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誰とでも付き合う『快諾姫』が俺の告白を断った理由  作者: 林檎月


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5/9

5話 提案

 家に帰り、夕食を経て、夜。

 俺は湯船に浸かりながら、昼間のことを思い出していた。


 見ず知らずの他人の為に記事を作る彼女。俺が部活動をしていたとして、そんなことが出来ただろうか?

 いや、考えるまでもなく出来なかっただろう。自分の趣味の時間が削られる、それも他人の為になんて死んでも嫌だ。


 けれど彼女はそれをこともなげにこなしていた。もちろん、その活動自体が楽しいというのもあるのだろうが、俺には出来ないことだ。…やっぱり尊敬に値する。


 これまで彼女に対する印象は、ゴシップ好きの好奇心の強い後輩といった感じだった。

 それは今も変わらない。ただ、そこにもう一つ。『誰かのためになれば』という、彼女自身が語った活動の動機が加わった。そう考えると、間違いなく彼女は良い子なのだろう。だからこそ正直に言えば、少しくらい手伝ってやってもいいという気持ちもあった。


 取材といってもせいぜい数分から10分程度だろう。それにあくまでメインである快諾姫の延長線上の取材だ。記事に大大的に張り出されるわけじゃない。それに彼女は根も葉もない噂を流すタイプでもないだろう。


 でもなぁ。やっぱり面倒くさいんだよなぁ。

 取材を断ったところで、そこまでデメリット(俺にとっても、彼女にとっても)があるわけじゃないし。

 バイト代でも出れば別だが。いや、でも出たとしても図書カード500円分とかに違いない。そんなので釣れるのは小学生だけだ。せめて1000円分は貰えないと。

 …まあ、交渉くらいはしてみるか。


 俺は両手で湯を掬い、パシャリと顔を洗う。そうして湯船から上がると、そのまま風呂場を後にした。



 ♢



 翌日。春野は昼休みにやってきた。

 扉近くで俺の姿を確認すると、迷うことなくこちらへ向かってきて前の席に腰を下ろす。


「いいかげん、取材に応えてくれる気になったっすか?」


「条件次第だな」


 そう答えると腕を組み考え出す春野。どこまでのラインを提示すべきか考えてるのかもしれない。


 図書カードかQUOカード1000とか、まあそのくらい貰えれば御の字だろう。別に昼飯奢るとかでもいいが。


 目の前で考え込んでいる少女を尻目に、俺は弁当箱を開ける。

 どうやら今日はしゅうまいらしい。白米ときんぴらごぼうと共に、小さな醤油差しが入っていた。


 醤油をぽたりと垂らし箸でその一つを摘むと、口に頬張る。

 噛んだ瞬間、じゅわりと肉汁が溢れ出した。その肉汁が口の中に残っているうちに、今度は白米を一口。肉の旨味と白米の甘みが混ざり合い、思わず頬が緩む。…たまらない。


 そんな具合に弁当に舌鼓を打っていると、周囲から何やら陰口らしきものが聞こえてきた。


『夏川の次は春野かよ』『いけるとでも思ってるのかなぁ(笑)』『純粋に妬ましいぃ』

 最後のは陰口というより純粋な嫉妬な気もするが、ともかく俺の評判はまた一つ下がったみたいだ。


 確かに春野桜は美少女だ。夏川空とは違った天真爛漫とした可愛さがある。クラスにいたらマドンナ的ポジションか、そのグループにいるだろうと思える程。

 そんな彼女がどことも知れぬクラスの染みと接しているのだ。良い思いをする人間は少ないだろう。というかいないに違いない。

 しかしだからといって実害があるわけでもない。せいぜいぼそぼそと陰口を言われる程度だ。気にする必要もないだろう。

 それにもうすぐ夏休みだ。自然とそちらに話題が逸れるに違いない。…逸れるよな?


「…すみません。お邪魔すべきじゃなかったっすかね」


 目を伏せながら、しょんぼりとした様子で呟く春野。彼女にも周りの陰口が聞こえてしまったらしい。


「別に良いよ。本気でそう思ってる人間なんていないだろうし。その内飽きて別の話題に食いつくだろ」


 そう言うと、彼女は驚いたように目を見開いた。


「…大人なんすね。なんか意外」


 失礼な。俺ほど精神年齢が高い人間はいないぞ。R18の映画だって見たことあるし、ネットでも嘘ついて18歳ですのボタンをクリックしてるし。


 俺の不服そうな表情に気付いたのか、春野は両手を合わせ平謝りをかましてくる。


「すみません。てっきり豆腐メンタルかと思ってたもので」


「失礼な。体力にも知力にも自信はないが、心の強さにだけは自信があるぞ。俺は」


「そうなんすか?」


「中学時代は3年間誰とも話さなかったが、1度たりとも不登校にならなかった。それだけじゃない。修学旅行も、体育祭も、全てのイベントにだって参加したんだ。1人の友達もいないにも関わらずな」


 誇らしげ胸を張る俺とは裏腹に、春野の目はどんどんと可哀想なものを見る目となっていった。しまいには「…不憫」と呟く始末。

 先ほどまでゴシップのネタにしていたクラスメイト達にもいつの間にやら同情の目を向けられている。


 ふん。別に理解されようとは思わない。1人が好きで、1人が楽で、2人よりも1人がいい。そういう人間もいるのだ。

 まあだからといって群れることを否定する気はない。その楽しさも分かるしな。自分を世界の中心だと信じて疑わないリア充気取りは嫌いだが。


「友人募集の記事、載せましょうか?」


「余計なお世話だ」


 そんなので友達が作るわけないだろ。それにその募集記事を見て応募してくる奴がいたとしても、普通に怖いわ。


「でも、先輩このままだと孤独死ルートっすよ」


 心配そうな視線でこちらを見る春野。バカにするでもなく、揶揄う風でもないその視線が逆に辛い。


「大丈夫だ。大学から本気出すから」


「先輩。その台詞は一生本気出さない人の台詞っす」


 ぐっ。否定できない。いや、そんなことはないはずだ。大学さえいけば、友達も恋人自動的にできるはず。…できるよな?


