9話 作戦会議
ベッドに寝転がり、スマホ俺はをいじりながらほくそ笑む。別に見ていた動画の内容が面白かったわけじゃない。というか別に笑ってないし。
誰に言うでもなく、そんな言い訳を頭の中に並べる。だが、四季の口角はどう見ても上がっていた。
確かに春野は可愛い。校内でもトップ10に入るだろう。まあ校内の女子なんて10人も知らないが。
しかし俺も高校生だ。別に連絡先を交換したくらいで、そんなにやけるわけがないじゃないか。
そう心の中で呟くも、やはり頬は緩んでしまう。漫画を読んでいる時、アニメを見ている時、気付けば視線はちらちらとスマホに向かっていってしまう。
実はあの尾行という名のお茶後、春野からバイト代として2千円と、ついでにすぐに連絡できるようにと連絡先を交換しようと申し出があったのだ。
それだけ。たったそれだけのこと。落ち着け。大人はこんなことで取り乱したりしない。告白されたわけでもあるまいし。
俺は雑念を追い出そうと頭を振る。その瞬間、ぴこん、と通知音が鳴った。反射的にスマホへ目を向ける。
届いたメッセージには、こう書かれていた。『明日の昼休み、新聞部の部室の来てくださいっす』
なんてことのないメール。しかしそれでもやはり彼の頬は緩んでいたのだった。
♢
「それで何の用事だ?」
「作戦会議をやろうと思ってですね」
「作戦会議?」
春野は親指を立ててグッドサインを作ると、どこから持ってきたのか、ホワイトボードを俺の前へ運んできた。そしてサインペンを走らせる。『快諾姫の秘密を探れ!』ホワイトボードいっぱいに、そんな文字が躍った。
「では、快諾姫こと夏川先輩の攻略会議を始めたいと思うっす」
「どういうことだ?」
俺の疑問にやれやれといった様子で肩をすくめる春野。
「いいっすか。取材というのはただ聞き込みをしたり、尾行したりすればいいってわけじゃないんす」
「春野はホワイトボードを指先で軽く叩いた。
「情報を集め、整理し、推論を立て、実証する。そういう頭脳労働も必要となってくるんです」
「なるほど」
確かに情報を集めるだけじゃ記事はできない。要不要を分け、そこから組み立て真実を生み出す。そういう作業も確かにいるのだろう。
だけど、快諾姫の情報といったって甘い物とコーヒーが好きなことくらいしか集まってないよな。
「整理するような情報があるのか?」
「ないっす」
春野は自身満々に言い切る。何のために集まったんだいったい。
「だけど、疑問点を整理することはできるはずっす」
「疑問点?」
「そうっす」
胸を張りながらそう答えると、春野はホワイトボードに何やら書き始める。
「まず、快諾姫に関する疑問点とはなんなのか」
書き終えると、春野はボードを軽く叩きこちらへ視線を向ける。
さっきから何か既視感があると思ったら、東〇ハイスクールだ。ボードにすらすらと文字を書き、こちらに視線を向けつつ声を張り上げる。
「なんで告白を全て受け入れるのかってことじゃないか?」
「その通りっす!」
春野が勢いよく頷く。
「でも、それだけじゃないっす」
「と言うと」
「なんで先輩が振られたのかということです」
ひくっと顔がひきつるのを感じる。
「それはいいんじゃないか」
「ダメっす」
真っすぐこちらを見据える春野。その瞳には揶揄いの意は感じられない。
振られただけでもキツイのに、なぜその傷をほじくり返さなければならないんだ。理由といったって、どうせタイプじゃなかったとかそんな感じだろ。なんでそんな残酷な真実をわざわざ言われなければならないのか。
「気乗りしない気持ちは分かるっす」
気乗りしないというか単純に嫌なんだが。
「でも、これはちゃんと調べないといけないことなんです」
「…理由を聞かせてくれ」
春野は少し考え込むように視線を逸らした。
「そうっすねぇ……」
やがて、何かを思いついたように顔を上げる。
「例えば虐めをする人間をどう思います?」
「どうって。最低だとしか」
「じゃあ虐めを見てる人は?」
「…」
「加担するでもなく、助けるでもなく、ただ見ているだけの人はどう思いますか?」
「あくまで俺の感想にはなるが…そういう奴等は嫌いだな」
「どうしてっすか?」
「どうしてって」
「加担してないなら、別に罪はないじゃないですか。どうしてそう思うんですか?」
…確かにそういう考えもあるのだろう。身を挺して庇ったって今度は自分がターゲットになるかもしれない。あるいは庇ったその人から攻撃されるかもしれない。だったら自分に被害が来ないよう静観に徹する。それは決して間違った選択とは言い切れない。
自分より他人を優先すべきなんてのはただの理想論だ。一番大切なのはいつだって自分だし、それが普通。だけど…
「それでもバレないよう教師に密告するとか、通報するとか、親に言うとかでもいい。何かはできるはずだ。自分が傷つかない範囲でも、何かできることがあるはずなんだ」
アフリカで疫病が流行った時とか、日本のどこかで災害が起きた時とか、あるいは隣の高校で何かが起こったとしても、手を差し出すべきなんて言わないし俺もそこまでお人良しじゃない。でも、せめて俺が見ている範囲で起こったことからは目を逸らしたくない。何も為せなかったとしても、それでも何かはしないといけないんだ。そこで知らんぷりをしているような自分には、なりたくないから。
春野は何も言わずただじっと俺を見つめていた。やがて、その口元がふっと緩む。
「やっぱり先輩は優しいっすね」
そう言って柔らかに微笑む春野。その表情からは喜びと安堵、そして僅かばかりの罪悪感が伺い知れた。
「すみません。こんな質問をしてしまって」
「それは別に良いけど、何の意味があったんだ?」
「これは先輩の本心を知る質問っす」
「本心?」
性格クイズとか、心理テストとかそういう類のものだろうか。
「好きなもので性格が分かるってよく言うじゃないですか」
「まあよく聞くな」
何だろう。今ル〇ィっぽい誰かが浮かんだような。
「でもそれは表面的なものだと思うんす。本性という言い方はあんまり好きじゃないっすけど、人の隠れた性格って嫌いなもので現れる気がするんです」
真剣な表情で持論を展開する春野。
人の嗜好は過去の経験によってもたらされるらしい。好きになる理由が過去の嬉しい記憶に由来するのなら、嫌いになる理由はきっと過去の嫌な記憶やトラウマによって形成されるのだろう。
そう考えると、彼女の持論は結構的を射ているように思う。しかしそれが今回の件とどう繋がるんだ?
