6話 前倒しの報酬
月曜日。俺はため息を吐きながら教室の扉を開ける。
はぁ。春野の書いた記事。不利益なことは書かないと言っていたものの、どうにも怪しい。捏造、はする奴じゃないと思うがそれこそ過去のポエム集でも載せてそうではある。とすると、きっとまたクラスメイト達の楽しいトークの種にされている可能性も十分にあるわけで。…帰ろうかなぁ。
そんな後ろ向きなことを考えながら中に入ると、広がっていたのは真逆の光景。
注目の的には違いないのだが、見る目がこの前とは違う。アイドルとか、マドンナとか、そういうものを見る目なのだ。
俺はその妙な空気に首を傾げながら、自分の席へと向かった。
…気のせいか?何だか目線が肯定的な気がする。どういうことなんだ。
いずれにせよ、本当に落ち着かない。いやまあ逆よりはいいのだが、注目されること自体苦手なんだ。
俺は逃げるように鞄から文庫本を取り出し、机の上へと広げた。といってもライトノベルだが。
さて、お楽しみの時間だ。そう思ったのも束の間2ページも繰らないうちに、クラスメイトに声を掛けられた。
「ねえ、あの記事の内容って本当?」
「記事?」
「ほら、あれ」
そう言って指さされたのは、教室後方にある掲示板。
いったい何が書かれているのやら。俺は怪訝な表情を浮かべながら、掲示板へと向かっていった。
校内新聞7月号。告白の真実。見出しにはそう書かれていた。
『どんな人間からの告白でも受け入れてしまう快諾姫。そんな彼女に告白した人間が先週も現れた。通常ならその時点でカップル成立なのだが、しかしその彼はなぜか断られてしまう。なぜ、そんなことになったのか。その真相は未だ見えない。そこで、今回はなぜ彼が告白するに至ったのか。その真相に迫ろうと思う。』
なんかゴシップ記事みたいな口調だな。いや、別に間違ってないか。内容は思いっきりゴシップ記事だもんな。取材対象が一般人なことを除けば。
取材された覚えもないし、告白の動機も話した覚えもない。春野は適当に考えておくみたいなことを言っていたが、いったいどんな捏造をされているのやら。転校先の高校について、考えた方がいいかもしれないな。
そんなことを思いつつ、俺は記事の先を目で追う。
『私はまず、当事者である彼のことを調べることにした。その彼(ここからは仮にピーター・パーカーとする)は小学、中学、通じて真面目でおとなしい生徒だったそうだ。それは高校に上がってからも変わらず、周囲からの評判も同じような評価になっている。』
正体ばれちゃってんじゃん。というかここは普通田中とか佐藤とかよく知られてる名前を使う場面じゃないのか。最近スパイダーマンの映画見ただけだろ、絶対。
『真面目だが、浮いた話は1つもない。そんな真面目な生徒。ここで私は1つの仮説を立てた。彼は誰でもいいから恋人がほしく、人寂しさから告白したのではないかと。しかしその仮説は大きく覆されることになる。』
失礼な。俺にだって浮いた話の1つや2つあったぞ。体育の授業で2人1組になった際には若い女教師の人と組んだことあるし、消しゴムを拾った際にクラスメイトの女子の手に触れたことだって1度や2度じゃない。
もう名前も顔も思い出せないが、きっと噂になってたに違いない。
『彼と同じ中学の男子生徒に取材したところ、なんと中学時代から快諾姫に恋をしていたというのだ。ということはつまり、長年恋焦がれていた人にやっと告白したことになる。
しかし、なぜ今さら告白したのか。そう問いかけると、その男子生徒は次のように答えた。』
こういう記事ってなぜか知り合いだの、業界関係者だのが出るよな。そしてそいつらが渦中の人間について訳知り顔で語る。
本人に取材にいったならともかく、よくわからない関係者の意見を正しいものといて扱うのはどうなんだ?だいたい、本当に関係者なのかそいつらは。訳知り顔で適当なことを言うだけなら、俺だってできるぞ。
だいたい、俺が中学の頃から快諾姫に恋していたなんて事実はない。
『ピーターはずっと辛かったんじゃないかな。好きな人が次々と告白されて、付き合って。僕だったら転校しちゃうよ。でも彼は必死に耐えて同じ学校に留まった。きっとそれくらい好きだったんだろうね。』
やめてくれその仮名。話が入ってこないって。
『私も、そしてこの発言を聞いた読者の諸君もきっとこう思ったことだろう。それならなぜ告白しなかったのか?その答えはきっと彼にしか分からない。単に勇気が足りなかったのか、機会がなかったのか。もしくは周りの男と同じだと思われたくなかったのか。
どのような思惑を抱えていたとしても、結果として彼は告白した。いったいどういう心境の変化があったのか。関係者は次のように語る。
前に彼と喋った時、快諾姫なんてあだ名が許せないって言ってたんだ。そりゃそうだよね。誰だって好きな人が悪く言われるのは嫌なはず。ましてや誰の告白でも受け入れるなんて噂、僕だったら絶対に許せないよ。きっと彼も同じようなことを思ったんじゃないかな。』
いったい誰なんだこいつは。この関係者というのが男か女かは知らないが、過去の数える程しかないログを振り返ってもこんな会話録の覚えがない。
どこかの誰かと間違えてるのか、春野の捏造か。おそらく後者だろう。記者がそんなことしていいのか?
