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第8話 看守を増やす前に、仕事を減らせ

「仕事に戻れます」


「戻れない。今日は寝てろ」


 翌朝。


 医務室へ顔を出すと、昨日廊下で倒れたエドが寝台から身体を起こそうとしていた。


「ですが、南棟の勤務が空きます」


「ラッセル」


「本日は休養です。勤務復帰は認めません」


 医務係から即座に止められ、エドが渋々枕へ頭を戻した。


 顔色は昨日より戻っている。


 ラッセルの見立てでは、大きな病気や怪我ではなく、疲労と睡眠不足が重なった可能性が高いらしい。


 だから働かせていい、とはならない。


「昨日決めたばかりだ。医務係が休ませろと判断した人間を、現場の都合だけで戻さない」


「それは囚人についての決まりかと……」


「看守なら倒れるまで働かせていい理由にはならないだろ」


「……はい」


「倒れる前、まともに眠れたのはどのくらいだ?」


 エドは少し考えた。


「夜に二時間ほどと、昼過ぎに二時間くらいです」


「合わせて四時間か」


「はい」


 それ以外は巡回、水運びの監視、夜勤、新しく始めた申立て受付の補助まで入っていた。


「こういう勤務は以前からあるのか?」


「忙しい時期にはあります」


「例えば?」


「囚人の移送が重なった時や監査前、壁の修繕、病人が増えた時などです」


 珍しい異常勤務ではなく、仕事が重なるたびに繰り返していたらしい。


「分かった。今日は余計なことを考えず休め」


「南棟は――」


「こっちで何とかする。お前が倒れた穴を、お前自身に埋めさせるわけにはいかない」


 今度こそエドは黙った。


     ◇


 医務室を出ると、グラッドとガイラスが勤務表を持って待っていた。


「全員分を出したか?」


「はい」


 黒塔の看守は百二十七人。


 もちろん、全員が同時に働けるわけではない。夜勤明けや非番もいれば、門衛、倉庫、厨房、事務など、作業場以外の仕事もある。


「今日の日中、配置予定は?」


「五十三名です」


「平常時は四十一名前後だったな」


「はい。十二名増えております」


 増えた理由は分かっている。


 第三井戸を止めたことで発生した水運び。


 北壁の修復。


 臨時療養室。


 申立て受付と調査。


 どれも、この数日で必要になった仕事だ。


 そして、そのたびに俺は、


『看守を付けろ』


 と言ってきた。


 ガイラスが勤務表を見ながら言う。


「単純に考えるなら増員ですな」


「その前に、五十三人が本当に必要なのか確かめる」


「仕事そのものを減らすと?」


「ああ。必要な警備まで削る気はない。でも昔からそうしているというだけで人を置いているなら、そこから見直す」


 人数が足りないから採用する。


 それだけなら簡単だ。


 だが、無駄な仕事を抱えたまま人だけ足せば、その人数に合わせてまた仕事が膨らむ。


「現場を順番に見よう」


     ◇


 最初は南棟への水運びだった。


 第三井戸はいまだ使用停止中で、中央井戸から南棟まで飲み水を運んでいる。


 囚人八人が桶を持ち、前後を二人ずつの看守が挟んでいた。


「囚人八人に看守四人か」


「途中で水へ異物を入れられないよう監視しております」


「一日に何往復してる?」


「十二から十五往復ほどです」


 満杯の桶を南棟へ運び、空になった桶を持って戻る。


 毎日その繰り返しだ。


「飲み水は桶で運ぶ決まりなのか?」


「はい」


「その方法でなければならない理由は?」


 グラッドが黙った。


「少なくとも、私が副監獄長になる前からそうなっております」


「つまり理由は分からない、と」


「……はい」


 水を運ぶ必要はある。


 問題は、八人が何度も往復し、それを看守四人で毎回見張る方法しかないと思い込んでいたことだ。


「採石場に、小型の荷車が一台空いていたな」


