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星辰は廻り続ける  作者: ノペトC
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第3話

ガバガバ戦闘ですが、生暖かい目で見守ってやってください

 フィーレはこちらに近付いてくる物音に怪訝な表情を浮かべ、ゆっくりと立ち上がって近くに放ってあった短剣を拾う。

革鎧では誤魔化しが効かないくらいくらい小柄なその姿は、持っている得物と合わさって頼りなく見える。だが、発している殺気は、正に戦い慣れているそれであり、その佇まいからも焦燥感や悲壮感などは一切伝わってこない。


(……焚き火は消せないか……)


 光源というものは何とも難儀なものである。人間の生活に欠かせないものではあるのだが、このような人間が住まわないような場所だと、自分の位置を知らせる存在となってしまう。

普通の森林程度なら、月明かりでどうにかなるかもしれない。もっとも、それも旅に相当慣れたベテランの者でないと野宿には困難を極めるが。

だが、ここは『宵闇の森』。昼間ですら気味悪いほどに薄暗く、夜になると一寸先は文字通りの闇だ。

この焚き火の光は夜目が利かない者にとって、希望の光であり、それを消すということは絶望の闇が訪れるということでもあるのだ。


 待つこと数秒、こちらに近づいてくる音は一層大きくなり……やがて、数体ほどの人型の生物がこちらに姿を現した。

その姿は黒ずんだ灰色の毛皮に全身が覆われており、獣を濡らして生乾きにさせたような悪臭が漂ってくる。人型なので当然ながら二足歩行なのだが、腰が曲がっており、やせこけた全身は非生物的な不気味さを覚える。

顔は、この世界に存在する『狼』とよく似ており、無数に立ち並ぶ鋭利な歯を覗かせ、涎を垂らす下品な口、真っ赤に充血した目、常にひくつかせている鼻が特徴的だ。

前足が非常に発達している。大きな毛むくじゃらの手からは鋭利な爪が見え隠れしており、それを一振りすれば人間如きでは致命傷を負ってしまうのは目に見えて明らかだろう。


 そんな異形の生物たちが、フィーレをぎらぎらとした眼差しを向け、唸り声をあげる。

後ろに控えていた数匹がゆっくりと左右に分散し、彼女らを取り囲むような動きを見せる。


(……強い。少なくとも、肉弾戦では……勝ち目がない)


ただの獣ではない。もっとも、これほど異質な形をした獣など、世界中を見てもいるか分からないくらいのものであるが。


フィーレは自分の経験測、異形たちの隙のない動き、そしてルルを守らなければならないという『枷』を背負っている状況、これら3つの要素を鑑みて、今のままだと自分には勝ち目がないと察した。


(……駄目だ。それをしてはいけない。いけないんだ……)


フィーレは、頭によぎった生き汚い発想を、軽く頭を振って隅に追いやった。


【ルルを囮にして、逃げる】


【ルルを、盾にする】


だが、たとえルルを囮にしたり、盾にしたりして逃げ切ろうと思っても、フィーレは本能的な何かで……逃げられない、と悟った。


そして何より、フィーレの目には、この異形たちが、ただの【魔物】の延長線上に存在する生物ではないような気がしたのだ。

獣臭さを極限まで濃縮させたような……濡れ鼠のような醜い香り、本能のままに従っているように見えるが……どこか深奥では理性しか存在しないような、冷静な動き、


何より


【生き物 らしくない】



根拠もへったくれもないが、そうフィーレは感じたのだ。


そう、だから、人間の脆弱な生存本能では逃げられない。フィーレは最終的にそう理由付けて、自分を『ルルを庇った綺麗な人』という適当な言い訳をつけて、自分自身の心の動揺を射止める。


(あまり、『無駄遣い』はしたくないんだけど……仕方ないか)


フィーレは、空を見上げて、苦笑しながら溜息をつく。


明らかな隙を見せているのに、動かない異形たち。なおのこと、不気味さを覚える。



(こんな時でも……のんきに眠っているのね)


