カーク7
エステルが邸を発った後、カークはメンデル執政官と面会し、今後の復興計画のあらましを確認した。
「城からの指示書を届けてくださり、ありがとうございました。いやぁ、これで次の一手が明確になりましたよ」
朗らかな表情でそう告げる彼の手にあるのは、昨日のうちにカークが渡しておいた書類だ。
「そこにはどんな指示があったんですか。俺も何も知らされていなくて」
カークとて南部のことを何も知らないまま移住してきたわけではない。だが、魔獣暴走が収束して以降、英雄であるカークは様々な場に引っ張りだこだった。その上結婚式まで半年しかないという驚異の時間のなさ。身体がいくつあっても足りない状況で、後回しになってしまったのは否めない。
こうなっては現地で実地で覚えていくよりほかないと、ここまで先延ばしにしてしまった。エステルや老伯爵を不安にさせないためにも、自分がしっかりしなければならない。
「まずは水路が元通りに使えるよう、河川の船着場の復旧を行うようにと指示がありました。現状陸路による物流は途絶えてはいませんが、地方の道の悪さはご覧になった通りです。水路での輸送が可能となれば、利便性が跳ね上がります。今までは中心部の市街地の復興に力を入れてきましたので、次はそちらですね」
「それは理に叶った話と思いますが、そもそも工事に携われる人員の確保の問題は解決してないですよね」
「え? そのために今回、エステル様とともに騎士団が派遣されたのではないのですか?」
「は……?」
寝耳に水の情報に、カークが驚けば、執政官は資料を指差した。
「ほら、ここに記載があります。“エステル元王女とともに遣わした騎士は復興工事に携わる労働力として使ってかまわない。彼らの駐在は最短で半年、その後も復旧した水路を利用して入れ替え用の人員を都度派遣する”と」
南部に嫁入りするエステルとともに、騎士団の一個小隊が派兵されていた。当然護衛のためとばかり思っていたカークだ。エステルが落ち着けばすぐに引き上げるものと考えていた。
だが彼らはこのまま駐屯するらしい。それも貴重な工事の労働力として。
自分はそんな指示は聞いていないと思ったが、そもそもカークはエステルとの結婚を機に騎士団の名誉団員となっていたのだった。今回同行した小隊は別の隊長が率いている。警護計画の説明は受けていたが、到着後の行動までは把握していない。確認をしようと隊長を任されたデュカスという男を呼び出したが、彼はエステルに着いて荷物の引き取りに向かっており、代わりに副隊長がやってきた。
「執政官殿のおっしゃる通りですよ。我々はここに半年ほど残って、復興のためのあらゆる助力をするべしという命令を団長から受けています」
そもそも今回の南部行きはその目的で人員が確保されたということだった。小隊は若手の単身者の割合が多いようだったが、てっきり年若いカークに配慮して構成されたのだとばかり思っていた。
副隊長の返事を聞いて、メンデル執政官は安堵の声を上げた。
「こちらとしては願ってもないことです。騎士の皆さんに滞在頂く宿舎は魔獣暴走対応のときのものが残っていますし、中心部の復興は対応済みですから、食事やその他の雑事も前回ほどのご不便はおかけしません。以前よりは快適にお過ごし頂けると思います」
「お気遣いありがとうございます。そもそも今回の随行騎士は南部出身者や元討伐隊のメンバーが多く混ざっています。皆、ロータス領のために何かしたいと手を上げた者ばかりです。ですので騎士としての仕事以外も、もちろん工事だってやる気ですよ」
そう胸を叩く副隊長の顔には一片の嘘もなかった。
「魔獣暴走のときは、自分は後方支援のみで前線に立つことができませんでした。英雄カーク・ダンフィル殿の戦う姿をただ応援することしかできなかったのです。今こうしてあなたの元で働けることを誇りに思います。どうぞなんでも命じてください」
その言葉に、カークは胸の奥が熱くなるのを感じた。彼の英雄としての役目はすでに終わっている。その褒賞としても十分すぎるほどの物を貰った。だがこうしてさらに返ってくるものがあり、それがかつての仲間たちからもたらされるというのは格別なことだった。
副団長に礼を伝えた後、今後の具体的な工事についてメンデル執政官と詰めることになった。広大なロータス領を渡る河川の船着場は大小合わせるとかなりの数に登る。まずは主要なものから手をつけようということで話がまとまった。具体的な割り振りについてはデュカス隊長が戻ってきてからだ。
水路のいいところは陸路よりも物資や人の輸送が楽ということだ。時間の短縮も大きい。
「これでひとまずの道筋が整いました。私が赴任した当初、まずは領都の中心街の機能を急ぎ整えよとの指示に、道や農地を優先させるべきではと思いもしましたが、今となってはこれで正解でしたな。ここまで見越しておられたのだとしたら、さすがはランバート宰相補佐官ということですかな」
「ランバート宰相補佐? 彼が指示を出していたのですか?」
「えぇ。ランバート補佐官は魔獣暴走発生時から対策本部の係でいらした方ですからね。南部のこともよくご存知ですよ。今は復興対策の長でいらっしゃいますので、私が逐次報告や相談を申し上げるのは彼なのです」
