うつされた学園番外編・その名はサンジェルマン・1
ファインテック・バイオケミカルズという、聖父様に関わりのある組織が有している敷地の内側深くを訪れるわたくし、イリヤ。
実はここにリュネの鍛治工房が存在するのです。
いえ、調理剣を生産する大きな工房が。
そして、ここでは機械だけではなく、人が地金を叩いて調理剣を仕上げているのです。
更に、炎剣を打ち直したり補修する工房も同じ場所に設けられております。
では、その工房内を拝見させて頂きましょう。
まず、リュネ世界では炎剣の材料となる鋼石。
これは、リュネ世界では占術師の氏族が管理する石井戸という場所から取って来るしろものでした。
この石井戸、実はリュネ世界を築いた者たちが遺した代物で、世界の周りに漂う石くれを集めて私どもの生活に必要な何がしかを得るためのからくり仕掛けに繋がっておると聞かされました。
で、プロフェ氏族の者が石井戸に念ずると、鋼石が手に入るのです。
しかし、その量は決して莫大ではなかったそうです。
まぁとりあえず、鋼石を人の体の重みほどに得られたとしましょうか。
プロフェ氏族と、そして鍛治細工師のシュミデ氏族の者たちが手分けして鋼石工房へ持ち込みます。
それとは別にリュネの農夫村から納付させた穀藁を、シュミデ氏族の見習いたちが、器窯の上の方の窯を使ってじっくりじわじわ焼いて灰にしたものを、今度は器の中に少量の粘土と一緒に入れます。
で、器に水を注ぎながら土焼き器に用いる粘土と一緒に溶かし、黒い泥水をこしらえるのです。
で、今の調理剣は悪魔の谷の北方遠くの山を掘って得られる鋼石のうち、ある程度は調理剣に向いたものを回して頂けております。
それと、かつてのリュネの海岸沿いにあった漁師村の近所の砂浜近くから得られる鉱石…シュミデの者たちやプロフェの者たちは思い鋼と呼んでおりましたが、とある川の河底や河口の砂を浚うことで得ることが出来た代物を持ち帰るのです。
「ふふふ、この思い鋼の比率が高ければ高いほど強い炎剣を得られるのです…しかし、思い鋼は川砂の中に溜まるまでに長い星期を要します…爆炎剣や聖剣をいちから打つのはもちろん、戦士の使用に耐える純度で炎剣を打つためには普段から思い鋼を地道に丹念に探す必要があったのです…」
と、得意と苦労が混ざったような顔で私どもに解説するシュミデ氏族の今の長である、リザン。
しかし、私は聞かされておったのです、レプタさんから。
魚型や貝型の魔族に河口近くの海底の泥を吸わせては人が取りやすい場所に吐かせておったと。
そして、その泥を川上に設けた水路に持って行って流し直せば、より純度の高い思い鋼を得られるのですよ。
つまり、魔族の中でも融和派と呼ばれる者たち、我がリュネを密かに助けてくれとったのです。
(イリヤさぁーん、それ、古代日本の製鉄で使ってる砂鉄の収集方法です…有害な物質を水路や川に流すので、農耕地帯でそれやったら迷惑千万なんですけど…)
(アズサさん…どうもそれが…うち、高いお山がありませんでしたでしょ…ですから冬と言う季節もなければ、耕作を休む時がなかったのですよ)
どうやら、比丘尼国ではその砂鉄とやらを取り出す際に水を汚しても構わない季節にやっておったようですね、泥流し。
(そちらのイズモの刀作りの話は比丘尼国の方からもお伺いしましたけど、思い鋼だけで炎剣は打てなかったほどに貴重な代物だったのです…それに、思い鋼が獲れる土地ってリュネ側でも魔毒がきつい場所だった上に戦さ場になることも多かったんで、百姓仕事なんてとてもやらせること、できませんでしたよ…)
で、この話をしておる五百旗頭梓という方、後でご紹介させて頂きます。
実は彼女と私、淫化帝国俗地のチンボテや痴里の銅山事業などに関わった関係で面識があるんですよ。
まぁともかく、思い鋼と普通の鋼石ですよ。
この二つの材料を、溶かしては砕きして滓を取り除く工程ですが、その際に用いる炎の源は…そうです、炎剣なのですっ。
