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失恋するまでの10日間〜ルヴァイン王国の姉妹姫による素敵な恋の物語〜  作者: ayame@アンジェリカ書籍化決定
恋を叶えてからの10年間

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カーク9

 ことの顛末を聞いたカークはただただ絶句した。どおりで新品だったシャツが薄汚れているはずだ。この汚れは洗濯しても落ちないだろう。エイダンの新しい衣服はやっぱり必要だった。


 いや、そんなことより、だ。


「……それで、馬車二台を空にしてきたのか?」

「そう! おかげで瓦礫を積めるだけ詰め込んで、簡易の集積場に運び込めたの」


 意気揚々と報告するエステルは、さらに特大の情報を提示した。


「あと、あの馬車すっごくお役立ちだったから、あの街に置いてきちゃった。馬も一緒に」

「は? 王家の馬車を馬ごと置いてきただって!?」

「だって瓦礫運びを何往復かさせてもびくともしないんだよ。さすがはうちの馬車だよね。住民たちもすっかりやる気になって、続きは自分たちで頑張るって言ってくれたんだ。瓦礫運びにはやっぱり馬車があった方が楽でしょう? だから使ってほしいって置いてきたの」


 愕然としながらデュカス隊長を再度振り返れば、彼が申し訳なさそうにつけたした。


「住民たちの中から臨時のリーダーを選出してもらって、口約束にはなりますが、契約をしてきました。寄贈ではなくロータス伯爵家からの貸与ということで説明しています。伯爵家の財産を預けるのですから、くれぐれも盗難には気をつけるようにとも伝えてあります」


 街ではついでに自警団を発足させ、夜間も含めて交代制で馬車を守ることにしたという。事後承諾という形で言い含められれば、カークに否やは言えない。元よりエステルには弱い自分だ。


「わかった。でも次からは先に相談してほし……」

「カーク、あのね! 私、今回のことでわかったの! 自分がすべきこと」


 汗と埃にまみれた顔を輝かせて、エステルは満面の笑みでカークに迫った。


「私、自分の足でロータス領を見て回ることにする! そうすればどこで何が足りてないのか把握できるでしょ? 人手を融通することはできなくても、今回みたいに自分たちの力で立ちあがろうって思えるように支援することも必要だと思うの。それを私がやりたい!」

「エステル……」

「だってカークも忙しいじゃない。いちいち私に指示をしてる暇なんてないよね。だから自分から率先して仕事を探す方が早道だと思って。いつまでもカークに頼りっぱなしじゃ駄目だよね。だって私、ロータス伯爵令息の奥さんだもの!」


 言い切ったエステルは満足とばかりにうんうんと頷いた。


「伯爵家に戻ったら、さっそくどの地方から回るのがいいか、計画を立ててみるね。あ、でも私ひとりじゃさすがに行かせてもらえないよね。誰か着いてきてくれるかなぁ」

「恐れながらエステル様! 私が参ります!」


 割り込むように声を上げたのはデュカス隊長その人だった。


「あっ、隊長ひでぇ! 抜け駆けじゃん!」

「エステル様、俺も、俺も行きたいです!」

「あの! 自分は東地域の出身なので、そっちの方向は詳しいです! ぜひ連れて行ってください!」

「それなら俺は西だ!」


 次から次へと自薦者が湧いて出る中、「いや、そこは俺を頼ろうよ……」と夫であるカークが項垂れたのは仕方のない話だろう。


 騎士たちと一緒にロータス領を巡る旅計画を立て始めたエステルが、思い出したように声を上げた。


「あ、そうだ。目録と一緒にカーク宛のお手紙も入ってたんだった。はい」


 エステルに渡された封筒には確かに自分の名前が宛先として書かれていた。これもランバート補佐官からの物らしい。


 そもそもなぜ彼は馬車の荷物の中に手紙など残したのだろう。二人に宛てるのであれば領主館に送った方が確実だ。


 不思議に思いながら開封してみれば、流麗な筆跡で次のことが書かれていた。


 ——無事エステル様と共にロータス家入りされましたこと、心よりお喜びいたします。いずれソフィア様が南部の視察をしたいとおっしゃることでしょう。平和ボケからさっさと切り替えて、王家のために南部のためにきりきり働いてくださいますようお願い申し上げます——。


