第5話
「外ですー!」
ルルが、久々に浴びた外界がよほど嬉しいのか、その動きづらそうな衣服をまるで意に介さないかのように、全速力で走り回る。
そのすぐ後を、苦笑いを見せながらゆっくりと歩き、雲ひとつない青天を目を凝らしながら見るフィーレ。
ここは、宵闇の森を抜けた先にある、小高い丘であった。
崖の先に見える悠然とした草原。地平線の彼方まで続いているそれは、大自然の美しさを実によく表している。
「おーい、あまり走り回ると危ないぞ。崖に足を滑らせても私は助けられないからなー」
そう言って注意をするフィーレの顔は、微笑んでいた。自分の目の前ではしゃいでいる少女に対し、保護欲が駆り立てられているのかもしれない。
「だってだって、あんな薄気味悪いところから、こんなに綺麗な場所に出られたんですよ! 嬉しくないわけないじゃないですか!」
ルルは足を止めて、崖から地平線を見つめ、目を輝かせていた。
あれだけ走ったのに、息を切らしている様子はない。
フィーレは、いま自分たちが歩いてきた道のりを改めて振り返る。
そこには、依然として立ち並ぶ鬱蒼とした植物たち。鳥の鳴き声ひとつすら鳴らない、現実離れした場所。ただただ、風により葉や枝が揺れ、いわゆる風鳴りのようなものしか聞こえない。
あれからフィーレたちは、何事もなくここまでたどり着くことができた。幸いなことに出口……つまり森林の切れ目に近い場所だったために、三日ほどで出ることができた。
「ふう……全く、困ったものだ。あまりはしゃぐと魔物が出るぞー」
少し脅しをかけるようにフィーレが声色を強めると、
「はぇっ!? ご、ごめんなさいです! 調子に乗ってましたはわわわわわっ」
途端に慌て出すルル。
「冗談だよ」
軽く笑って、ルルの頭をわしゃわしゃと撫でまわす。
「も、もー! 馬鹿にしないでくださいよー!」
立腹しながらも、フィーレをぽかぽかと殴る。
「馬鹿になんかしてないさ。冗談を真に受ける君が悪いんだよっ。……さて、ここまでにしといて……本題の話だ」
軽く笑ってルルをいなしたフィーレが、声色を途中から変えた。それに何となく気がついたルルがぴたりと動きを止め、話を聞く体勢に移行する。
フィーレが続けて口を開いた。
「私はここから歩いて一日ほどの場所にある、エインヘルという名前の街に行くんだが……、ルル、君はどうする?」
その言葉に、ルルは少しばかり考え込む。
「私……信じられないかもしれませんが……、自分が住んでいた場所が、どんな所なのか、思い出せないんです」
じっと、宝石のように綺麗な双眸でフィーレを見上げる。
「だから、私をその街まで連れていってもらえませんか? なにか思い出せるかもしれないので……」
言い終わった後に、ハッと何かに気づいたかのように反応し、慌てて言い繕う。
「あ、いや、もちろん、フィーレさんが迷惑ならいいんです! こんな得体も知れない足手まとい、いるだけで面倒ですし!」
わたわたと両手を振って必死に言葉を発しているルルに対し、フィーレはしばらく黙って聞いていたが、やがてぷっと吹き出す。
「大丈夫だよ、君が付いてきたところで大した重荷にはならないさ。それに……」
ポーチからおもむろに、ガラス玉を取り出す。それは中には炎のようなものが揺らめいているという、不思議なものであった。
「これがある限り、大抵のことはどうにかなるさ」
フィーレが見つめるガラス玉の炎は、彼女の言葉に呼応するように一層揺らめいた。
「それ、何ですか?」
ルルが興味を抱いたようで、ガラス玉を見つめて感嘆の息が漏れている。
「【旅人の灯篭】と呼ばれる、魔法の品さ。知りたいことを炎の色や揺らめきで教えてくれるんだ。便利だろ?」
ルルにそう教えながら、フィーレの表情はどことなく自慢げで。
「……ん?」
炎の色が、赤から黒に変化し始めた。やがて、不可思議な揺らめきが起こり始める。
「……これは……」
フィーレの表情が、笑顔から強張った顔へと変化していく。
「どうしたんですか……?」
ルルも、その表情の変化を逃さなかったようで、心配そうに尋ねてくる。
「……ルル、これから向かう街、エインヘルについて灯篭に尋ねたんだ……。そうしたら――」
「そうしたら?」
小首を傾げるルルに対し、フィーレは息を呑んだ後、こう答えた。
「エインヘルが、【死んでいる】……!」




