カーク8
馬車にぎゅうぎゅうに詰め込まれていた珍しい保存食や甘味、お酒を前に、エステルは考えた。
ここにあるのは南部では不足している物、つまりあげたら喜ばれる物だ。
昨日から街に入れず立ち往生していた馬車は騎士たちに守られ無事だ。そして馬車を守る騎士たちを遠巻きに眺める住民たちの姿がちらほら見える。中には子どももいた。
エステルは荷物の中からラムネの瓶を取り出し、子どもに近づいた。騎士が慌てて止めようとしたが、それを制して子どもの前にしゃがみこんだ。
「ねぇ、僕。これ、何か知ってる?」
瓶を軽く振りながら見せれば、十歳くらいの男の子の目が見開かれた。
「それって、ラムネ?」
「そうよ。食べたことあるかしら」
「ずっと前にあるよ。魔獣が来るよりも前。それ、口の中でしゅわしゅわ溶けて、すごく美味しいんだ」
「よく知ってるのね。ねぇ、ちょっとお姉さんのお手伝いしてくれないかしら。お駄賃にこのラムネを分けてあげるわ」
「うん、いいよ! ラムネくれるんだったら!」
「ありがとう。あのね、君が持っているその木桶。その中に瓦礫や廃材、ゴミなんかを集めて持ってきてくれない? 木桶いっぱいの瓦礫とラムネ一個を交換してあげるわ」
「え、瓦礫って、これとか?」
少年が指差した先の石の破片をエステルは拾い上げ、木桶に入れた。木桶は子どもが片手で持てるほどの大きさだ。それほど負担にはならないだろう。
「そうよ。こうやって拾い集めて私のところに持ってきてほしいの。そうね、ここから見える道路と、左右にある昔家が建っていた場所から集めてちょうだい。遠くの物はとりあえず今はいいわ」
「わかった! そんなのすぐに出来るよ!」
「あなたのお友達にも伝えて、みんなで集めてくれるかな。ラムネはたくさんあるし、飴やチョコもあるわ。あと、果物の缶詰とかお酒もあるから、あなたのお父さんとお母さんにも伝えてみて。拾った瓦礫と交換してくれるよって」
添えられていた目録の内容を思い出しながらエステルがそう頼めば、少年は「任せて!」と胸を叩いて一目散に走り出した。
「エステル様、いったい何をなさるんですか?」
デュカス隊長が恐々とそう聞いてきたので、彼女は新ためて指示を出した。
「デュカス隊長、みんなでこの馬車の中の食べ物を全部下ろしてほしいの。今日中に王家の馬車ごとロータス領に帰るためにね」
そう指示を出しつつ十分ほど待っていれば、先ほどの子が木桶を抱えてよたよたと戻ってきた。後ろには同じようにバケツに瓦礫を入れた子どもと、手ぶらの子どもたちがいる。
「お姉ちゃん、持ってきたけど……本当にラムネと交換してくれる? 騙されているんだってみんなが言うんだ」
なるほど、手ぶらで着いてきた子たちはエステルの提案が信じられなかったようだ。胡散臭そうな顔でこちらを睨みつけている。
「嘘なんかじゃないわ。瓦礫をありがとう。はい、約束通りラムネ一個ね。口を開けて」
子どもたちの汚れた素手に渡すのは衛生上よくなさそうだと、エステルは彼が開けた口にラムネを放り込んだ。口を閉じた彼が喜色満面になる。
「うわぁラムネだ! すっごく久しぶりに食べたよ」
「ねぇ、お姉ちゃん、これも交換してくれるの?」
バケツを差し出した別の子にも「もちろん」と頷いて、ラムネを与えた。背後で様子を伺っていた子どもたちに声をかけることも忘れない。
「ほら、あなたたちも、急がないとラムネも瓦礫もなくなっちゃうわよ?」
量の減ったラムネ瓶をカラカラと振ってみせれば、彼らは弾かれたように駆け出した。
「ねぇお姉ちゃん! まだ持ってきてもいい?」
「うちの近く、瓦礫だらけなんだ」
「もちろんよ! じゃんじゃん持ってきて!」
答えながら二人から木桶とバケツを受け取ると、食料を下ろして空になった馬車に乗り込み、そこに中身を捨てた。
「はい、これで空になったわ。続きをよろしくね」
駆け出していく彼らを見送り、背後でぽかんと立ち尽くす騎士たちを振り返った。
「ねぇ、デュカス隊長。集めた瓦礫をひとまず集積する場所を作ろうと思うの。どこか適当な場所がないか、住人たちに確認してきてくれない?」
「それは構いませんが、エステル様、いったい何をなさるおつもりで?」
「住民たちに働いてもらって、瓦礫を撤去するのよ。潰れた家屋の破片がなくなればそこに仮小屋を移築できるし、道路が広くなって馬車も通れるわ」
「確かにそうかもしれませんが……お荷物は小さな馬車に移してちゃんと運べます。王家の馬車を置いていくのがしのびないお気持ちはわかりますが……」
「馬車なんてどうでもいいわ。別にいらないもの。いえ、そんなこと言っては駄目ね。使い道はたくさんあるんだった。ひとまず集めた瓦礫の運搬用に使わせてもらいましょう」
「はい? この馬車で、瓦礫を運ぶと、そうおっしゃいました!?」
「そうよ。さすがはうちの馬車、大きくて頑丈でしょう? ありったけ瓦礫を積み込めるってものよ。馬もこんなに元気だしね」
「滅相もありません! 国王陛下から遣わされた馬車をそのように使うなど!」
「あら、街が綺麗になって、うちの馬車が通れるようになって、ついでに住民たちはなかなか手に入らない甘味やお酒が楽しめて、いいことづくしじゃない。それに、道路が復旧すれば真っ先に商人たちが出入りするようになるわ。だって日々の食糧は十分でも、衣料や嗜好品はまだまだ足りないのよ。彼らが商機を逃すはずないでしょう。人の往来が出てくれば仕事も増える。街って、こうやって復興していくものじゃないの?」