 慇懃無礼というか、むしろ無礼しかない手紙に唖然とした。南部の復興のために旅立つ義弟夫婦に宛てる内容として、適当であるとは言い難い。そもそも自分はかの補佐官とは一度しか面識がない。どう見ても好意的とは言えない手紙を貰うほどの関係ですらなかったはずだ。


 エステルと王家の馬車を引き連れ、伯爵家へと戻る道中、ひたすらランバート補佐官のことを考えるが、やはり結婚前の挨拶のことくらいしか思い出せない。


(は! もしや彼はエステルに横恋慕していたんじゃないのか!?)


 だとすれば恋した相手を褒賞としてかっさらっていった自分のことを恨むのも頷ける。慌てて愛する妻にそのことを確認してみれば、きょとんとした顔をされた。


「ランバート補佐官が私のことを好き? カークってば何言ってるの? 私、あの人がソフィアお姉様の婚約者になるまで、会話したこともなかったのよ。というより全然知らなかったし」


 どうやらエステルのランバート補佐官に関する知識は自分と同じ程度のようだった。


「だが、彼がエステルに一目惚れして、気持ちをずっと秘めていた可能性もあるんじゃないか?」

「それは絶対ないよ。だってランバート補佐官、どう見てもソフィアお姉様のことが大好きだよね。ずっとお姉様のことを目で追ってるし、お姉様と話すときは嬉しそうだし」

「そう、だったか?」


 自分と握手したときも彼は微笑んではいたようだが、それは心から笑っているのでなく一貴族として体面を保っているようにしか見えなかった。ソフィアに対してもそうなのかと思っていたが、違ったのだろうか。


「それにね、ソフィアお姉様も彼のこと気にしている様子だったの。補佐官が近くに来るとソワソワしてたし」

「ソワソワって……もしかして怖がってるとか、苦手だとか、そういうのでは?」

「カークだって乳兄弟なんだから、お姉様のことよく知ってるでしょう? お姉様は誰か特定の人を怖がったり嫌ったりなんて絶対にしないわ。仮に苦手だと思ったとしても、絶対に態度には見せないもの。でもランバート補佐官の前ではそういうのが見えちゃうくらいだから、きっと特別な人なのよ」


 エステルの言う通り、カークが知っているソフィアは、特定の人相手にわかりやすく態度を変えたり表情に出したりする人ではない。


 だが妻が言い切るのを見ても、首を傾げざるを得なかった。


「なぁに、ランバート補佐官が気になるの?」

「気になるというか……俺はもしかしたら彼に嫌われてるんじゃないかと思って」

「まさか。それはないわ。だってランバート補佐官、カークに感謝してるって言ってたもの」

「それは俺が英雄として魔獣の王を退治したからだろう」

「違う違う、そうじゃなくて、私、聞いたのよ。お姉様にお茶に誘われたとき、彼もそこにいてね。帰りに私を部屋まで送ってくれたんだけど、そのときにカークには昔、虫退治をしてもらったからとても感謝してるって言ってたの。私も魔獣暴走(スタンピード)のことかって聞いたけど、そうじゃないって」

「虫退治?」


 憶えのない単語に頭をひねる。彼のために虫を退治してやったことがあったかと記憶を遡るも、該当する事柄は思い至らない。となれば何かの要請で任務として対応したことかと考えるが、こちらも思い当たる節がない。


「まったく憶えがないんだが……」

「虫退治って言ってたと思うけど。あれ、虫除けだったかな? それで、最後の特大の虫は自分で追い払えてすっきりしたとか、そんな話をしていたような?」


 二人してうんうん悩みながら記憶を辿るも、答えらしい答えには行き着けなかった。



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