第4話
色々ツッコミどころが多い作品ではありますが、矛盾する点や説明不足な点があった場合は推敲なり展開を考えるなりして頑張ります。お菓子食いながら見ようくらいの気楽な感覚で見ていただければ幸いです。
動けなくなった人間を、自身が十全な戦闘力を有していないのに見捨てず庇う、というものは、現実的に考えれば実に愚かしい行為である。
つまり、それは奇跡でも起きない限り、動けなくなるまで頑張った人間の努力を踏みにじり、さらに共倒れする危険性が大いに増す、という、デメリットしかない行為なのだ。
だが、庇った側が、十全な戦闘力を有していないことが前提の場合になりたつ理論だ。
「あ、れ……?」
もし、自身に秘めたる才能に気付いていなかった場合、前述の理論は成り立たなくなる。その才能が奇跡的に、危機的状況で開花する、ということも稀にあるが、大抵は【すでに開花していたのに気付いていない】というパターンが多い。
ルルの目の前で、狼のような顔をした異形の怪物は、その筋力を以ってして跳躍した直後に、苦悶の声をあげながら転げ落ちた。うまく力が入らなかったのか、ルルの目の前で転がり落ちる。呆然と見つめているルルにも構わず、喉元を掻き毟っている。よく見たら、薄汚い口元から透明な液体のようなものがあふれ出ているではないか。
怪物は、声をあげようとするが、液体が溢れ出てくるばかりで、ゴポリという気泡の音しか聞こえない。
「なに、なにが、おきているの」
ルルの困惑を他所に、怪物は、地面を転がりまわった。
まるで陸の上の魚のように大地の上で苦しみもがいたあと、天を仰ぎ、ひときわ大きな痙攣をしたかと思うと、胸が一気に膨らみ、破裂した。
黒い体液に透明な液体のようなものが混じった混合液を辺りに撒き散らしていく。当然傍にいたルルとフィーレもそれに巻き込まれたが、ルルが目の前にいたので大半がルルに当たる。
黒ずんだ液体がルルの顔、身体、衣服に満遍なく付着し、どろりとルルの頬から滴る。
「あ……う……?」
自分の目の前で凄惨な死を遂げた、原型を留めない屍に釘付けになる。
足が棒のようになり、未だ胸の裂け穴から体液が小さく噴き出ている光景に、ただひたすらに立ち尽くしている。
「……ルル、大丈夫、か」
後ろから、声が聞こえてきた。フィーレの声だ。
だがルルは何も反応しない。目の前の光景に悪い意味でで夢中になってしまっているのか。
フィーレは、ゆっくりと立ち上がる。ルルの身体ではまかないきれなかった黒い液体が、少しばかり鎧や身体に付着しているが、一切構う様子はない。
フィーレは、動かないルルを抱き寄せる。
フィーレの胸当てに顔をうずめる形となったルルは、ここではじめて僅かながら反応を見せた。
「あまり、見ないほうがいい。目に毒だからな」
ルルは、1回大きく震えたかと思うと、がくりと両膝をついた。
「お、おい、大丈夫か」
まだ本調子ではないのか、弱弱しい声音で心配するフィーレ。
ルルは、恐怖と驚愕をぐちゃぐちゃにかき混ぜたような表情をし、血の気が失せ、口元を両手でおさえて嘔吐きだした。
急激にこみ上げてくる何かに必死に耐えようとしているルルの背中を、フィーレは優しくさする。
「我慢しなくていい」
その声が後押しになったのか、四つん這いになり、嗚咽混じりの声を出しながら内容物をぶちまけた。
フィーレは、背中をさすりながら、ただただ、落ち着くまで待っていた。
「ありがとうな、ルル」
フィーレは、小さく笑顔を見せた。
異形の屍たちは、しばらく時間が経つと、黒い液状となって地面に染みこみ、消えてしまった。
もっとも、屍のほとんどが炭化するなり消滅するなりして、融解したのは最後の1体だけだったのだが。
すでに空は明るくなりつつあり、日中の薄暗さを僅かながらに取り戻しつつある。
フィーレは、巨大な木の前で寄りかかるように座っている。その目の前で、ルルが立っていた。
「す、すみません、ご心配おかけしました」
一通り吐いてすっきりしたのか、ルルはフィーレの目の前で顔を赤くし俯いていた。
「何を言っているんだ。ルル。君のおかげで私は救われた。謝らなくてはならないのはこちらのほうだ」
仮に、ルルがいなかったとしたら、フィーレは少なからず死の危機があったということだ。
ルルという枷がおらず、たとえ全力で逃げようとしても……彼らの瞬発力を考えると、簡単に捕まってしまっていたであろう。
つまり、ルルという存在は、フィーレの中では当初の評価を大きく改め、『役に立つ人間』というものになっている。