エステルは剣を持つことばかりに夢中で、勉学は疎かだった。だが一国の王女として将来は他国に嫁ぐような未来もあったため、最低限の学問は叩き込まれていた。基礎的な知識しかなくても、いや基礎的なものしか備えていないからこそ、シンプルに物事が見えていた。
言葉を失った隊長の後から、別の若い騎士が「あの……」と手を挙げた。
「どうせなら目分量じゃなくて重さで報酬を配分したらどうでしょう。瓦礫の撤去が進んでいない理由には、量もさることながら、重すぎて運べないというのもあると思うんです。けど、大人が協力して運べば、大きな瓦礫や丸太も運べます。酒類もあるっていうなら、男たちは動きそうです」
「それイイ! 採用!!」
エステルが即決すると同時に、別の騎士たちも声を上げ始めた。
「俺、手伝ってくれる人を探してきます!」
「自分も宣伝に行ってきます! ついでに撤去も!」
「重さで判断するなら秤がいるよな。おい、なんか棒といらない袋あるか? 俺作るよ」
「酒は絶対争奪戦になるから、特等扱いにすべきだな。おやつは子どもたちに回すとして……エステル様、目録を拝見してもいいですか?」
「おい、仮小屋の移築ってどれくらい手間がかかりそうだ? 移築するより、あまり崩れていない建物を整えて一旦避難してもらった方がいいんじゃないか? エステル様のお名前があれば、住民たちにも交渉しやすいと思うんだが」
「確か工具も積んでいたはずだよな。廃材はごろごろしてるし、簡単な大工作業なら出来そうだな」
次々と出てくる提案に、エステルは是の返事をどんどん出していく。気がつけば撤去作業の分担も出来て、子どもたちが次々と瓦礫を運びこんできた。エステルは彼らの口にラムネを放り込みながら「次はチョコだよ」と餌を振り撒くのも忘れない。
そんな彼女の姿を見ていたデュカス隊長が、突然涙を流し始めた。
「デュカス隊長!? どうしたの?」
「……自分は、ロータス領の出身なんです。この街ではないですが、街道を折れた先の、ちっぽけなところで。すぐ隣が森だったために魔獣の被害も大きくて……今はまだ誰も戻れていません。主要な街道が通っているところですら碌に復旧していない状況で、村を復興させるのは遠い道のりだろうとわかっていました。それでも何かしたくて、今回のエステル様の同行に志願したのです。ですが、想像していた以上に復興が遅れている様子を目の当たりにして……自分に出来ることなど何もないのではないかと、絶望しかけていました」
流れる涙を袖で乱暴に拭いつつ、それでも彼は顔を上げた。
「エステル様がご自身の財産まで使って一歩を進まれるなら、目の前の瓦礫を片付けることは我々の役目です。領民たちに先を取られるなど騎士の名折れ。すぐに取り掛かります!」
そして彼は声を張り上げ、部下を叱咤激励した。
「おまえら! 今日中に街道だけでも復旧させるぞ! 成し遂げるまで戻れないと思え!」
去っていく彼と入れ替わるように、今度は女性たちが近づいてきた。
「あの、子どもたちから瓦礫と珍しい食べ物を交換してくれるって聞いたんですけど……」
「えぇ、こちらで受け付けています。普段の食事はどうされているんですか?」
「領主様から保存食が配給されていて、なんとかなってはいます。でも、塩漬けの肉や野菜ばかりで、子どもたちも飽きちゃって、食べムラも多くて」
「ごめんなさい、新鮮なお肉やお野菜はないんです。でも果物のシロップ漬けならありますよ」
「果物ですか! 欲しいです。もうずっと口にしていなくて……。そういうのは後回しにされるから」
「日持ちがするお菓子もありますよ。ブランデー入りのケーキとか。あ、お酒もあるんでした。全部瓦礫と交換できます」
「お酒なんてずっと飲めていないから、主人が喜ぶと思います」
「お酒は激戦になりそうですから頑張ってとお伝えください」
走り回る子どもたちがいい宣伝役になってくれたのだろう。一時間もすれば大人たちも総出で瓦礫の回収を始めてくれた。果ては一番いいワインを賭けて力持ち選手権まで開催され、崩れかけた壁の一部が運び込まれるほど。集めた廃材を利用して崩れが比較的少なかった建物を修復すれば、仮小屋で寝泊まりしていた人たちがそちらに引っ越してくれ、道に迫り出していた建物も次々と撤去された。
住民たちも気付いてはいたのだ。助けを待つばかりでなく、自分たちが動いて瓦礫を撤去し、家を建て直して生活の基盤を整えなければならないということに。だが街に指導者はなく、それぞれが思うままに行動し、誰かのためにという気持ちが希薄になってしまった。なまじ食べていけるだけの配給があったために、その日暮らしのままここまで来てしまった。
だが今。自分たちの前に突如として現れた騎士の一行の正体を、彼らは知らずにいた。王家の紋章が刻まれた馬車があっても、そもそも紋章など知らない者たちばかりだ。なんとなく領主様が遣わせてくれた人たちだろうと思いながら、指示通りに街を綺麗にしていく。瓦礫を拾い集めながら、騎士たちの中心にいる緑の髪の少女のことが気になったものの、目先の珍しい食料や酒類に惹かれて、我先にと働くのみだ。
街の住民が彼女の正体を知るのは、ずいぶん先のことになる。