「こほん」


 不安になった俺は話を切り替えようと、軽く咳払いをした。


「話を戻そう。取材の話だっただろう」


「そうでした」


 はっとした表情で春野は続ける。


「条件なんすけど、先輩を記事に載せるっていうのはどうでしょう」


「?」


 夏川のついでに俺も載せるということか?告白失敗例とかで。…絶対嫌だ。


「別に先輩を貶めようってわけじゃないっすよ」


 俺の懸念を払拭するように、春野は説明を開始する。


「ただ、先輩が快諾姫こと夏川先輩に告白した理由を乗せようって話っす。どうして、大して関わりもない人に告白なんてしたんすか?」


 告白した理由…一応ゲスの策略から守るためというのが理由ではあるのだが、そんなこと言えないしなぁ。

 となると適当に作るしかないのだが、どう答えたとしても校内のおもちゃになる予感しかない。

 普通に好きだったとかは恥ずかしいし…家の事情で婚約者が必要とかも少女漫画過ぎる。一体どこの御曹司だって話だ。


 頬杖をつきながらどう答えたものかと頭を悩ませていると、目の前の少女が何かを思い出したように口を開いた。


「そういえば、最近快諾姫以外にも調査してる人がいまして」


「へぇ」


「サッカー部の3年生らしいんですけど、3股してるそうで」


「最低だな、そいつ」


 誰だ人間は生まれながらに平等って言った奴は。どう考えても不平等じゃないか。許せない、福沢諭吉め。こんな奴が居るから世の中がダメになるんだ。くそ。俺にデ◯ノートさえあれば。


「そうなんすよ。しかもそいつ、快諾姫まで手にしようとしてるみたいで」


 彼女のその言葉にふと本屋での出来事が甦る。

 3番目のキープを作るとか、言うことを何でも聞かすとか話してたマッシュと茶髪パーマ。春野言っている3股野郎とはこいつらのことではないだろうか。明らかに部活帰りぽかったし。


「でもウチが調べたところ、快諾姫は諦めたみたいなんすよ」


「なんでだ?」


「正確なことは分かんないすけど、聞いたところによると振られるのが嫌だからとか」


 なるほど。納得の理由だ。きっとあいつは振られたことなんてないのだろう。好かれるのが当たり前で、断られるなんて想像もできない。ちっぽけなプライドを守ることに必死なお山の大将。


「想像通りだな」


 ほくそ笑みながらそう答える。


 別にマッシュのことを見下して笑みを浮かべたわけじゃない。ただ、思った通りの展開になったことが少しばかり愉快だっただけだ。自称リア充とか、自称勝ち組だとか、とにかくそういう奴らは負けることを何より嫌う。挫折や失敗を遠ざけ、優れているのだと自分に言い聞かせるのだ。

 だから、断られる可能性が1%でも生じた瞬間自分には相応しくないなどと言い訳をつけ諦める。


 狙い通りとまではいかないが、これであのマッシュが狙うことはなくなった。振られた甲斐もあるというとのだ。本当に!


 俺は自分に言い聞かせるように、少し不貞腐れた顔でしゅうまいを頬張る。美味しい。


 そうやってしゅうまいの肉汁に再度舌鼓をうっていると、とん、と音がして思わず顔を見上げる。するといつの間にか春野が頬杖をつきながらこちらを覗き込んでくるところだった。

 重なる視線、思った以上に近い距離。さらりと垂れた髪の向こうから、大きな瞳がまっすぐこちらを見つめており思わず顔を背けてしまう。


 くそ。流石に美少女だな。ドキドキしてきた。


「改めて聞くっす」


 そんな俺の動揺など知ったことではないとばかりに、春野が口を開く。


「なんで快諾姫に告白したんですか?」


 先ほどまでの軽い調子とは違う真剣なトーンで聞く彼女。その大きな瞳からは絶対に逃さない捕食者のような雰囲気を感じる。


 違う意味でドキドキしてきた。


「…ノーコメントで」


 しばらくの沈黙。春野はじっと俺を見つめていたが、やがてふっと表情を緩めた。そして、悪戯っぽく微笑みを浮かべる。まるで悪魔のようなとびきりの微笑みを。


「分かりましたっす。だったらこっちで適当に書いとくんで!」


 そう言って席を立とうとする彼女を俺は眉間を寄せながら呼び止める。


「待て!何書く気だ」


「心配しなくても、先輩の不利益になるようなことは書かないっすから。うちと先輩の仲じゃないっすか」


「仲も何も知り合ったばっかだろ」


「心配性っすね先輩も」


 呆れ顔で言ってのける春野。対し疑念に疑念を重ねた視線を送る俺。


「分かりましたっす。先輩に不利益になるようなことは書かないとじっちゃんに誓います」


「誰だよじっちゃん」


 というかそれを言うなら名にかけてだろ。使いどころ間違ってるし。


「じゃ、そういうことで」


 そして俺が止めるより早く春野は席を立ちそのまま目にも止まらぬ速さで教室を後にする。慌てて廊下へ顔を出し見渡すも、彼女の姿はどこにもない。


 …逃げ足早すぎだろ。


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