俺が怪訝そうに首を傾けると、春野はその疑問を見透かしたように回答を話し始める。
「快諾姫が思わず告白を断ってしまうほど嫌いなタイプ。そこにはきっと彼女のトラウマが埋まってる気がするんす。それが直接秘密を暴くことにはならないかもしれないけど、きっと彼女を理解する上で必要な工程な気がするんです」
視線を逸らさず言ってのける。その瞳からも、声音からも、彼女がどれほど真剣に快諾姫に向き合っているかが伝わってくる。
揶揄うために言ってるわけじゃなさそうだし、取材に必要なことならまあ仕方ない。そもそも俺はお手伝いの立場で主導権はあっち持ちだし。…心を殺して考えますか。
「分かったよ。考えてみるか」
「ありがとうございますっす!」
春野はぱあっと明るい笑顔を浮かべる。
「さて!じゃあ始めましょうか!」
ぱんと軽く手を叩き、春野は切り替えるようにホワイトボードに向き直る。そして、次々と写真を並べていった。
俺の写真があるところを見ると、おそらく告白が惨敗に終わった男達の一覧だろう。写真だけ並べられると、まるで何かの容疑者みたいだ。
少しだけ不快感を感じるが、でもちょっと刑事っぽくて楽しいな。
俺は僅かな高揚を覚えながら、並べられた写真を見比べた。
全部で5人。みんなどこにでもいるような顔だが、よく見ると確かに共通点がないわけじゃない。黒髪で、少しパーマがかってて、二重っぽくて、あとは少し吊り目っぽいだろうか。
「何か分かったすか?」
「流石にこれだけじゃ何とも言えないな」
「そうっすよねぇ…」
春野は分かりやすく肩を落とす。
「逆にお前は何か分かるか?」
彼女は五枚の写真を眺めながら、顎に手を当てる。
「そうっすねぇ。みんな黒髪で、パーマっぽくて、吊り目で…」
俺が感じたことと同じだな。
「後はちょっと陰キャっぽいとかっすかね」
「それはお前の主観だろ」
俺の指摘に小さく舌を出し答える春野。偶にあざといよなこいつ。
「案外タイプじゃないとか、そんな理由じゃないのか」
嫌いなもので本性が推し量れるというのは一理ある。しかし全部に深い理由があるわけでもないだろう。食感が気に入らないからトマトが嫌いとか、揺れると酔うから車が嫌いとか、何でもないようなことで嫌いになることだってある。
今回だってなんとなく気に要らないとか、そんな理由じゃないのか?
「でもそれだと逆にタイプが多すぎるってことになっちゃうんですよねぇ」
小さく呟く春野。今のぼそっと言う感じ、ちょっと刑事っぽかったな。
勝手にテンションが上がる俺を他所に、春野はさらに人物写真をボードに張っていく。茶髪パーマに、金髪ストレート、地味そうな奴から派手な遊び人といった感じの奴まで多種多様な人物が広がっていった。
「総勢34名。これが快諾姫に告白した人達です」
うち振られた人間が5人。つまり元彼が29人いるってことか。何というか、すごいな。1クラス分じゃないか。これまで俺が話した人の数より多いぞ。
というか34人ってうちの全男子の4分の1じゃないか。それだけの奴らがイケると思って告白したのか…何というかクズばっかりか、うちの学校は。
「チャラそうな人に、真面目そうな人、背の高い人に、低い人、見事にバラバラです」
「確かに」
「それに…」
とある写真を指さす。
「この人。告白は成功してますが髪色は違えど、パーマっぽくて、吊り目で、振られる人達と似てると思いませんか?」
「確かに」
言われてみればそんな気もする。
「好きなタイプは複数あるのに、嫌いなタイプは1つに収束している。何かあると考えた方が自然な気がするっす」
「確かに」
さっきから俺、確かにしか言ってない気がする。でもまあそう言うしかないほど、春野の意見には筋が通っていた。
俺は改めてホワイトボードに目を向ける。左側に振られた男達が張られ、右側に元カレ達が掲示されていた。
右側は顔の系統も体型もバラバラで傾向なんて無きに等しいが、言われた通り左側ではパターンが収束しているように思える。
だとするとタイプじゃないから振ったというよりは、嫌いなタイプだから振ったと考える方が自然だな。
「黒髪で、パーマっぽくて、吊り目。もしかしたらそいつと何かあったのかもな」
「うちもそう思うっす」
こうして2人の探偵は1つの結論に至ったのだった。
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