3話 誘い
あれから新聞部エース春野桜はちょくちょく訪ねてくるようになった。
朝、昼休み、帰り、1日のうち1回だけの時もあれば、何回か訪れることも。
用件は決まって取材の申し入れ。
「だから、断るって」
「そんなこと言わずに、ちょっと考えてみて下さいよ〜」
駅までの通り道、人のまばらな商店街を歩きながら少女は語りかける。
「先輩にもメリットがありますから!」
「どんな」
「うちと話せます!」
お前はアイドルか。
「却下」
「え、え〜と、じゃあ握手してあげるっす!」
だからアイドルか。
「却下」
「え、え〜と、じゃあ、う〜ん」
顎に手を当て、小顔を傾ける春野。
確かに。顔だけ見ればアイドルに負けず劣らずの可愛いさかもしれない。大きな瞳に整った顔立ち。明るい表情も相まって、街中を歩いていれば自然と人目を引くだろう。俺は思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。
さっさと離れよう。俺の孤高の魂が陥落してしまう前に。
「え、ちょ、待って下さい!」
慌てた声が背後から飛んでくる。やがて、ぱたぱたと足音が近づいてきた。
走ってまくか?いや、女子相手に流石に失礼か。…そもそも、そこまでして逃げる必要があるのかという話でもある。疲れるし。
そうこう考えているうちに、春野はあっさりと追いついてきた。肩で軽く息をしているものの、疲れた様子はほとんどない。意外と運動得意なのか?
…しかしこのままだと、明日も明後日も付き纏われそうだな。
いくら俺の人間強度が高いとはいえ、可愛らしい後輩に何度も迫られては防壁が突破されてしまうかもしれない。もちろん大筋、いやほとんど、万に1つも絆されることはないとは思うが。
「ひどくないっすか?」
頬を膨らませ、ふくれっ面で理不尽を訴える春野。
こういうのを世間ではあざといというのだろうか。少なくとも俺の知っている世界(2次元)では割と見慣れた光景なのだけど。
「悪かったよ。洗濯物ぜんぶ洗濯機に入れっぱなしだったことを思い出したんだ」
「嘘ですね」
なぜバレた。
「先輩。見るからに家事の手伝いなんてする人間じゃないっすもん」
なんて失礼な奴なんだ。事実でも言っていいことと、悪いことがあるんだぞ。
「俺の何を知ってるんだ」
「割と知ってますよ。ハンバーグな好きなこととか、前回の期末テストが赤点ギリギリだったこととか、中学時代自作のポエムを作っていたこととか、それをポストしてたこととか」
「何で知ってる!?」
ふと、暗黒時代の黒歴史が蘇る。
『雨は静かに降り続けていた。 まるで世界が胸の奥に抱えきれなかった想いを、 そっと地上へこぼしているかのような夜。
闇は深く、風は冷たく、 心の輪郭さえ曖昧になる瞬間がある。 けれど、永遠に続く涙はなく、永遠に閉ざされた夜もない。
だから―― 濡れたままの頬をそっと上げて、 空を見つめてみよう。雲の向こうでは、 誰にも気づかれぬまま、 青が息をひそめて待っている。その青はあなたが顔を上げた瞬間、 そっと世界を照らすために広がり始める。雨はいつか止む。 夜は必ず明ける。 そしてあなたの歩く先には、 必ず光が生まれる。』
言いたいことは分かるが、だから何だと言わんばかりの言葉たち。
これがただノートに書かれているだけならば良し。仮にポスト先を見つけられても、ただセンチメンタルな気分なんだなとなりギリ耐えれる。しかし俺の場合卒業文集にも載せちゃったんだよなぁ。しかも『明日は晴れる』とそれっぽいタイトルまで付けて。
くそ。記憶の奥底に封印してたのに。いとも容易く封印を解きやがって。
俺は恨みがまし気に彼女を睨む。すると彼女は揶揄うように笑いながら、呟いた。
「これで、取材に協力してくれる気になりました?」
卑怯な。脅すつもりか?そっちがその気なら、こっちにだって考えがある。
…今は特に思い付かないが、きっと何かあるはずだ。たぶん。おそらく!
