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星辰は廻り続ける  作者: ノペトC
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第2話

 赤髪の少女……フィーレには、目の前の状況に対して豆鉄砲を食らったような顔をする。バックルにつけた護身用の短剣に手を置いていたのに、思わず目の前のゴスロリ少女という不穏な前兆に見合わない異分子に面食らい、手を下げてしまう。

だが、状況を冷静に整理したのか、一瞬遅れてすぐに顔が青くなっていく。あわてて駆け寄り、片膝を着いて容態を診始めた。


 ゴスロリ少女の見た目は、まるで天使が今生に舞い降りたような、それほどまでに可憐な容姿をしていた。

白を基調とした、レース、フリル、リボンに飾られた、一言で華美と言い表すには失礼な……それ程までに着飾ったドレスを身に纏っている。だがその装飾は豪華というよりは洗練されたものであり、下品なものは感じられず、むしろ神秘的なオーラを放っている。なお、血で汚れている上での評価だ。

子供用のドレスなのか、ドレスにしては短めなスカートは膨らんでおり、恐らくパニエで膨らませているのだろうとフィーレは考える。

靴は厚底のワンストラップブーツ。ただ、髪の毛は短く、服の豪華さに比べてやや貧相なギャップを覚える。


そして何より、チャームポイントなのか、大きな緑色のリボンが胸のあたりに結んである。



 衣服に血が付着していることから痛々しい生傷があると思っていたのだが……。


(……無傷?)


不健康ととられてもおかしくないレベルの青白い肌、そして気絶していることを除けば服越しに見て外傷のようなものは見当たらない。

呼吸も素人目線ではあるものの、そこまでおかしくは見えないし、童顔な顔つきも気絶しているというよりは眠っていると言った方が正しいと言えるほど安らかだ。



 もしかしたら睡眠薬や呪いの類かとフィーレが勘繰りだし、念の為にドレスを脱がそうと、特徴的な大きい緑色のリボンに手をかけようとした。



 するとどうだろうか、フィーレが近づいても意識を取り戻す気配が微塵もなかった少女が、リボンに触れようとした右腕を力強く握ったではないか。目は閉じたままで、意識を取り戻しているようには思えない。その不気味な動作は、まるで右腕が独立した別の生物のようである。

あまりに突然のことに驚いたフィーレは、手加減を忘れかけ、力任せに振り払おうとする。だが、その弱々しい細腕からは想像もつかない握力と腕力で握り締められており、力負けしてぴくりとも動かない。

フィーレは関節部を鉄板で防護している革の軽鎧を全身に纏っているが、その服越しからでも腕が握り潰されそうになり、痛みと恐怖で冷や汗が止まらなくなった……その時であった。


「……んぅ?」


 間の抜けた声を放ちながら、ゴスロリ少女の瞼が重々しく開いていく。

その澄み切ったエメラルドグリーンの双眸でぼんやりとフィーレの整った顔を見つめる。

やがて自身の右手がフィーレの右腕を握り潰しかけていることに気付いたのか、どんどん顔が青ざめていく。ただでさえ青白い肌をしているのに、わずかに見え隠れしていた血の気すら失せていく。


「あっ……!? え……っ!?」


 ぱっと右手を離し、今起こったことについて理解が追いついていないのか、目を白黒させる。

そして少女の体とは思えないスピードで起き上がった。その速さはまさに疾風迅雷。フィーレからは起き上がったかどうか、確認すら出来なかった。そして反動でよろけたのか、寄りかかっていた樹木に向かってふらついた。するとふらついた身体を抑えきれなかったのか、硬い木の幹に頭を軽くぶつけてしまう。


「あいたっ」


星がひとつ、少女の頭から跳ねたかと思うと、しゃがみこんで呻きながら頭を両手で抑える。


「……はっ!」


何かに気がついたのか、フィーレを見ると、おもむろに両手を地面につけ、フィーレに対して平伏をし始めた。土で可憐な洋服が汚れるがそれに構っている余裕はなさそうだ。


「ご、ごめんなさい! ち、違うんです! ほんとに寝てて、なんか騒がしいから目を開けたらこんなことに……」


そして唐突に頭を上げたかと思えば、フィーレの元に走り寄る。


「そ、そうだ! 私が怪我させてしまったので、お詫びに治させてください!」


あまりに唐突な展開にフィーレは呆然とした表情をしている。

それを無反応ととった少女は全身に冷や汗を垂らしながらフィーレの右腕を触診し始めようとした。


「も、もしかして声も出せないくらい痛いですか!? ごめんなさい!ごめんなさい!掴んでごめんなさい!生きててごめんなさあっ!?」


再びその場でぺこぺこと謝り出す少女、だが頭を振った衝撃でか、何故かと言うとその場で足を滑らす。転ぶ先は後ろの樹木だ。


「あっ」


フィーレがようやく我に返って手を伸ばそうとしたが、すでにそこには鈍い音を立てて樹木に寄りかかる少女の姿があった。

頭には立派なたんこぶが出来ており、目に星を浮かべながら気絶している少女に対して、フィーレは困惑したかのように頭を抱える。


「こりゃ……強者だわ……」


そんなことを、天を仰ぎながらぼそっと呟いた。その言霊は、木の葉のざわめきでかき消されていったのであった。



 街はずれに広がる大森林、通称『宵闇の森』はその名の通り、太陽の光を遮る巨木たちによって昼間でも薄暗い場所だ。さらに毒々しい色の葉や花、実をつけた不思議な植物たちが大量に根を張っているため不気味さに拍車をかけている。