(普通はふいごという器具を使って強制的に酸素を送り込むんですけど…それと連邦世界の製鉄と違って、木炭や石炭が手に入らないのに近い状況ですからね…アレ使うのも仕方ないと思いますよ…)
ええ、リュネでは燃やすもん、それ自体が貴重なのです。
ですから、炎剣はもちろん、何らかの金物や陶器を作る際の炎には炎剣を使うのが一般的だったのです。
で、炉で溶かされて棒のように成型された思い鋼と通常の鋼。
なんと、この棒は一度、ばこんぼかんと槌で砕かれてしまうのです。
(一気に二つを混ぜるために両方を一度に溶かすこともやれなくはありませんが、その後の鍛錬の際には新たな混ぜ物が入り用となりますのでね…)
で、砕かれた二つの棒の破片ですが、これを適度な比率で混ぜ合わせて塊にしてから、さっき作った泥水をぶっかけて炉に入れ直します。
そして、溶ける手前まで赤く熱しては泥水をかけ直しては再度熱していくのだそうです。
(泥水や藁灰を多量にかけずとも、その後の鍛錬に回せる鋼もございますけどな…で、思い鋼が多ければ多いほど、炎剣の炎を弱くして鍛えるのですよ…)
で、実際に聖剣を預けて、打ち直すところを実演してもろたのですけどね。
その際に、わしはいきなり叱られました。
「イリヤ様…怒りますよ…エマネ様の爆炎剣の時もお叱りさせて頂きましたけど、聖剣などの豪剣は思い鋼をまぶしておけば元来、時間をかければ勝手に自らを鍛え直すんですからね…いくら思い鋼がなかなか手に入らなかった時代をご存知とは申せ、もうちょい早めにお持ちくださいよ…」
ええ、聖剣の刀身を見るなり、リザンが怒り出したのです。
どうも、聖剣や豪剣の刀身を見るだけで、リザンにはその傷み具合がわかるようなのです。
「仕方ございませんな…さんじぇるみ殿、お預かりしました思い鋼の砂、早速にも使わせて頂きますよ…」
と、傍の人物に声をかけて、重そうな革袋を持ち上げるリザン。
ええ、サン=ジェルマンと呼ばれておるお方がお越しなのです。
そして、護衛兼監視役として、マリア様とアルトさんが同行中。
「で、聖剣と爆炎剣が他の豪剣や炎剣と一番に違います点は、その思い鋼を使う量なのですよ…先祖伝来の話によれば、豪剣七割爆炎剣八割、そして聖剣は思い鋼が九割超えで通常の鋼石はほぼ、つなぎ程度にしか用いない点なのです…」
な、なんと。
聖剣って、そんな高級品だったんですか。
しかし、今となってはサン=ジェルマン氏を通せば割と量が手に入るそうなんですけど、聖剣を量産…。
「そうもいきませぬ。聖剣にあっては、その真の力を出すには剣聖を要するのです。聖剣に聖剣の威力を与えるためには、相応の量の魔毒を要しまする…そして、爆炎剣や豪剣とて仕組みは類似。力足らずが扱えば聖剣が拒む以前に、ろくな炎が出ないはずなのです…」
ええ、リザンの目が冷たいのです。
お前、剣聖やったらこれくらい知っとるやろがという、軽蔑のまなざしです。
ふん、あえて物知らずなふりをしてたんですよっとか言い返そうとしましたが、メリエンが助け舟を出してくれました。
「リザン。この場にはリュネの常識や慣習を知らぬ方も複数おいで。知って当然という考えではなく、あなたの技の素晴らしさを伝える物言いをすべきですよ…せっかく、豪剣以上を補修する技術を体得されたのですから…」
「そ、そうですねメリエン…」
ええ、実はリュネ国政に関わる占い師であるプロフェ氏族の長たるメリエンの方が、鍛治師一族の出であるリザンよりも位は上なのです。
二人、ほぼ同い年で近所育ちだから親しい仲なだけで、実際にはメリエンが指示したらリザンは簡単に断れない権力の違いがあるんですよ。
ま、それはともかく。
「では、早速にも聖剣の補修、ご覧頂くと致しましょう…ただ、メリエン…魔毒が出ますよ…」
ええ。ち◯ぽ柄を外され、刀身だけとなった聖剣ですが、その補修に用いるとされる耐炎かまどという焼き土の塊を並べて敷いた箱状の窯の中に置かれてます。
「あ、大丈夫だよ。ここにいるのは魔毒耐性、最低でもリュネの皆さん程度にはあるから」
と、マリア様が申されます。