ソフィア王女の婚約者でもあるからよく知っているだろうと付け加える。確かに自分たちの結婚の前に、ソフィア王女の婚約が電撃的に発表されたことは記憶に新しい。カークも目の回る忙しさの中で、一度だけ顔を合わせたことがあった。一騎士にすぎなかった自分は、宰相のことは知っていても、補佐官のことまでは知らなかった。そのため顔を見ても、何度か騎士団の建物に来ていたところを見かけたことがあるなという、その程度の記憶しかなかった。
「初めまして、英雄殿。ユリウス・ランバートです」
握手を求められたので返せば、身体の細さから想像する以上の力で返されたことを憶えている。エステルの夫となる自分とソフィア王女の夫となる彼は義兄弟ということになるわけだが、相手から漂ってくる空気はどこかひんやりとしたものだった。敵愾心というほどではないが、友好を温めたいという気持ちはあまり感じられない。なんとなく距離感を掴めないまま、日々の忙しさに忙殺され、そのままになってしまった。
南部の復興について一手に引き受けているということは、向こうも相当に忙しくしていたのだろう。疲労もあったからこそのあの微妙な反応だったかもしれないと思い直す。彼がロータス領に深く関わっていると知っていたら、もう少し話を聞いておくのだったと反省するが今更だ。
だがこれから先、彼とは密にやりとりすることになるのだろう。いくらでも関わる機会はあると、カークは指示書を置いた。
その後は税務管理官やロータス家の家令と面談したり、居残っていた騎士たちに話を聞いて回ったりしているうちに、あっという間に夕方になった。
季節は夏。日はまだ高く、七時を回っても辺りは明るい。だが荷物を回収に行ったはずのエステルがまだ戻ってきていなかった。隊長を初めとする精鋭がついている。何かあるとは考えにくいが、カークはいてもたってもいられず、自分の馬を引いた。
「何名か着いてきてくれ。エステルを迎えにいく」
そのまま数騎で駆け出せば、道を半分ほど進んだところで王家の馬車隊を見つけた。纏った空気から何事もなく、ただ戻りが遅くなっただけと察した。
「エステル! 遅いから何事かと思ったぞ」
馬を馬車に寄せれば、朝別れた妻が窓からぬっと顔を出した。
「ごめんなさい、ちょっといろいろやってたらすっかり遅くなっちゃった。でも見て、王家の馬車も連れてこられたんだよ」
エステルが指差す後方を見れば、伯爵家から差し向けた小ぶりの馬車の後ろに、王家の紋章が入った立派な馬車が続いていた。
「よく道が通せたな」
瓦礫や仮小屋のせいで道が塞がれ、立ち往生したのはつい昨日のことだ。馬車を守るために一晩中残った騎士たちが、急ぎ整えたのだろうか。
「あのね、カーク。ランバート宰相補佐官ってすごく気がきく人なんだね」
「は?」
思いもかけぬ名前がエステルの口から飛び出して、つい間抜けな声が漏れた。
「お城からの嫁入り道具って、全部ドレスとか家具とかだとばかり思ってたけど、最後の二台だけ違っててね。食べ物がぎっしり詰まってたの。それもちょっと珍しい保存食とか甘いおやつとか、そういうの! あ、お酒も入ってたんだった」
「なんだって?」
「私の荷物だから、優先的に運ぶものを決めてほしいってデュカス隊長に言われて確認してみたら、そうなってたの。それでね、目録と一緒にランバート補佐官からの手紙が入ってたんだ」
彼女が差し出した手紙を受け取ってみれば、内容は、未来の義妹となるエステルへ彼からの個人的な贈り物、ということだった。
——食糧は最優先で手配しましたので、概ね充足しているはずです。足りないのはこうした物だと思われます。エステル様の良きようにお使いください——。
最後に記されているのは間違いなくユリウス・ランバート補佐官の署名だ。
「カーク、あのね、私、勘違いしてたみたい。道や建物があまりにも酷かったから、みんな食べる物も困ってるんじゃないかって思ったんだけど、毎日の食事は大丈夫だって、住民の方たちが言ってたんだ」
「エステル、まさか、領民に近づいたのか!?」
嫁したとはいえ彼女は元王女だ。城の中で大切に育てられた彼女が、王都の民と口を聞く機会は滅多になかった。咄嗟にソフィアが襲われたときのことを思い出したカークは思わず同行していた小隊長を振り返った。
「申し訳ありません! お叱りは如何様にも受けます!」
デュカス隊長以下の騎士たちも急ぎ下馬して頭を下げる。呆気に取られれば、馬車の中からエステルが身を乗り出さんばかりに声を上げた。
「カーク、彼らを叱らないであげて。みんな私の命令に従っただけなの。私に命じられたら嫌とは言えないでしょう? みんな道路のお片付けと仮小屋の移築を手伝ってくれたんだ」
「なんだって!?」
先ほどから同じ台詞しか叫べぬ自分はピエロにでもなったかの気分だった。だが今はそんなことを気にしている場合ではない。
「あのね、ランバート補佐官が好きに使っていいって書いてくれてたから……」
そうしてエステルが語り始めた今日半日の出来事に、カークは目を剥くはめになった。