特にとれる特産物もなければ動物の気配が一切ない、さらに興味本位で探索に出かけたバカな冒険者が帰って来なくなるなどの神隠し要素も合わさって、今では誰も立ち寄らない場所となっている。

そんな奇怪な森林は、太陽が落ちた途端、異常と言っていいほど暗くなる。それは一寸先も見えない本当の意味での【闇】。

そんな真っ暗すぎる森の中、一寸の光がめらめらと照らされていた。それは焚き火、野宿をする時には欠かせない貴重な明かりであった。


そんな明かりの傍で、転がっていた手ごろな岩を椅子代わりにして座っている、赤髪の旅人風な装いの人間がいた。名前はフィーレ。

無造作に短く切られた赤い髪は荒々しさを感じるが、着ている革鎧が女性用のそれなので恐らく女性だと思われる。

露出がほとんどなく、顔面以外の全身をしっかり革鎧で覆っていることから、貴族のお遊びのようなエセ冒険者のそれとは確実に違う。

ただ、唯一不自然な点は、手荷物が腰につけてある小さなポーチのみ。

また、冒険者としては最も重要な位置を占める得物……つまり武器が、何の装飾も施されていない無骨な短剣しかないことである。刃も非常に短く、一見すると頼りない。


魔法武器……魔法と呼ばれる、神様にお願いして力を借りる非自然的現象……その力が武器に宿っている……そんな武器も世界中を探せばある。

だが、如何せん古代文明の残滓である遺跡や、魔物が巣食う地下世界……ダンジョンと呼ばれる場所にしか存在せず、人間の力では決して作ることのできない、超がつくほどの貴重品だ。


お金を払えば手に入るようなものではないため、所持している人間は当然ながら極少数で、その力の代償である、他者からの欲望や嫉妬、武器に宿った神の力の行使に基づく反動などで、亡くなっているか、行方不明、若しくは隠居生活をして神人的な存在になっている者が大半である。

魔法武器を手にした人間は、そのほとんどが扱いきれない力を制御しきれず、国に献上して一生分の富を得るか、欲に眩んで人生を転落してしまう。

どれも回避して所持することに成功した者も上述のように碌な目に遭っていない。


 閑話休題。ともかく魔法武器である可能性が限りなく低い短剣一本のみで冒険者などやってられないのである。

斥候と呼ばれる、偵察や暗殺などを主眼においた者や、身軽さを重視した軽戦士が予備の武器として持っている程度の武器で、魔物や動物の強靭な生命力を刈り取ることは難しいということである。


そんな冒険者にしてはあまりに不自然さを感じる赤髪の少女、フィーレは、自分の傍ですやすやと眠っているゴスロリ少女を見つめていた。

時々機嫌の悪くなる炎を宥めながら。


(名前はたしか、ルル、だったかな)


あの後、気絶から目覚めてペコペコと謝るゴスロリ……もとい、ルルを宥め、拠点として手頃なこの場を見つけ、ポーチに入っていた保存食を渡そうとしたが、断られてコロリと眠ってしまった。

雑草がほとんど生えてないむきだしの地面であったため、せめて汚れないようにと葉っぱを集めて擬似的な敷物として扱い、その上で寝るようにとフィーレは指示した。


(こんな不気味な場所でよく健やかな睡眠ができるものだ)


フィーレは呆れたような笑みを浮かべながらため息をつく。

どうせ貴族の箱入り娘か何かだろう、そう短絡的に考えてかけたが、あることに思考の突っかかりを覚える。


(なぜあの場所で寝ていたんだ? そして、逃げてきた……もしくは遭難したにしては見た目に汚れが無さすぎる……)


ルルから目を逸らしてあらぬ方向を向く。


(それに……)


 フィーレはあのことを思い出す。自分の腕が握りつぶされかけたあの事件……もしくは事故。

あのような、か細い腕では到底考えられないほどの筋力、そして、本人の意志とは外れた、まるで別の存在にように動いた事象。

何より、出会う前に聞こえたあの咀嚼音のようなものは何だったのだろうか。

考えれば考えるほど思考のぬかるみに沈んでゆく。


(……成り行きで助けてしまったが、怪しいやつだな)


 そもそも最初の時点で怪しく思わなかったのか、だとしたらかなりの能天気か天然か馬鹿のどれかであるが、真意は定かではない。


(……ともかく、ルルの様子を見る限り、気を遣って交代してくれるような様子はなさそうだし……仕方ないな、今日は寝ずの番か)


 そんなことをぼんやりと考えていると、岩場の背後に立ち並ぶ茂みの奥から、草木を掻き分ける物音が聞こえてきた。

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