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誰とでも付き合う『快諾姫』が俺の告白を断った理由  作者: 林檎月


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4話 後輩少女の活動内容

昼休み。いつもならば即座に弁当箱を開いているのだが、その日は違った。弁当を忘れてきてしまったのだ。


俺としたことが、これじゃ昼飯を買わないといけなくなる。大切な、本当に大切なお金をはたいて。

ラノベ、漫画、ゲーム。そういう自分の好きなものにしかお金は使わないと決めたのに、こんな凡ミスで使わずに済んだお金が消える。実に悔しい。しかし、だからといって昼飯を抜くのもなぁ。


しばらく逡巡したものの、繰り返し叫ぶ腹の虫に従い俺は仕方なく購買へと向かった。


特別棟の1Fに辿り着くと、そこには既に長蛇の列。


くそ。だから来たくなかったんだよ。

しかし空腹には耐えられない。俺は苦い顔をしながら15分を耐え、ようやく焼きそばパンとツナマヨサンドを手に入れたのだった。


微かな疲労感ともに教室に戻ると、俺の椅子と机は派手めのギャルグループが占領していた。


さすがにあれに話し掛ける勇気はない。別に誰が座ろうと、わざわざ「どいてくれ」と言ってまで取り戻したいわけでもないが。しかし、このまま引き下がるのもなんだな。


そこで俺は教室に後ろにある掲示板を見ながら、無言の圧を掛けることにした。これであいつらが僅かでも罪悪感を抱いてくれれば。


掲示板には避難訓練の日時、保護者会の告知、校内新聞が張られていた。何の気なしに新聞の記事を見てみる。内容はどうやら林先生について。


林というと、確か数学の先生だったか。小言はうるさいし、生活面まで説教してくるし、小太りの中年ということもあって生徒にはバカにされていた。

よくない噂もちらほら耳にした。いわく援交しているだとか、裏垢で生徒への批判ばかり投稿しているだとか。クラスメイトたちがひそひそと話していたのを覚えている。


俺自身、あいつに対して特別いい印象を持っていたわけではない。だが、それと噂を鵜呑みにするのは別の話だ。

公私とまで固い言葉を使うつもりはないが、それでも事実と感情は分けるべきだろう。もっとも人間なんてものは、誰かを貶せれば誰でもいいのかもしれないが。


記事にはそんな林の来歴と、教室としての志、そして噂の真相について書かれていた。


1984年生まれの42歳。在学時に教員免許を取り、3校程を経て今の学校に着いたそう。

数学を選んだ理由は難解な問題が解けた楽しさを知ってほしかったから。教師を選んだ理由は中学の恩師に憧れて。

教師の理念は嫌われてもいいから、正しいことを教えること。中学の恩師のように自分の保身や好感度を踏まえず、子供の未来の為になることを考えること。


確かに授業以外のそれこそ言葉遣いや生活態度細かいことまでも注意していたが、決して間違った指摘はしなかったように思う。

目上の人間には敬語を使う。睡眠時間はきちんと取る。授業中は私語禁止。スマホは緊急時の連絡に留める。スカート丈は膝下まで下ろす。ワックスは禁止。遅刻もしない。こうしてみるとそれなりに多いものの、それでも校則からはみ出た注意というのはなかった。


