2話 新聞部の少女
土日を挟んで月曜日。
賑やかな教室の片隅で、俺は無言のまま頬杖をつき、絶え間なく飛び交う喧騒に耳を傾けていた。
昨日放送されたテレビ番組の話、野球チームの話、共通の友人や宿題の話、彼氏への愚痴。そんな他愛のない会話に混じって、ときおり誰かの陰口が聞こえてくる。
いわく誰でもいけるからって勘違いしちゃったのかなだとか、さすがに思い上がってたよねだとか。
聞こえてないとでも思っているのだろうか。というかそういう陰口って普通本人がいないところで言わないか?
トイレとか、更衣室とか。人を思いやる心というのがないのかまったく。いくらぼっちだからといって、言っていいことと悪いことがあるんだぞ。
まあ人の噂も75日というしな。その内飽きるだろ。
…75日。月換算で2ヶ月半。1クール制のアニメならかなりの終盤まで放映されてるところだ。
そう考えると結構長いな。1か月ぐらい不登校になろうかな。今時それくらい学校行かないのも珍しくないだろうし、振られたからというのもありふれた理由だろう。
よし、とりあえず明日あたり体調不良になるか。
俺は明日休むべくシャツの第2ボタンを開いた。
これでどうにか風邪を引いてくれれば…無理だな。
1時間目、2時間目、3時間目と授業を受けていく。しかし先生の話は耳に残らず素通りしていてしまった。
別に勉強が嫌いというわけではない。ただ、どうしても昨日のことがちらつくのだ。
告白を断った時の彼女の表情。迷惑といった感じではなくむしろ憎んでさえいるような顔。
俺が気に入らなかったのか、それとも他に何かあるのか。
でもまあ何にしても役目は果たしたといえるだろう。
実際あの惨敗ぶりを見たからか、あと後快諾姫に告白した男はいないらしいし。これで俺が振られた意味も…意味も…うぐぅ。
きんこんかんと昼休みを告げる鐘。俺は零れ落ちる涙を拭きながら弁当箱を広げる。
切り替えよう。大切なのはどう思われるかじゃない。自分がどう思うか。
振られたとはいえ、目的が達成できたのだからいいじゃないか。充分よくやった。だからあとは日常に帰ろう。アニメを見て、漫画を読んで、ラノベを吟味して、そんな毎日に。
机を合わせ談笑するクラスメイト達を尻目に、俺は両耳にイヤホンを付けスマホを机の上に固定する。
流れるのは今期放送の『転生したらトロールだった件』。
ぼっち飯。普通なら階段下だったり、トイレだったり、ともかく場所を変えるのだろうが、俺くらいになると堂々と教室で食せるのだ。
大事なのは周りを気にしないこと、あとあえて1人を選んでいるのだと思い込むこと。そうすれば、おのずと人間強度は上がっていく。そう、これは孤独ではない。孤高だ。
そんなくだらない自己暗示をかけながら、俺は弁当箱の蓋を開く。
中身はどうやらハンバーグのようだ。横に小袋に入ったデミグラスソースが見える。添え物のはマッシュポテトと人参のサラダ。
思わず頬を緩ませながら、俺は両手を合わせる。
「いただきます」
ソースを掛け、箸でハンバーグを包こうとしたその時ぽんぽんと肩を叩かれた。思わず見上げると、見知らぬ女生徒の姿。
サイドテールというのだろうか。片側に束ねた藍色の髪を揺らしながら、少女は口をぱくぱくと動かしている。
少し怪訝な顔をしながら、俺はイヤホンの片耳をはずした。
「四季先輩でよろしかったすか?」
「そうだけど」
「初めまして。ウチ、こういうものっす」
そう言って、彼女は名刺を差し出してきた。手作りのようだが、従来通り少し厚めの紙に上に役職名下に名前とメールアドレスが書かれている。
新聞部の美少女エース 春野桜。それが彼女の名前らしい。
自分で美少女エースなんて書くのはどうかと思うが。
「実は今快諾姫こと夏川空先輩の記事を作ろうとしていて。そこで先輩にお話を聞ければなと」
