鉄巨人の庭園
鉄巨人の庭園。「庭園」とは言うが、それは単なる皮肉だ。
ここには何もない。
訪れる者とていない荒地。だが、ところどころに生えた草や散乱する人や獣の骨は、どれも踏みしだかれ、潰されていた。
人間以外に、この場所を闊歩する者がいるからだ。
そしてその者こそが、ここにやってきた三人の目的だった。
「さあ出てこい、鉄巨人」
荒地の中央に立ち、アレマンは叫んだ。ルシアとスティルはその後ろで周囲を見回している。
茂みががさりと揺れた。
「来たか」
だが、出てきたのはこの場所の主たる鉄巨人ではなかった。地中から現れたのは、食みムカデと呼ばれる鋭い牙を持った巨大な魔物だった。豚鬼などとは比較にならない強力な敵だ。
「余計なものが出た」
アレマンは舌打ちする。
久しぶりの大型の餌に身をくねらせながら、食みムカデは穴からはいずり出てくる。アレマンは慌てて後方に下がった。
「大事な戦いの邪魔だ。排除しろ」
「はあい」
緊張感のない返事とともに、ルシアが前に出る。籠手を嵌めた拳を上げると、ぼうっとした光を帯びた。
食みムカデは、身体の幅だけでルシアと同じくらい、長さに至っては大人五人分の身長を優に超える巨体だった。
それが無数の足を動かして迫ってくるのを、ルシアは顔色も変えずに見つめていた。
危険な距離まで間合いが詰まると、ルシアは自らふわりと踏み込んだ。
「それっ」
軽い気合いとともに放たれた突きが食みムカデに炸裂する。光が爆ぜ、ムカデの頭部の半分が吹き飛んだ。
凄まじい威力だった。
「あれっ」
ルシアは意外そうな顔をする。体液を撒き散らしながら、食みムカデはそれでも死ななかった。
驚異的な生命力でルシアに食らいつこうとした。間一髪、ルシアはそれをひらりと躱すと大きく飛びのいて距離を取る。
「変だな。尻尾の先まで貫通させるつもりだったのに」
「戻れ、ルシア」
アレマンが言う。
「微調整が必要だ」
「どうしてだろう」
ルシアは首をひねりながらアレマンの元へと駆け戻る。代わりに前に出たのはスティルだった。
「しっかり調整しておけ、ルシア」
スティルは言った。
「万に一つの失敗も許されないんだからな」
彼の籠手もまた光を纏っていた。新たな獲物に、手負いの食みムカデが迫る。
「シッ!」
スティルは目にもとまらぬ速さで三発の突きを放った。光が衝撃の刃となって食みムカデを襲い、その身体は尻尾まで一気に三つに裂けた。
さしもの食みムカデも、こうなっては生きてはいられなかった。地面にばらまかれた身体はしばらくもがいていたが、やがて動かなくなった。
だが、すぐにまたぼこぼこと地面が盛り上がり、先ほど食みムカデが現れた穴から新たな食みムカデが姿を現した。
こちらが親で、さっきのやつは子だったのか。そう思うほどに、二匹目のムカデは大きかった。
「直ったか」
スティルがルシアを振り返る。
「次が出た」
籠手に手をかざしていたアレマンが「うむ」と頷いて身を引いた。
「さっきの二倍はあるではないか」
アレマンが言う。その声は嬉しそうだった。
「こいつらが出て良かった。鉄巨人と戦う前に、良い調整機会となった」
スティルは肩を竦め、ルシアに場所を譲るように脇へよける。
ルシアはアレマンの元から飛ぶように駆けて、ムカデの前に立った。牙の生えた口を開いてのしかかってくる巨大なムカデに光を纏った籠手を突き出す。
「それっ」
光が爆ぜ、衝撃はムカデの尻尾まで達した。爆散して真っ二つになったムカデに、ルシアは満足そうに頷いた。
「うん。そうそう、こうでなきゃ」
どこからか、低く重い音が聞こえてきた。
一定のリズムでゆっくりと、大地を踏みしめる音。
「来た」
アレマンは言った。
「鉄巨人だ。ぬかるなよ」
返事もせずに、スティルが前に進み出た。ルシアもその隣に並ぶ。アレマンはこれから始まるであろう激しい戦いの巻き添えになることを恐れ、駆け足でさらに後方へと離れていく。
「ルシア」
感情の乏しい声で、スティルはルシアに声を掛けた。