多様性が重視されている現在、そこまで細かく注意しなくてもいいだろうという気もする。しかしだからこそ規則を重視する人材というのはある意味貴重なのかもしれない。

学生時代から自由を謳歌してしまっては、きっとこの先取り返しのつかない失敗を犯す人間だって出てくる。バイトテロなんかその最もたるものだろう。

そう考えると、嫌われてでもルールの大切さを問う林先生のような人間はきっと必要な人材だなのかもしれない。


少し疎みつつも、別に陰口など言わなかったが(というか言い合う友人がいなかったのだが)これからは彼に対して尊敬の念も持つようにしよう。

そんな気持ちの変化を抱きつつ、俺は記事を読み進める。


援交の噂について。これは授業時にスマホをいじっていた生徒から没収したところ、腹いせに流されたものらしい。

そんな噂などいちいち気にしていたら霧がないとのことで、本人としては特に思うところもないとか。


…カッコいいじゃないか。


続いて裏垢の噂について。本人はSNSに疎くLINEくらいしかやってないとのことだったので、本垢すらないとのこと。


まあ噂なんてそんなもんだよな。火のないところに煙は立たないなんて言葉もあるが、たいていその火は誰かが立てたものだったりするものだ。今回に関しては、消化活動はこの記事がしてくれるだろう。

それにしても、よくこんな突っ込んだ記事を書けたな。経歴はともかく噂の真相を本人に尋ねるなんて、本職の人でも緊張するだろうに。


俺は記事の作成者欄に視線を移す。記載名は連盟だったものの、そこには確かに春野桜の名前があった。


流石新聞部エース。コンビニの本コーナーに並んでいてもおかしくない記事だ。なんで話題になっていないのか不思議なレベルで読み応えがある。校内新聞というよりはゴシップ記事な気もするが。

ともかくスマホを忘れても、これを読んでおけば暇にはならなそうだな。


新たな娯楽を見つけ、俺は満足そうに振り返る。しかし机は相変わらず占領されており、どく気配は感じられない。


くそ。しょうがないか。


俺は小さくため息を吐くと、焼きそばパンとツナマヨサンドを手に、そのまま教室を後にした。


♢



昼休みの居場所というのは意外と複数ある。階段下の謎スペースだったり、使われていない教室だったり。

とりわけ生徒達に人気があるのが普通棟と特別棟の間にある芝生エリアだ。日差しは校舎で遮られつつも、外の陽気が満遍なく感じられ何とも心地よい。大学のキャンパスに近いかもしれない。しかも丸机や椅子も設置されており、まるで小さな庭園みたいだ。


俺はその一角に腰を下ろすと、買ってきた焼きそばパンの袋を開いた。包装を剥がし、一口。

口いっぱいに広がるソースの濃い味。それを受け止めるパンの柔らかな食感と、焼きそばのもちりとした歯応え。二つの食感が混ざり合う感覚が、妙にクセになる。

やっぱり惣菜パンは焼きそばパンが1番だ。


そんなことを考えながら二口目に齧りついたところで、


「購買、よく使うんすか?」


「――っ」


突然、すぐ横から声が飛んできた。思わず肩を跳ねさせ振り返る。


「…全然気付かった」


そこにいたのは先程の記事の制作者、春野桜だった。


「いや、あんまり使わないな。今日はたまたま弁当を忘れたんだ」


「なるほどっす。ありますよね、そういううっかりミス」


春野はそう言いながら、手にしていたサンドイッチを一口頬張った。


「うちも、パソコン家に忘れて学校で作業出来なかったり、部室に鍵掛けるの忘れて先生に怒られたり。最悪なのが保存し忘れた時。あの瞬間といったらもう…」


思い出すだけでも嫌なのか春野は両腕で自分の身体を抱えるようにして、ぶるりと身震いする。


新聞部ほどではないが、俺も偶にパソコンを使うので気持ちは分かる。

苦労したものが消えてしまった消失感と、同じことを繰り返さなければならない絶望感。まさに拷問だといわれても納得してしまうレベルだ。


俺は思わずうんうんと頷いた。


「でも、父に教えてもらったんすけど。一度やった失敗をメモして、それがもう一度起きてないか最後に確認するんです。そうすると、同じミスをしなくなるって」


春野は人差し指を立て、得意げに続ける。


「実際、今やってみてるんすけど、格段に減った気がするっす!」


確かにそれは有用そうだ。パソコンでの作業時、家を出る前、きちんと確認すれば保存忘れや忘れ物なんかは各段に減るだろう。その確認に対する手間を俺が看過できればの話だが。…どう考えても3日坊主で終わる気がする。