「かしこまりました…では、早速にも」
で、鍛治師なのになぜかリュネ戦士の装いのリザン、背中に翼を生やします。
(しかし、日本刀の製法に近いってのは聞いてたけど、やっぱりちょっと違うわよねマリアちゃん…)
(うん。雅美さん、あたしと雅美さんの目であずさんに視覚情報を送るから、ちゃんと見てあげてよ…)
つまり、この一連の作業光景や鍛治工房の内容、痴女宮本宮の通商局鉱業部長である五百旗頭梓さんに送られています。
彼女は連邦世界の日本の…まさに、鋼を鍛えた様々な物品を拵えたり、あるいは鋼石から鋼を製造する巨大な工房を経営する人物の娘さんだそうですね…そればかりか、家元親元の家業を理解しており、そちらの方の学問を修めておられるとも。
で、リュネ戦士のいくさの姿となったリザン、聖剣の根元に手を近づけます。
すると、飛行時や炎剣使用時と同じで、私どもリュネ族の象徴の一つである翼がうっすら輝き始めるのです。
しかし、この時が危険なのです。
魔族の飛行時もそうなのですけど、翼が輝き出すのは、翼の周囲の魔毒が引き寄せられて輝くため。
そしてその輝きが、ひとさまに悪い病をもたらすのです。
しかし、この行いがなくば、聖剣を迅速に仕立て直すのは困難なのは私にもわかりますよ。
で、リザンの行為によって、聖剣も輝いて炎を微妙に、ごく微妙に出すのです。
そこへ、さらりさらりと思い鋼の砂を慎重に少しずつ、かけていくリザン。
リザンも痴女種女官の互換状態ですから汗はかいてませんけど、それなりに凄い熱気が工房の空気に加わるのです。
で、周囲が赤熱した炎剣の動作を止め、今度は冷やしていくリザン。
すると、聖剣の輝きがちょっと変わったのですよ。
なんと、今まではつやつやと輝いていた聖剣が、少しばかり混ぜ物をした鋼で打たれたかのように、少し曇ったのです…いえ、つるっとした仕上がりだったのが、混ぜ物が混ざったせいで複雑な輝きに変わったというべきか。
で、マリア様と雅美さんにその刀身を見せるリザンですが。
(あー、これ出雲の玉鋼の刀の類似かも…うん、アルトさんのリトルクロウの刀身、ちょっと抜いて並べて見せてくれませんか)
(ほいほい、おやすいごようでございます…あー、なんとなくわかりますよ。なであのながみつとも似ておりますね…)
(あー、そういえば熊野三所権現長光も鎌倉時代の作…うん、玉鋼使ってますね)
ふむふむ。
で、私もアルトさんの刀と、聖剣を見比べてみます。
なるほど確かに、まっすぐな刀身の聖剣とは色も形も異なっておりますけど、輝きの質感は似たもの。
「ふーむ、加熱することで思念金属を半ば強制的に吸収させて自己修復を促したのか…」
と、今までじーっと工程を見ておられたサン=ジェルマン氏、口を開かれるや、無造作に聖剣の…まだ熱いはずの刀身をひょい、と片手で掴まれたのです。
いえ、マリア様ですら、止める間もなく。
この方、飄然とした雰囲気の若くもなく老いてもおらず、太くもなく細くもなくといった風体の男性なのですが、本当に特徴のないのが特徴と言うべきお姿なのです。
しかし、今の動きは確実に、尋常の方ではありませんでした。
そして、そんな無造作な行為にも関わらず、聖剣は炎熱を発しないのです。
「そりゃそうだよ。ぼかぁこの思念金属を開発した一団のもんなんだから…僕が扱い方、知ってなきゃいくら何でも手を伸ばしはしないよ…どれ、マリアリーゼ、君もちょっとこの剣はそこからでも分析できるだろ?」と、聖剣の刃の部分を避けずに握っているのに、出血どころか痛いとも言われない、この不可思議な御仁。
普通ならそんな持ち方をすれば、どんな刃物であろうと手を傷つけるはずなのですよ。
「ま、このおっさんの体は今や、あたしやアルトの同類…特殊な機械の機能と能力を人間サイズに縮めたお人形さんの中に入ってるようなもんでさ…ただ、完璧な人間のふりもできるから、真面目に剣をそんなに握ったらちゃんと手や指は切れてしまうよ」
「おっさんはないだろおっさんは…僕は君らのおかげで不老不死に近い立場にされたんだから、お兄さんって呼べよお兄さんって」