俺の疑念をよそに、記事はいよいよまとめに入る。
『誰の告白でも迷うことなく了承するから快諾姫。このあだ名は決して良い意味で付けられものではないだろう。中には彼女を自分の利他的な目的に利用とする輩もいるかもしれない。
だからこそ彼は自分が付き合うことで、それらを払拭しようとしたのかもしれない。別れる可能性だって十分にあるはずなのに、自分だけは違うと、最後の恋人になるのだと勘違いして。
若くて、痛い勘違い。しかしそれこそ青春なのではないだろうか。彼がこの先、誰に恋するのかは分からない。だが、今度こそはその恋が上手くいくことを願いたい。』
…なんなんだこの記事は。夏川に恋していることにされ、悪い噂を拭うために告白したことにされ。あまつさえ次の恋を応援される始末。
次も何も恋なんてしてないし、してたとしても大きなお世話だ。なんで学園新聞で応援されなきゃいかんのだ。こういうのって賠償請求できるのか?いや、でも悪く書かれてたわけじゃない…か?うーん。
それでも文句の一つくらい言ってやる。そう決めて、春野に何と言ってやるべきか頭の中で言葉を並べていると――ぽん、と肩を叩かれた。
「?」
振り返った先にいたのはとある女生徒。どこか申し訳なさそうに眉を下げ、こちらを窺っている。
クラスメイト…だったよな?顔と名前が一致しないから、誰かまでは分からないが。
「…ごめんなさい」
意を決したように口を開き、謝罪の言葉を述べる彼女。そしてそのまま深々と頭を下げる。
「俺も…悪かった」
「私もごめんなさい」
彼女を皮切りに、周囲にいたクラスメイトたちが次々と謝罪の言葉を口にし始めた。予想外の光景に、俺は思わず固まってしまう。
何だ?何を謝ってるんだ?
訳が分からず混乱していると、人の輪の向こうから髪を後ろに束ねいかにもスポーツ少女といった様子の少女が歩いてきた。
確か夏川の隣にいた―
「あたしも、ごめん」
少女は俺の前で足を止めると、ばつが悪そうに視線を落としつつ呟く。
「ちゃんと空が好きで告白してくれたんだね」
その柔らかな声色からは罪悪感と共に少しだけ嬉しそうな感情が滲んでいた。
「誰でも頷いちゃうから、だから告白したんだって思ってて…でも、違って。だから、」
彼女は身体を折り曲げ頭を下げる。
「本当にごめん!」
「ちょ、頭を上げてくれ」
誠心誠意の謝罪。あまりにも真っ直ぐな謝罪に、俺は慌てて声を掛ける。
「別に気にしてないから。大丈夫だから」
何がなんだか分からなかったが、今の台詞でようやく理解できた。
きっと目の前の少女も、クラスメイト達も、謝罪してきたのは同じ理由。誰の告白でも受け入れてしまう性質を利用しようと告白したのではなく、単に好きだったから告白したのだと記事から判断したのだろう。だからこそ今までの態度に罪悪感を覚えた。
記事の内容は嘘だし、別に危害を加えられたわけでもないから謝る必要はないのだが。まあ、俺の名誉が回復されるのは正直悪い気分じゃない。
そう、あれだ。記事はでたらめだと言ったとて信じてもらえないかもしれないし。だからここは流れに乗っておくべきだろう。あくまで仕方なくだ、仕方なく。俺が嘘をついてるわけじゃなし。
言い訳がましく心の中で呟くと、俺は謝罪を示したクラスメイト達に向き直る。
「みんなも気にしないでくれ。俺も気にしてないから」
ほっと胸を撫で下ろしたような表情で席に戻っていくクラスメイト達。昨日まで聞こえていた陰口はすっかり消えており、むしろ称賛の言葉が漏れ聞こえる。
別に噂話なんて気にしないけど、悪く言われてもわけでもなし。止める必要もないだろ。むしろどんどんと広めていってほしい。
春野の仕込みというのが若干の不安要素ではあるが。ここからどんでん返しで鬱展開とかないよな?
そんなことを考えながら自席に戻ると、再度とある少女が側にやってきた。
「さっきの…」
夏川の友人のスポーツ少女。名前は確か…そうだ!朝日だ!朝日千夏!
「どうしたんだ?」
「…あたしに頼み事とかない?」
「頼み事?」
いきなりどうしたというのだろうか。
「謝っただけじゃ、気が収まらなくて…何かない?何でもやるからさ!」
何でも。その言葉に良からぬ想像が掻き立てられるも、何とか振り払い断りの文言を口にする。
「別に気にしてないから大丈夫だって」
「でもっ…」
朝日は変わらず浮かない顔のまま俯いている。
これは何か言った方がいいパターンだな。でも、別に頼み事なんてないんだよなぁ。強いて言うなら気になってる漫画・ラノベを奢ってほしいとかだが、流石にそれはダメだろう。
仕方ない。濁すか。
「将来俺が困ったらその時にお願いするよ」
「…分かった。絶対ね!」
大きな瞳を見開き俺を正面から見据えながらそう言うと、朝日は若干軽い足取りで自席へと戻っていったのだった。
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