せめてもの抵抗として、俺は目を細め彼女を思い切り威嚇する。
野生動物の世界では、威嚇するだけで相手が引くことも珍しくないらしい。この圧倒的な眼力に恐れをなして、今すぐ取材を諦めてくれ。
しかしそんな願いを踏み躙るように、彼女は最悪の提案を口にした。
「先輩の卒業文集。来週の校内記事に載せましょうか?」
最悪だ。そんなことになれば、また酷いあだ名が増えるに違いない。詩人気取りとかスナフキンとか。せっかく高校では黒歴史を1つに抑えられてたのに。このままでは俺の学校生活がめちゃくちゃだ。
俺は苦虫を噛み潰したような顔で、必死に考えを巡らせた。…どうする。どうすれば、この窮地を切り抜けられる。
そんな俺を見て、春野はついに堪えきれなくなったらしい。
「っ、冗談すよ!そんなことやるわけないじゃないですか!」
心底愉快だと言わんばかりに笑う春野。一体何がそんなにおかしいのか。
「言っていいことと、悪いことがあるだろ」
不満を視線込め、俺は睨み付ける。しかし彼女はそれをひらりと躱すと、平謝りをかましてきた。
「すみません。つい」
「はぁ、まあいい。それより卒業文集の件、どこから聞いたんだ」
「それは企業秘密っす」
そう言って唇に人指し指を当てる春野。
「まあ、強制する気はないっすけど、その気なったらいつでも連絡下さい。どうせなら、先輩にもメリットのある取材にしたいっすから」
そうしてウインクすると、彼女は足取り軽く去っていったのだった。軽く手を降りながら遠ざかっていく背中を見ながら、俺は小さく息を吐く。
なんかどっと疲れたな。時計の針は17時を回るかどうかの瀬戸際だが、既に1日分の体力を使い切った気さえする。
彼女の明るさゆえか、それとも俺が体力無さ過ぎるのか。
街中を橙色に染め上げる太陽から逃げるように、俺は足早に駅へと向かったのだった。
♢
翌日。
春野は現れなかった。部活が忙しいのか、それとも友達とのおしゃべりに夢中になっているのか。
ともかく、俺は久々の平和を享受していた。といっても、騒がしかったのはここ数日の話だが。
次の授業の準備を終え、俺は読みかけのラノベを広げる。前回は確か村を襲った黒幕が実は妹だったシーンだったよな。健気で純真な子だったから、結構衝撃だった。
動機はなんなのか、今後主人公との関係はどうなっていくのか。ページを繰る手が止まらなくなりそうだ。
そうしていつも通りの日常を経て5限目。移動教室のため、クラスメイトたちの後に続き教室を出る。
次は確か、美術だったか。絵心ないから嫌なんだよな、あの時間。一応今日は絵じゃないらしいが、それでもこの不器用な手先が上手く作品を作れるとは思えない。
だいたい、もし会心のものができたとしても、先生の琴線に触れなきゃ高評価は貰えないよな。たとえどんなにメッセージ性の強いものを作ったとしても、先生というたった1人に伝わらなければ意味がない。
そんな主観的で、基準も曖昧な評価で成績が決まるっておかしくないか。教師側の所掌が大きすぎるだろ。せめて生徒の感想も成績の対象に入れるとか、全員最低3を与えるかしないと平等性を感じない。
よし、今度2を付けられたらそんな感じの言い訳を並べ立てて煙に巻こう。そうすれば、母も納得してくれるはず。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、前方の角から出てきた誰かと危うくぶつかりそうになった。
「っと悪い」
咄嗟に足を止め、身体を急停止させる。そしてぶつかりそうになった相手へ視線を向けると――そこには、夏川空がいた。何か忘れ物だろうか。
しかし彼女はキッとこちらを睨むと、そそくさと行ってしまった。ついでに友人らしき少女にも険しい顔を向けられながら。
本格的に嫌われたみたいだな。顔が嫌だったのか、性格が嫌だったのか。・・・そもそも話したこともないから性格なんて分かりようがないし、顔だって別に悪くない、はずだ。母にはよく見ると整ってるわねと言われるし。となると、ツンデレの可能性も・・・ないか。
現実のツンは9割方普通に嫌われているだけだしな。しかしそれならなおさら理由に心辺りはない。
う―ん。まあ、考えても仕方がない。彼女が何を考えているかなんて聞かなきゃ分かんないしな。そしてわざわざ本人に尋ねに行くほどの勇気が、俺にあるわけでもない。
何か適当な口実でもあれば、話は別だが。…例えば取材、とか。
「…」
俺は浮かんだ考えを即座に振り払う。
それで真相が明らかになったとしても、労力とメリットが釣り合ってない。不等価だ。それよりも、家でラノベを読んでた方がよっぽどマシ。
もやもやと考えるのはよそう。夏川は美人だし、その友人らしき女性もかなりの美少女だったが俺とは関わりのない世界の住人。そんな奴らにどう思われたところで、俺には関係のない話なのだから。
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