「うるせぇよおっさん。あたしとあんたの実年齢、1万年から10万年は違うってのに今からでいいから気付いてくれよ…」
ええ、この方はマリア様をぞんざいに呼び捨てに出来るご身分なんだそうです。
しかし、その一方でマリア様も「おっさん」とかぞんざいに呼んでいます。
そしてこのサン=ジェルマン氏は、私や雅美さんを「マダム」つまりフランス語でご夫人とお呼びなのです。
つまり、節度と距離を置くべき相手とはそう接する程度の礼儀もお持ちであると。
「で、マドモアゼル・イリヤとお呼びする方がよろしいですかね。あなたの疑問や疑念だけど、この聖剣ってものは、それ自体が意志を持っているのかって事ですな。結論から言うと、聖剣はあなたの心を読んでますよ」
ええええええ。
「ま、ちょいとした人間程度か、それ以上の知恵を得ているのは事実だ。だって僕がこうして持っててもさ、本当なら所有資格がないはずなんだから火を吹くとかして反抗するんだよね?」
あ。
どうもこの御仁、マリア様や私たち、痴女種女官と同じかそれ以上の読心の力もお持ちなのですね。
ただ、こっちからは全く読めません。
「読まなくても大丈夫。こんなちゃらんぽらんなおっさんの碌でもない考えを読んでも意味はねぇから。むしろ疲れるから」
そこまで、ぼろくそに言ってもいいもんでしょうか。
恐らくこの方、最低でもマリア様と同じくらいはお強いとお見受けしたのですが。
「本気で戦ったら宇宙が巻き添えになって大迷惑する人が圧倒的。それよりは口喧嘩の方が平和的ってやつだよ。なぁ、汚っさん」
「おっさんはまだしも、汚っさんってのはやめてくれよ…普通の人間のように生理活動で汚れるわけじゃないんだからさ…で、マダム田中。あなたの口の悪い主君はともかくだ、今はナンムもあなたの中だっけ?」
(サン=ジェルマン。いえ、名のなきおとこ…あ、イリヤ。このおとこは西方のものたちとおなじで、ほんとうならばなまえがありませんのよ…)
えええええええっ。
確かに西方族、名前、持ってないんですよっ。
これ、本当です。
見た目とか装身具とか入れ墨でどこの誰とか認識してるんです。
一応、ルーン文字を読めるものは読めますし、言葉はしゃべりますよ。
けれども、聖院第二公用語で言う語句や語彙がめっちゃ少ないのです。
例えば、エマネに対して「あんたも早く爆炎剣持ってこっち来い。リザンが激おこぷんぷん丸や」と発言したとしましょう。
これを西方ルーン語に置き換えますとね。
「炎の剣を鍛冶屋もってこい。みてもらえ。鍛冶屋怒ってる」とかいう、単純な語句の連なりになってしまうんです。
つまりは、そういう部類の文化文明なんですよ、痴女皇国介入以前の西方の者たち。
ですが、このサン=ジェルマン氏は、そういう未発達な人どもとは全く違う理由で本来の名前がないようなのです。
「造物主や創造主って立場のもんがさ、自分が作り出したり産み出したり支配してるような対象にさ、名乗る必要ってあるのかい?君たちだって王様を王様って認識できないと逆に無礼とかさ、名前を呼ぶこと自体が失礼な神様とか王様ってもんを考え出したじゃないのさ」
えーと、このおじさん(としておきます)。
元来はものっすごい、わがままで傲慢な性格っぽいですね。
「イリヤさん。我慢できなくなったら言って。フランシスカさん直伝のプロレス技かけていいわ」
(ほほほほほ、それがよろしいですわねマリアリーゼ…さてサン=ジェルマン。なんで思念の鋼なんぞ、この者たちに与えて扱わせたのやら。こんなぶっそうなものをあんなせまいところで使わせては、おのれらのすみかを自らぶっこわすようなものですわよ…)
え。
(そうですわよ、イリヤや他のものもよく、おききなさいな…このサン=ジェルマンの同族が、他ならぬリュネ族がもともと住んでおったほしがこわれるからと、逃げだしたぶるい…そして、のこされたあなたたちのからだを、たすけがくるまで耐えしのべるようにつくりかえたのも、このおとこの同類ですわよ…)