もっとも、先刻の、魔物の1体を破裂させて殺した謎の呪文の出所がルルであることは未確定なのではあるが。
だが、フィーレは、はっきりとした確信を持っていた。
(間違いない。あれは、ルルが発現させた現象だ……)
フィーレには、ルルのあの時の言葉が確かに言霊となって『魔法』へと昇華し、魔物を捉えたのを……魔法が使える者としての一種の感覚で、見抜いていた。
性質がまったく違う魔法ではあったものの、一連の流れはフィーレもある程度見慣れていたものであったため、見抜くことができたのだ。
(問題は、いつ支払われたか、ということなのだが……それだけは……――)
「いえ、私は何もしてないですよ。あの時も訳も分からずどっかーんってなったりして……――? どうしました、フィーレさん?」
きょとん、としながら、こっちをじっと見つめてくるフィーレに対してルルが尋ねた。
はっと思惑の大海から帰還したフィーレが、少し慌てながら取り繕う。
「い、いや、何でもない。少し考え事をしていたなんだ」
どぎまぎしながらも……軽く咳払いをして落ち着き、ルルに笑顔を見せる。
「君には聞かなきゃならないことが山ほどあるけど……今はとりあえず、疲れたからさすがに休みたい」
フィーレはふうと溜息をつきながら、疲れきった笑顔を見せる。
「あ、あの……、この森には、さっきの化け物みたいな生物が、いっぱい、いるのでしょうか」
周りの様子をしきりに確認しながら、おどおどしつつルルは質問をした。
「いや、この森は、少々特殊すぎる環境で普通の生物は好んで暮らさないんだ。魔物も報告されていないような物静かな場所さ」
フィーレは、自分たちが今まで歩いてきた道筋を追うように眺めながら、口を開く。
「それに」
一呼吸おいて
「あんな魔物は……今まで、見たこともない」
ルルもその言葉に納得しているのか、うんうんと頷く。
「なんか、生き物っぽく、なかった、というか……薄気味悪かったです……」
先刻の悪夢を思い出したのか、うつむき、顔から血の気が引いていくルル。ぎゅっとスカートの裾を両手で握り締めている。
その様子をじっと見ていたフィーレが、まだ体力が戻りきっていないのか、ふらつきながらも立ち上がる。
そして、ぽんと頭に手を置き、撫でた。こういった経験が少ないのか、少々慣れない手つきではあったが。
「無理に思い出さなくてもいい。私はあのような血なまぐさい事にはある程度慣れているが、君はそんな経験、したことがないのだろう?」
フィーレは、慰める言葉が上手く思いつかなかったことに内心歯噛みしつつも、笑顔を見せてルルを安心させようとする。
「とりあえず……この森を出よう。そうしたら、君が森で迷子になっていた、と冒険者ギルドに報告しなければならないな」
この不気味な森にいては、ルルが安心しないと悟ったのか、フィーレは苦笑いをしながらわしゃわしゃとルルの頭を撫でる。指で簡単に梳けるほどなめらかな、美しい緑髪だな……――と、このときフィーレはふと思いながら撫でていたりもする。
(自分の髪の毛が憎らしく感じるほど、手入れされた髪だ……)
短くぶっきらぼうに切られている自分の赤髪は、女性にしては少々荒っぽすぎる。そんな中、目の前にいる少女の緑髪は、下手な貴族や王族のそれよりも、美しく感じられるほどの逸品であった。
「ほえ? 私、迷子なんですか? ……確かに、そうですよね。私、迷子ですよね。うん」
現在の自分の立場を改めて思い出したかのように、ルルは唸る。
「はは、気楽なもんだ。まったく……――」
くらり、とフィーレがよろめき、慌ててそれを支えるルル。
「……さすがに、眠いわ。ルル、悪いけど……見張り、頼めるか……?」
大木の傍に座り、フィーレは溜息をつく。
「大丈夫です! 任せてください!」
ルルは無い胸を張り、胸元に手を置いた。
フィーレは、ルルが例の異形たちの関係であるのでは、と意識を落とす前に考えた。
だが、それだとルルが庇った理由がいまいち思いつかないし、あとで直接自分に手をかけるならなおさら庇う必要性などなかった。多少なりとも回復している現在よりも、あのときのほうが自分のことを殺すなり攫うなりしやすかったであろう。
もっとも、安心しきっているところを襲う、とか、単純に注意深かっただけ、とかも考えられるが……。
(……眠い)
今はそんなことを考えている余裕なんてなかった。
仮にこの後、目を覚ますことがなかったとしても、それは単純に……――ルルを拾ってしまった自分が愚かであったのだな――、と開き直りながら……フィーレの瞼はゆっくりと閉ざされた。