「あります」


「大樽を積めないか?」


 グラッドが少し考えた。


「二樽までなら。縄で固定すれば傾斜でも大きく動かないでしょう」


「飲み水専用にして、蓋も付けよう。途中で開けたことが分かるよう封札も付ける」


「試してみます」


 一時間ほどで荷車が用意された。


 大樽を二つ固定し、水を満たす。


 押す囚人は四人。


 看守は前後に一人ずつ。


「一度でどの程度運べる?」


「桶で三往復ほどした量に近いです」


「なら、水運びの囚人も半分で済むな」


「看守も四名から二名にできます」


 最初から答えを教えたわけではない。


 グラッド自身が人数を数えて、減らせるところまで出した。


「この方法で今日一日試す。樽の中は毎朝確認して、飲み水以外には使わせない」


「承知しました」


 まず看守二人分。


     ◇


 次は北壁へ向かった。


 ノエラたちは、塞がれていた排水経路の修復を続けている。


 作業する囚人は十一人。


 それに看守が五人付いていた。


「五人も必要か?」


「通常配置四名に、休憩交代用として一名増やしています」


 出入口は一つ。


 工具は番号を付け、貸し出した物と返却した物を毎回照合している。


「ノエラ。作業班の人間が、勝手に区域を離れることはあるか?」


「ありません。持ち場を離れれば作業そのものが止まります」


「工具の持ち出しは?」


「北壁では一度もありません」


 グラッドも周囲を見た。


「出入口に一名、区域内に二名いれば足ります。交代要員は近くの別業務へ回し、休憩時だけ入れ替えましょう」


「それで安全を落とさない?」


「工具管理と出入口管理は維持できます」


「なら任せる」


 さらに二人分。


 細かい配置まで、俺が一人で決める必要はない。


     ◇


 臨時療養室には、患者が二十七人まで減っていた。


 入口には看守が二人いる。


「この中で暴れた患者は?」


「おりません」


 ラッセルが答える。


「特に危険性の高い者も?」


「現在はいません。それに入口は一ヶ所で、窓には格子があります。廊下の通常巡回も通ります」


 そこまで聞いたところで、ラッセルが先に言った。


「常駐は一人で足ります。何かあれば巡回を呼べますので」


 グラッドが頷く。


「では一名減らします」


 これで五人。


     ◇


 申立て受付には、看守が三人座っていた。


 一人が申立書を受け取り、一人が内容を読み、もう一人が台帳へ名前を書いている。


「今日は何件来た?」


「朝から十二件です」


「昨日は百人を超えたが、今日はもう列もない。一人で受け付けられないか?」


 三人が顔を見合わせる。


 昨日は受付を開いた直後で、囚人が一斉に押し寄せた。


 だが今は、各棟で申し出を預かってから上げる方式に変えている。


「受付は一人。午前と午後で担当を交代させよう。死亡、重傷、現在の危険に関わるものだけ、その場でグラッドへ回す」


「残り二名は通常勤務へ戻します」


「頼む」


 これで七人。


     ◇


 最後に引っかかったのは巡回だった。


 北棟と作業区の境にある廊下を歩いていると、さっきすれ違ったばかりなのに、また看守二人が向こうから来た。


「さっきの巡回とは別か?」


「先ほどは北棟班です。こちらは作業区班になります」


「同じ廊下を通る理由は?」


「この先に作業室があったためです」


「あった?」


 グラッドが一瞬止まる。


「……三年前に閉鎖されています」


 閉鎖した部屋を、いまだに二つの班が別々に見回っていた。


 巡回図を広げる。


「北棟班の経路をここまで延ばせば、作業区班はこの廊下へ入らなくて済みます」


「警備の空白は?」


「生じません。むしろ十五分ほどの間隔で重複している部分を一つにするだけです」


「それなら変えよう」


 さらに一人。


 日中配置は五十三人から四十五人まで減った。