校舎を通り吹き抜ける風を感じながら、俺は買ってきたパンを食べ進める。教室でアニメを見ながらというのもいいが、風を感じながら食べるというのも案外悪くないものだな。


そうしてのんびりと昼休みを過ごしていると、ふと先ほど読んだ記事を思い出した。記事の内容がよほど心に残ったのか、それとも隣にその記事を書いた本人がいるからか。

いずれにせよ、俺の口からは自然と言葉が零れていた。


「今月分の校内新聞、読んだぞ」


「ほんとっすか!?」


目を輝かせながら、身を乗り出してくる春野。俺は一歩引いた位置で答える。


「ああ。何というか、興味深い記事だったな」


こういう時、自分の語彙の無さが嫌になる。小説の主人公ならば、ここで気の利いた言葉の一つや二つを並べて相手を喜ばせるのだろう。しかし俺には興味深いだとか、面白かっただとか、そんな言葉しか浮かばない。

こういうのは気持ちが伝わればいいという人もいる。確かにその通りなのだろうが、しかし普段から話慣れていない人間には言葉に感情を込めるというのは難しいのだ。

まあ大事なのは自分がどう思ったかだ。相手が何を思うかなんてのは副産物でしかない。


そう自分に言い聞かせながら、俺は隣の少女の顔を覗き込む。すると、彼女は少しだけ頬を緩めていた。思わずにやけてしまった――そんな照れくささを隠すように、はにかんでいる。

揶揄う風でもなく、ただ嬉しさを噛み締めてる。そんな表情だった。


思わず言葉を失っていると、春野がこちらに問いかけてくる。


「ちなみに、どんなところが面白かったすか?」


「え、ああ、そうだな」


少し考えてから、俺は答えた。


「わざわざ嫌われてる人間について調べて、深掘っていってたのが面白かったな。それに噂の真相も。やっぱり風評なんて、碌なもんじゃないな」


「そうなんすよ!」


さらに身を乗り出し、春野が興奮気味に口を開いた。それに合わせるように、俺は反射的に一歩後ろへ下がる。


「世論は知らないっすけど、少なくともこの学校の中での噂はたいてい出所のないばかりです。良し悪しはともかく、ちゃんと真偽を見極めることは大事だと思うんです」


「確かにそうだな」


「きっとそれが噂を流された人とか、その噂を聞いた人の為になるから」


周りがそう言っているから、みんながそう思っているから。そうやって蓋をして流される方が何倍も楽だろう。そしてきっとそれは悪いこととは言い切れない。世の中は綺麗事だけで回っているわけじゃないのだから。多数派こそが正義で空気を読むことこそが正解。それがこの世の残酷な真実。

けれど彼女は――目の前の少女はその正義にNoを叩きつけた。誰かが言ったからと鵜呑みにするのではなく、自分で考え、判断する道を選んだ。その選択に懸ける勇気を、労力を俺には想像することしかできないが、きっと誰にでもできることじゃない。称えられるべき、立派な生き方だ。


「凄いな」


思わず零れた賞賛。それが耳に届いたのか、春野はへにゃりと力の抜けた笑みを浮かべた。


「そんな立派なもんじゃないっすよ。面白い記事を作りたいっていうのも、ありますし」


確かにその要素もあるんだろう。じゃなきゃ、俺にまで取材に来ないだろうし。それに高尚な動機だけじゃ、人はそこまで動けない。


「それでも偉いと思うよ。誰かの為になることが出来てるんだから」


本当に凄い。どれだけお金を積まれても、きっと俺には出来ないことだから。

まあだからといってインドアを極めた俺の休日を否定する気はないが。最初に言った通り、青春は人それぞれだ。彼女の生き方も青春なら、俺の合計100歩も歩かない休日だって立派な青春なのだ。


「ありがとうございますっす」


春野はにこりと微笑むと、軽く身体を弾ませスキップしながら教室へと戻っていったのだった。

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