話ねぇ。成功したならまだしも、振られた俺から何を聞きたいのか。
「話せることなんて何もないぞ」
「そんなことないっすよ。負けた側の意見というのも貴重っすから」
溌剌とした笑顔でそう言う彼女。どうやら思ったことをそのまま言ってしまうタイプらしい。というか負けた側って。失礼な奴だな。
「そう言われてもなぁ」
眉をひそめ首を傾げる俺に、春野は営業スマイルを崩さず続ける。
「まあいきなり言われて困惑する気持ちも分かります。実は快諾姫に振られた何人かには既に取材してまして。色々話を聞いていくうちに、ある共通点が見えてきたんです」
共通点?イケメンだとか、理知的に見えるとかだろうか。
「まず黒髪であること。それと陰キャであること。それからワックスとか知らなそうなこと。あとは…」
「ストップ」
「あ、はい」
春野は不思議そうな顔をしながら、素直に口を閉じる。
黒髪、陰キャはともかくなんだワックス知らなそうって。火力高すぎだろ。せめてオタクっぽいとか真面目そうとか言ってくれ。それでも充分酷いが。
だいたいワックスくらい知ってるし。校則で禁止してるからしてないだけで。付けてみろと言われたら困るが…
あれだよな。手に10円サイズ乗せてなんか髪を立てるように塗ればいいんだよな?
「ともかくそういう共通点が見えてきて。それが偶々なのか、意図的なのか。色々調査してるところなんです。取材、受けてもらえないっすか?」
にっこりと笑顔を崩さず彼女は再度言ってのける。それを受け俺は大きく息を吸いはっきりと答えた。
「嫌だ」
あんな暴言吐いておいて、なぜ受けてもらえると思ったのか。心臓が鋼でできてるのか?
思わぬ返答だったのか、目の前の少女は大きな瞳をぱちくりと瞬かせる。
「もしかして、照れてるんすか?」
「違う」
どうしたらその返答になるのか。
「うちが可愛くて、上手く話せないとか」
「違うって」
「大丈夫っすよ!取材させてもらうだけなので5分、いや10分で終わります!」
こいつ、人の話を聞かない系だ。というか自意識過剰過ぎだろ。
確かに大きな瞳に通った鼻筋、藍色の髪を片側に束ねた姿もよく似合っている。贔屓目なしに見ても、かなり可愛い。モデルといっても差し支えないくらいだ。
普通の男子ならば、喜んで取材を受け入れたのだろう。こんな美少女と話せる機会など、そうそうないからな。
だが、俺くらいのぼっちとなると話は変わる。イケメンだろうと、美女だろうと関係ない。大切なのは面倒かどうか。
「悪いけど、お断りだ」
「え」
断られると思っていなかったのか、再度大きな瞳をぱちくりさせる春野。
ぼっちは至高だし、恋人なんていらないし、可愛いからとへらへらするのが1番ダサい。
そんな穿ったイキリ思考を抱えた俺は箸を持ち直し、何事もなかったかのように昼食を再開する。
そしてそれを唖然とした様子で見つめる少女。
ちょっと言い方きつかったか?でも、断ることに変わりはないしな。
僅かな罪悪感を感じつつ、俺はちらりと春野の様子を窺う。すると少女は手を顎に当てながら、何やら呟いていた。
「見通し甘かったかぁ。見るからにチョロいし、いけると思ったんだけどな〜」
「何か言ったか」
「いえ、何も」
明らかに吹き慣れていない口笛を吹きながら、誤魔化す春野。
何かとてつもなく失礼なことを言わなかったか、今。
「仕方ないっすね。今日のところはこれで失礼します」
そう言ってふわりと笑うと、くるりと踵を返し目の前の少女は去って行った。
今日のところはということはこれからも来る予定なのだろうか。もしかして受けるまで永遠と取材を申し込んでくるとかない、よな?…考えないでおくか。今は目の前の昼飯だ。
俺は箸でハンバーグを掴む。そして現実逃避するように昼食を再開したのだった。
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