすかぁ?先輩、ドラマなんて見ないじゃないすか」
「まあそうだが」
「そんなんじゃ、女の子と上手く話せないっすよ」
にまにまとにやけながら揶揄う春野。なんだか楽しそうだな、こいつ。
「そんな女子とはこっちから願い下げだ」
「ドラマ見てない女子なんていないっすよ。流行りの俳優に、流行りのアイドル。全部把握しておかないと。ウチのおすすめ教えてあげましょうか」
「結構だ」
「そんなこと言って、後からお願いしてきても教えないっすからね」
春野はそっぽを向いて、いつ間にか届いていたコーヒーグラスを啜り始める。
なんで好きでもないものを見なければならないのか。面白くもないドラマを見て、興味もない俳優を覚えて。そこまでしないと彼女が作れないなら、俺は一生独身でいい。
…いや一生は嫌だな。まあいつかはできるだろ。割と顔は整ってる方だし、前の定期テストだって総合30位以内には入ってるし、後は…偶に世界平和について考えてるし。
それから春野と軽い雑談を交わした後、目当てのケーキが運ばれてきた。
謳い文句通り苺がふんだんに盛り込まれケーキの表面は薄紅色のベールで覆われている。一方俺の目の前には黒曜石のような艶のあるチョコレートに包まれたケーキが置かれる。
「「頂きます」」
ナイフで一口サイズに切り取り、口に運ぶ。瞬間ほろ苦いカカオの香りが口一杯に広がり、その後に濃密な甘さがゆっくりと溶けていった。苦味と甘みが絶妙な均衡を保ち、濃厚なのに後味は驚くほど軽い。気付けば2口、3口とフォークが止まらなくなっていた。
「…美味しい」
「ほんとうですね」
至福と言わんばかりに呟く2人。その後も黙々と手を動かしていく。
どんどんと食べ進め残り3分の1ほどになった頃、俺は正面からの視線に気付く。『美味しそう』そう瞳に書きながら、羨ましそうに眺める春野。
「少し食べるか?」
「いいんすか!?」
目を輝かせながら身を乗り出してくる。俺はケーキを軽く切り分けると、春野の皿に差し出した。しかし彼女の視線はどことなく暗い。
「…ねだっておいて申し訳ないんすけど、ウチ以外と潔癖症で」
「…そうか」
伸ばした手を引っ込め自身の口に切れ端を放り込む。
そうか。分ける時は口を付けた食器は使っちゃいけないのか。これでリア充に一つ近づいた。必要な経験だったんだ。だから、別に、ショックとか…ないし。
俺は零れそうになる雫を零さないよう上を向きながら、新しいフォークを取り出す。そして、もう一度ケーキを切り取り春野の皿へと乗せた。
「あ、ありがとうございますっす!すごい美味しそうっすね!嬉しい~!!」
過剰に喜ぶ春野。くそ。高校では黒歴史作らないって誓ったのに。この1か月で2つもできるとは。なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ。あれか?今年の初詣行かなかったからか?
きっとお通夜のような雰囲気とはこのことを言うのだろう。その後2人は会話もすることなく、目の前のデザートを淡々と処理し店を出る。
そしてその後も夏川の後を追うも彼女はどこにも寄り道することはなく、駅の構内へと入っていったのだった。
「すみませんっす」
しょぼくれた様子で謝る春野。
「何がだ」
「ケーキせっかく分けてもらったのに」
「あ~」
まあショックといえばショックだが、トラウマレベルではない。せいぜい帰ってベッドで呻くレベル。男子高校生たるもの、この程度の傷など慣れっこだ。
それに潔癖症なのだったらしょうがない。間接キスなんて気にならない人間もいれば、そうでない人間もいる。何に嫌悪感を示すかなんて人それぞれだ。だから、
「別に気にするようなことじゃない」
「でも…」
「悪気があったわけじゃないんだろ。なら謝るようなことじゃないさ。俺も言われるまで忘れてたくらいだし」
そう嘯くと、俺は腕を伸ばし大きく伸びをする。ちょっとカッコつけっぽかったか?
「…そう、っすね」
顔を赤らめ俯きがちに呟く少女。その声色はどこか嬉しそうで、まるで春風のような柔らかさを帯びていた。
「やっぱり良いとこもあるっすよね。先輩」
その良い方だとほとんどが悪性だが、ごく稀に良い一面もある風に聞こえるのだが。
「気を遣ってくれたことは嬉しかったすよ。ありがとうございます、四季先輩」
無邪気な笑顔を携え、爽やかに言ってみせる。その姿に俺は少しだけ鼓動がが辞めるのを感じ、話題を切り替えようと咳払いを挟んだ。
「こほん。それで、何か分かったのか」
「何がっすか」
「夏川のことだよ」
「え」
今思い出した。そんな表情を浮かべている。
「取材のために入ったんだろ?」
「あ、そう。そうっすよ。いや~色んなことが分かったな~」
春野は目を泳がしながら、上擦った声で呟いた。まさかこいつ。自分が入りたかっただけじゃないだろうな。
夏川がよく行くというのを聞きつけ、自分の行きたくなっただけ…とか。
「じゃあ何が分かったんだ?」
俺は訝しげな視線を送りながら、問い掛ける。
「え~と、甘い物が好きなこととか、コーヒーはカフェオレ派なこととか」
「他には」
「他には…」
腕を組み考え込む春野。これは確定だな。
「ケーキを食べるために、このお店に入っただろ」
「ぴゅ、ぴゅ~」
唇を尖らせ、慣れない口笛を吹き始める少女。こんなテンプレな誤魔化し方初めて見たな。
「取材にかこつけず、普通に行けば良かっただろ」
「だって…一人じゃ気まずいっすもん」
もじもじと指をこねくり回す春野。
意外と繊細な部分があるんだなこいつ。てっきり取材のためなら男子更衣室にも入っていくタイプかと思ってたが。
まあ一人〇〇が流行っている今の時代さほど気にする必要も無い気がするが、何に意識を向けるかは人それぞれだ。それにちらっと見た感じ、さっきのカフェがカップルばっかりだった。取材対象の夏川はそれほど気にする様子はなかったが、人によっては少し気まずいだろう。
「別にそれくらい普通に言ってくれればいつでも付き合うぞ」
特に予定が詰まってるわけでもないしな。というか一切ないまである。
春野は一瞬言葉を失い、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。やがて照れたように唇を結ぶと、いつもの揶揄うような笑顔を携えながら口を開く。
「先輩、友達いないっすもんね」
「うるさいな。だいたい、友達とか恋人とかそういう誰かと繋がることが正しいみたいな風潮が間違ってるんだ。喜びも悲しみも結局は自分の中のもの。人間は本質的に孤独なんだ。それを誤魔化すことなく受け入れてているぼっちこそあるべき姿で…」
「先輩。そんなんだから友達できないんすよ」
呆れたように呟く春野。まったくもって余計なお世話だ。
下のポイント評価欄【☆☆☆☆☆】から、1人10ポイントまで応援することができます!(★1つで2ポイント、★★★★★で10ポイント!)
この『10ポイント』は本当に大きいです!
執筆する上で大変励みになります!
少しでも、「面白い!」
と思ってくださった方は、この下にあるポイント評価欄を【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にして、『ポイント評価』をお願い致します!
あと、ブックマークや感想も頂けると嬉しいです!
よろしくお願い致します!