「鉄巨人を倒して魔晶体を手に入れたら、あのじじいを殺す」
「うん」
前を向いたままルシアは答える。
「分かってる」
「それで俺たちは自由だ」
「うん」
「魔晶体の無限の魔力とこの装具があれば、じじいに直してもらう必要もない。もう誰も俺たちに手出しはできない」
「うん」
頷いてから、ルシアはくすりと笑った。
「長かったね。連れてこられたときはあんなにいた孤児仲間は、みんな適合に失敗して死んじゃって。残ったのは私たちだけ。来る日も来る日もおかしな実験をされて」
「それも今日で終わりだ」
スティルの声に、わずかに感情のようなものが覗く。
「あのじじいが俺たちを支配している呪いを発動させる前に。俺か、お前か。鉄巨人をやった後に、元気だった方が殺す」
「うん。動ける方があいつを殺す」
ルシアは言った。それから思い出したようにまた微笑む。
「あのおじさんも殺しておけばよかった?」
「どっちでもいいよ、あんな旧時代のおっさん」
スティルは言った。
「今頃、金貨の袋を握りしめて、必死にここから離れてるさ」
「自慢の筋肉が何の役にも立たなかったもんね」
ルシアは笑う。
「生きる価値ない」
「見えたぞ」
スティルが囁く。
荒地の先に、黒い突起のようなものが見えた。すぐにそれが巨人の角であることが分かる。
赤黒い錆まみれの金属製の身体。一見すると、それは全身鎧をまとった騎士のようにも見えた。だが、踏みしめる草や石との大きさの対比がおかしい。それは、人としてあってはならない大きさだった。
ゆっくりと歩いてくる鉄巨人は、ずば抜けた巨躯を誇るドライオよりもさらに一回り以上大きかった。まさに巨人。兜を思わせる頭部の奥で、目のように黄色い光が一つ点っていた。
「ついに出おったな、鉄巨人」
アレマンは興奮で声を震わせた。
「行けぇ! ルシア、スティル! やつを倒して、その動力源たる魔晶体をほじくり出せぇ!」
「はしゃぐな、じじい」
スティルはぼそりと呟く。
「行くぞ、ルシア」
「うん」
二人は一瞬視線を交錯させ、それから飛ぶように駆けた。
呪術師であるアレマンが長きにわたる研究の末に多くの犠牲者の命と引き換えに完成させた黒き装具が、二人に人間をはるかに超越した力を与えていた。
二人の魔力が装具と共鳴し合い、さらなる力を呼び起こす。
鉄巨人との距離は一気に詰まった。
「先に行くよ、スティル!」
二人は、鉄巨人に何もさせるつもりはなかった。
ルシアの籠手が光る。駆け寄った勢いのまま跳躍し、鉄巨人の胸に拳を叩き込んだ。衝撃と爆発。光が爆ぜ、爆音が轟く。
食みムカデを爆散させたその一撃を、鉄巨人はその場から半歩だけ後退することで耐えた。錆びの浮いた金属の胸部の表面からは煙が上がったが、ひび一つ入っていなかった。
「この……」
「どけ、ルシア!」
スティルが入れ替わりに鉄巨人の前に立つ。光を纏った籠手による、流れるような三連打。鉄巨人の胴体で立て続けに三度の爆発が起きた。鉄巨人は一瞬身体を大きく揺らしたが、それだけだった。
鉄巨人はゆらりと身体を揺すり、背中に手を伸ばす。ずるずると抜き出したのは、錆の浮いた身体とは対照的な、刃こぼれ一つない長大な剣だった。
風を切って振り下ろされた剣を、スティルは苦もなくかわす。凄まじい速さの一振りはこれまでに幾人もの戦士の命を奪ってきたはずだったが、装具で強化されたスティルの身に触れることはなかった。
スティルはもう一度、巨人の大きく振った剣をかわすと、その腕に突きを叩き込んだ。光が爆ぜ、衝撃が巨人の身体を突き抜けて背後の地面に裂け目が走る。
だが、鉄巨人は何事もなく再び剣を振り上げた。そこにルシアが駆けこむ。
「このぉっ!」
大きく跳躍して、鉄巨人の頭部に拳を突きこむ。爆発とともに、鉄巨人は身体をのけぞらせた。
「やった?」
「ルシア!」
スティルの声のおかげで、ルシアはギリギリで反応できた。大きく飛びのいた彼女のすぐ目の前を、刃が掠めていった。
「効いてない……?」