 通常時の四十一人にはまだ戻らない。


 それでも、第三井戸停止、北壁作業、療養室、申立て受付まで抱えた状態で八人を浮かせられた。


 警備場所を消したわけではない。


 同じ仕事を二重にやっていた部分や、やり方そのものを変えただけだ。


     ◇


 昼過ぎ。


 執務室へ戻り、勤務表を組み直す。


「浮いた八人を、別の新しい仕事へ回すのは無しだ」


 グラッドが頷いた。


「昨日まで長時間勤務だった者から休ませます」


 ガイラスが集計表を出す。


「十六時間以上勤務していた十一名のうち、今日は七名を外せます。残る四名も明日の午後までには非番へ入れられるでしょう」


「エドは勤務表から外したままにしてくれ」


「ラッセルの許可が出るまで戻しません」


「それと夜勤明けを、そのまま午前勤務へ入れるのも止めたい」


 ガイラスが言う。


「例外は必要でしょうが、常態化させるべきではありませんな」


「火事や脱獄みたいな緊急時は別だ。でも『人が足りない』だけでは緊急扱いにしない」


「承知しました」


 一人休ませた結果、別の一人を二十時間働かせる。


 そんな勤務表を組んでいたら、次に倒れる人間を選んでいるだけだ。


「夜間配置は?」


「今夜一度、新しい巡回経路で試します」


 グラッドが答える。


「脱走、喧嘩、工具紛失、点呼時間に問題がないか確認してから正式に変更します」


「それがいい」


 紙の上で八人減ったから成功、ではない。


 警備が機能して初めて意味がある。


     ◇


 午後には、水運び用の荷車も実際に動かした。


 囚人四人が大樽二つを積んだ荷車を押し、看守二人が前後を歩く。


 中央井戸から南棟まで問題なく到着した。


「所要時間は?」


「桶で同じ量を三往復するより短いです」


「途中で蓋や封札に異常は?」


「ありません」


 これなら使える。


 大発明でも何でもない。


 石を運んでいた荷車へ、水樽を載せただけだ。


 それでも毎日繰り返す仕事なら、少しの違いが人員を大きく変える。


「所長」


 採石場の方からハロルが来た。


「ドルガンの件で報告があります」


「問題を起こしたのか?」


「逆です。危険な岩盤を見つけました」


 昨日からドルガンは主任権限を停止したまま、ハロルの下で採石場へ戻している。


 武器なし。


 囚人への直接命令なし。


 触れることも禁止。


 現場で気づいた危険だけを、責任者であるハロルへ報告させる形だ。


「上部の岩に細い亀裂があると、ドルガンから報告がありました。私では判断できなかったので、ドニにも確認してもらっています」


「結果は?」


「作業を続ければ崩れる可能性がある、と。すぐにその区画を閉じました」


「怪我人は?」


「いません」


「なら、判断は正しかったな」


 ハロルが少し笑う。


「ドルガンも、閉鎖に文句は言いませんでした」


「直接囚人へ指示は?」


「していません。私へ報告しただけです」


 それでいい。


 過去の五人の死亡については、まだ調べる。


 主任へ戻す話でもない。


 ただ、長年採石場を見てきた経験まで全部捨てる必要はなかった。


「危険を見つけた件は記録に残しておいてくれ。助言役として正しく仕事をしたなら、それも事実だからな」


「承知しました」


     ◇


 夕方、もう一度医務室へ寄った。


 エドは眠っている。


「起こさないでください」


 ラッセルが声を落とす。


「起こす気はないよ」


「昼に食事を取ってから、ずっと眠っています。明日の朝までは休ませます」


「任せる」


 帰ろうとすると、ラッセルが呼び止めた。


「所長。看守の勤務を見直すのであれば、医務側についても相談があります」


「医務でも無理が出ているのか?」


「第三井戸の件から、夜間に呼ばれる回数がかなり増えました」


「昨日はどの程度眠れた?」


「五時間ほどです」


「十分とは言えないな」