自分が立っている傍で未だに可愛い寝息を立てながら眠っているルルを見て思わず苦笑いをする。

さすがにしゃがみこんで起こすわけにもいかないので、足で彼女の身体を揺らすように「足蹴」にする。


「むにゃむにゃ……もう朝れすか……――!?」


半分寝ぼけてゆっくりと目を開けたルルが、フィーレと対峙している異形たちを直視し、凍り付いてしまう。

フィーレは目を怪物たちに向けながら、怯えきっているルルの手をとり、起き上がらせる。


「ルル、私の傍から絶対離れないでね」


フィーレは短剣を持っていない方の腕でルルを抱き寄せながら、周りを見回す。抱き寄せた瞬間、石鹸の香りがフィーレの鼻をくすぐるが、すぐに周りの獣臭さで一新されてしまう。


 見回した結果、相手の戦力は見えている限りだと4体と分かった。2対4、それも、1人が戦力になりそうにもないことを考えると1対4。しかも、その1人……ルルを庇っていることは彼ら化け物たちにも見えているのだから、フィーレは思うように動けない。つまり、フィーレは絶望的に不利な状況だと考えてもおかしくない。

だが彼らは臆病なのか、知能が低いのか、はたまた単純に獲物を前に舌なめずりしているのか……どれが正解かは分からないが、襲い掛かってこない。

ただ、威嚇するような唸り声をあげながら、じりじりと少しずつ、こちらに近づいてきているだけだ。


「寄るな!」


その小柄な身体から発せられたとは思えないほど、堂々とした吼え声は、辺りの異形たちの足を止めるには十分だった。

その一瞬の隙をついたフィーレは、ぎらりと焚き火の炎を反射するその短刀を、何回も繰り返してきた行動のように……振り抜いた。

当然、化け物たちは射程外にいるため、当たるはずもない。いや、そもそも、彼らに当てるための攻撃ではないのだ。

化け物たちは、一瞬大きく身構えるも、その光景を見て思わず固まってしまう。

ルルも、青ざめた表情でフィーレを見つめている。


フィーレは……にやりと、不敵に笑っていた。口角をあげていた。



対象は……フィーレ自身。そう、彼女の胸の中心部。革鎧を貫通するほどの威力を以ってして振られたその凶刃は、やすやすと胸の深奥に突き刺さっていく。

フィーレのすぐ下の地面が、鮮明な紅で濡れていく。ルルは真っ青な顔でフィーレの顔を見上げる。


「フィ、フィーレ、さん!? 何しているんですか!?」


ルルは、なおも胸の奥にねじ込まれていく刃を止めようと、それを掴んでいる腕に触ろうとする。

だが、それよりも早く、周りの化け物たちが行動を開始した。


その初動はまるで雷撃の如き躍動力で

その跳躍はまるで放たれる鋼矢のようで

空から振り下ろされる爪は死神の鎌のようで


そんな、素人ではまず避けきれないような、洗練された攻撃に、ルルは恐怖のあまりか、目をつぶる。



その時であった。ルルの片耳にフィーレの身体が押し当てられ、もう片方の耳を抱き寄せていたフィーレの手で塞がれる。


…………

………

……


その刹那。

ルルの世界は


白色に塗りつぶされ、



音が置き去りにされた。



「――――」


 閃光と轟音が発せられ、それと同時に吹き飛んでいく獣たち。ある者はその閃光で全身を焼かれ消滅していく。

ある者は消滅は免れたものの、身体の大半が炭化しすぐに絶命する。またある者は、事前に危険を察知したのか避けるも、避け切れなかった片腕が消し飛び、痛みのせいかけたたましい絶叫をあげながらもんぞりうっている。