鉄巨人は先ほどまでとまるで変わらぬ様子で歩を進めた。
「いったん離れろ」
スティルが言う。
「体勢を立て直す」
「うん」
奇襲は失敗した。二人は素早く巨人から距離を取る。
「どうした、何をしている!」
遥か後方で、アレマンが喚いていた。
「今こそ、孤児であった貴様らを救ってやった恩を返すときだろう! 命を張れ、そうすれば装具は貴様らにさらなる力を与える!」
「知ったようなことを」
スティルは呟く。
「だがあいつを倒さなけりゃ俺たちに未来はない」
鉄巨人は変わらぬペースでゆっくりと迫ってくる。
「ルシア。本気でいくぞ」
「うん」
二人は同時に、鉄巨人に襲い掛かった。
光が炸裂し、何度も大きな爆発が起きた。
「そうだ! それでいい!」
アレマンが痩せた腕を振り回しながら叫ぶ。
「そのまま叩き割れ!」
危険を顧みない連続攻撃に、ついに鉄巨人がぐらりと揺れた。兜のような頭部の奥の黄色い光が点滅する。
鉄巨人が苦し紛れに振るったかのような剣が、ルシアを捉えた。とっさに籠手で受け止めたものの、その身体は大きく弾き飛ばされる。
だがその隙に、スティルが巨人の懐に飛び込んでいた。
「うおおっ!」
ここが勝負時と見たスティルの、普段決して発することのない咆哮。それに呼応するように、籠手が強く輝く。
「いけ、スティル!」
地面に叩きつけられたルシアが叫ぶ。
スティルの突きが鉄巨人の脇腹を抉った。衝撃が巨人の背後まで突き抜ける。それと同時に、巨人の脇腹の装甲が砕けた。
「おお……!」
アレマンが感嘆の声を上げる。砕けた装甲の奥に、青い光を発する水晶のようなものが見えた。
「それだ、スティル! それが無限の魔力の源、魔晶体だ!」
アレマンは叫ぶ。
「奪え! 引きずり出せ!」
「言われなくとも」
スティルは猛然と巨人に襲い掛かる。
「いけ、スティル!」
歓声を上げたルシアは、その時見てしまった。巨人の頭部の黄色い光が、赤色に変わるのを。
何かまずい。
ルシアがそう思ったときには、スティルの身体は吹き飛ばされていた。
「えっ」
ほとんど無意識に籠手で身を守りはしたが、攻撃はほとんど見えなかった。自分がなぜ地面に叩きつけられているのかも分からず、スティルは呻いた。
そこに鉄巨人の巨体が迫る。それまでの鈍重な動作が嘘のような、肉食獣を思わせる素早さだった。
「くっ」
振り下ろされた剣を、どうにかかわして立ち上がる。抉られた土が水しぶきのように舞い上がった。
巨人の次の攻撃が恐ろしく滑らかな速度で襲ってきた。
それをぎりぎりでかわして反撃の一撃を叩きこもうとしたスティルは、すでに巨人が体勢を整えていることに気付いた。
「速っ……!」
横殴りの剣の一撃。受け止めた籠手の内側で、両腕の骨が砕け散る感覚があった。
「ぐわああっ!」
「スティル!」
自分の遥か後方まで吹き飛ばされたスティルが地面に叩きつけられるのを見たルシアが、絶望の叫びを上げる。
「ばかな」
アレマンは呻いた。
「何を……何をしている! 魔晶体は目の前だぞ! スティル、立ち上がれ! ルシア、さっさとあれを抉り出せ!」
ふざけるなよ。ルシアは奥歯を食いしばる。簡単に言いやがって。命を懸けているのは私たちだ。
だが、彼女も諦めるわけにはいかなかった。アレマンを殺して自由になるためには、あの魔晶体がどうしても必要だった。
ルシアは鉄巨人を見据える。兜の奥に赤い光を宿した鉄巨人は、先ほどまでのぎこちなく機械的な動きが嘘のように滑らかな動作で剣を振りかぶった。
強い。
それはルシアにも分かった。
だが、やらなければならない。私たちの自由のために。
そのときだった。
「下がれ、ルシア」
落ち着き払ったその声は、アレマンの声でもスティルの声でもなかった。
「お前じゃそいつには勝てねえよ」
その言葉に、思わず振り返る。
「何でいるの」
ルシアは叫んだ。
「おじさん、帰ったんじゃなかったの」
「うるせえな」
不機嫌そうな顔でのしのしと歩いてくるのは、荷物運びの中年男、ドライオだった。