「エドよりは眠っております」


「倒れた人間を基準にするな」


 ラッセルが苦笑した。


「簡単な傷の処置なら看守二名ができます。それと薬草庫の整理なら、薬草採りをしていた女囚が一名おります」


「医療経験は?」


「ありません。ですが、薬草の種類を見分け、乾燥させることはできます」


「なら薬草庫だけ任せよう。診察まではさせない」


「助かります」


「夜間にお前を起こす基準も決めよう。翌朝まで待てる擦り傷まで全部呼ばれてたら休めない」


「高熱、大量出血、骨折の疑い、意識障害などに絞ります。それ以外は看守が一次確認し、急変があれば呼ぶ形で」


「それで頼む」


 仕事を減らす必要があるのは、看守だけではなかったらしい。


     ◇


 翌朝。


 グラッドが新しい勤務表を持ってきた。


「昨夜、新しい巡回配置を試しました」


「支障は出たか?」


「脱走なし。大きな喧嘩なし。工具紛失なし。全棟の点呼も予定時間内に終了しております」


「休ませる予定だった看守は?」


「長時間勤務になっていた十一名のうち、七名は昨日から休養。残る四名も本日午後から非番です」


「エドは?」


「医務係の許可が出るまで勤務へ戻しません」


 日中配置は四十五人。


 夜間の警備にも、今のところ問題なし。


 急病人や大規模な騒ぎが起きれば、もちろん予定通りにはいかない。


 それでも、看守一人が倒れただけで三百人近い南棟の点呼担当が消える状態からは抜け出せそうだった。


「この配置を基本にしよう。毎週一度、勤務時間の偏りも確認してくれ」


「承知しました」


「それと、昔から続けている仕事で、理由を説明できないものを一度洗い出そう」


「廃止するのですか?」


「必要なら残す。ただ、『昔からそうしてる』以外に理由がないなら、今の黒塔に必要か考え直す」


 グラッドが頷いたところで、扉が叩かれた。


「所長。ベルガ商会から使者が来ております」


「用件は?」


「書状を預かっています」


 受け取って読む。


 黒塔が近隣の村から豆や芋を独自に買い付けている件について、契約内容を確認したい。


 さらに次回以降の小麦納入について、価格と条件を改めて協議したいという。


「予定されていた小麦は、もう届いてるよな」


「昨日到着しております」


 グラッドが答える。


「数量は?」


「百袋。今回は私と別の看守で袋数を確認し、中身も抜き取りで調べました。帳簿との差はありません」


 なら、今ある食料を人質に取られたわけではない。


 書状は、その次の取引についての話だ。


「豆と芋はベルガとの契約品じゃなかったはずだ」


 ガイラスを見る。


「その通りです」


「それなのに確認したい、と」


「商人にも商人の都合があるのでしょう」


 ガイラスはすでに契約書を持っていた。


「準備が早いな」


「ベルガ商会と聞こえましたので」


「一緒に来てくれるか?」


「そのつもりです」


 北壁の工事を手配したのもベルガ商会。


 食料の短納品にも、商会側の人間が関わっていた。


 だからといって、今回の書状まで不正だと決める理由にはならない。


 必要なのは疑うことではなく、契約書と帳簿を持って話を聞くことだ。


「使者はどこに?」


「応接室で待っております」


「分かった。行こう」


 看守の仕事を整理した次は、商人との話し合いか。


 黒塔は一つ直すと、別のところから次の問題が顔を出す。


 それでも今回は、倒れる寸前の看守を無理に立たせてから向かう必要はなかった。


第8話━改訂版了


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YouTubeショート動画作ってみました。

https://youtube.com/shorts/_zEBpYRUMc4?si=9bu0xxStFm2Bo5Z8

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