 耳と目が激しい衝撃に苛まれたルルは、しばらくの間、確かにそこにいるであろうフィーレにぎゅっと抱きついている。


 フィーレはその期待を裏切ることもなく、本当にそこに立っていた。

胸からは短剣が抜かれており、地面に落ちていた。血で濡れており、血溜まりの上に突き刺さっている。

その血溜まりは、地面に染み込むことなく、ぶくぶくと泡をふいていた。間髪入れず、血溜まりは赤黒い砂粒となり、速やかに黒へと変化する。


 肝心の傷口は、はじめから「刺された」という事実を否定するかの如く、白く綺麗な肌が、破れた胸当ての隙間から見えていた。

だが、胸当てが破けて肌着を貫通し、白く綺麗な肌が見えている上に、革鎧に赤黒い汚れが付いていることから、たしかに刺した事実はあったのだろう。

真白無音な世界から少しずつ復帰しつつあるルルは、ゆっくりと目を開け、恐る恐るフィーレの方へと顔を向ける。依然として身体が触れ合っていることからそこにいるとは分かるのだが、もし死んでいたら、もし何か変化が起きていたらと、様々な疑問と混乱、恐怖が入り交じった思考を巡らせながら事実を確認しようと、見た。


 フィーレは……確かにそこにいた。見た目だと死んでもいない。むしろ先程の位置で立ちっぱなしだ。

だが、よく見ると……革鎧の一部や、彼女の肌が一部焼けており、白煙をあげている。肉の焼けるような嫌な匂いがルルの鼻をつく。こんがり焼けた周りの異形たちの匂いが大半だが、フィーレからもわずかに漂っている。

表情は疲弊しきっていた。いや、ルルが彼女の顔を見た途端、顔を俯け、片膝をついたので疲弊しているのは確定的なのだが。


大慌てしてしゃがみ込むルル。純白のドレスが地面に擦り付けられるがかまけている暇は当然ながら無さそうだ。


「だ、大丈夫だ……よ……。少し、……を……払いすぎて……しんどい、だけだから……」


顔が真っ青だ。ルルが彼女の頬に手を触れると、氷のように冷たかった。

周りの地面は煙をあげ、木々は一瞬にして炭になったりしているので、この周りの温度は灼熱地獄なのだが、フィーレは寒そうに両腕で自分を抱きしめて、震えている。


フィーレはひとつだけ、失敗を犯した。それは、敵の全滅を確認しなかったことだ。もっとも、確認する肉体的・精神的余裕はなさそうだが。


 倒れている屍の中から一匹、ゆらりと起き上がる影があった。そう、先程避けようとして失敗し、片腕をもがれた個体だ。


片腕の傷口は幸か不幸か、焼き塞がっているため体液が流れ出ていない。弱っているフィーレをぎらりと輝く双眸で捉え、ふらふらと近づいていく。繋がっている片手から、白く不気味に輝く爪を出しながら。

しかも不幸なことに、フィーレの背後から近付いている。


「……!」


ルルが近づいてくる存在に気付き、立ち上がった。

フィーレの背中を庇うように立ちふさがった。

だが、足はがくがくと震え、唾を飲み、ぎゅっと握り拳を作っていることから頼りなさを覚える。


「ルル、逃げろ……。庇う必要……ない。共倒れ……だ」


後ろの殺意に気が付いているのか、弱々しい声色でフィーレが諭す。だが、


「い、嫌です! 助けてくれたのに、見捨てるなんてできません!」


俯いて、全身を震わせながらルルは吼えた。

歯を食いしばり、近付いてくる目の前の死をきっと睨みつける。


異形は、ふらり、ふらりと掴みどころのないような動きを見せながら、ルルをじっと見つめ、




嗤った。




下劣な、耳障りな、嗤い声であった。

明らかに、本能のままに従う獣や魔物とは存在定義が違う、そんな、『生々しい悪意のこもった』表情で、嗤ったのだ。




ルルは、フィーレは、その嗤った声を聞いて、全身が粟立った。周りの空気が一気に冷たくなるような、不気味さを覚えたのだ。



だが、ルルは、彼の双眸を、睨み続けていた。

前述の通り、足はがくがくしてて、ぎゅっと握りこぶしを作って恐怖に耐え忍んでいる……何とも頼れない姿ではあったが。



ルルは、一息、吸い込んだ後


「ここから






去りなさい!」




その言霊と、異形が跳躍したのは、同時の出来事であった。

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