↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
67/68

第67話 俺の分まで、運ばなくていい

 ダレンは、開いた房の戸を見ても、すぐには立ち上がらなかった。


 膝の上で指を擦り、廊下に立つ看守の顔を確かめている。七日間の処分は、今朝で終わっていた。


「俺だけ先に戻ると、ロイドに何か言われそうで。あいつも、そのうち出てきますよね」


「十四日の処分中だ。その後のことで気になる話があるなら、今のうちに聞いておく」


 看守は戸を開けたまま待ったが、ダレンは首を振った。


 寝台の脇には、房内作業で整理した麻縄が積まれている。看守が数を確かめる間、ダレンは薄い寝具を畳み、角を揃えようとして二度やり直した。


 廊下の端から見ていた俺に気づくと、手が止まった。


「今日から、元の仕事へ戻れるんでしょうか。外の倉庫が終わったことは聞きましたけど、他まで外されたままだと、房にいるのと変わらないので」


「採石場で、手運びの班に入る予定だ。ただし、ハロルが体調と持ち場を確かめてからになる」


「重い方で構いません。休んだ分は働きますから」


 寝具を受け取ろうとした看守が、ダレンの顔を見た。


「休んでいた扱いにはしていない。ここでも作業はしていただろう。七日分を、今日一日で取り戻す必要はない」


 ダレンは口を閉じ、畳んだ寝具を差し出した。


 受け取ったのは、門前でロイドを止めた看守の一人だった。あの時は、押された囚人がよろめく横から、拘束に加わっている。


 今は声を荒らげず、持ち物を一つずつ確かめた。


     ◇


 ダレンを次の担当へ引き継いだ後、俺はその看守を呼び止めた。


「今朝の扱いで、困った点はあったか。現場で無理に飲み込んだことがあるなら、聞いておきたい」


 男は空いた房へ目をやり、鍵を腰の輪へ戻した。


「七日でよかったのかとは、思っています。あの時、名が違うと分からないまま通していたら、外で二人を捜すことになっていたかもしれません」


「そうだな。ダレンが自分で名を貸した責任は重い」


「ただ、決まった処分を、私が気に入らないから延ばすわけにもいきません。出す日が来たので、出しました」


 そこまで言って、男は俺を見た。


「仕事へ戻した途端に、もう安心だという扱いにされる方が困ります。顔と名の確認は続けますし、外へ出す候補には、すぐ戻してほしくありません」


「外部作業の禁止は続いている。七日が終わったことだけで、その判断を変えるつもりはない。内側の作業も、実際の行動を見ながらだ」


「それなら、引き継ぎに書けます。七日の罰は終わり、別に続いている制限はこれだ、と。担当ごとに言うことが違うと、本人も周りも、誰なら押せるか探しますから」


 男は手帳を開き、引き継ぎの箇所へ短く書き足した。


 俺が言わせる前に、必要な区別を自分でつけていた。ダレンを好きになったわけでも、違反を軽く見ているわけでもない。


「門で止めてくれたことも、今朝きちんと出してくれたことも、両方助かっている」


「出す方は、毎日の仕事です。止める方も、できれば毎日の確認で済ませたいですが」


 乾いた声に、俺は頷いた。


 少し前なら、あの房の戸を開ける日に、もう一発殴っておく看守がいてもおかしくなかった。今は不満を持ったまま、それを相手へぶつけず、記録に残す男がいる。


 そちらの変化を、囚人の態度ばかり見て見落とすわけにはいかなかった。


     ◇


 採石場には、湿った石粉の匂いが溜まっていた。


 夜の雨は止んでいたが、運搬路の窪みには濁った水が残っている。槌の音は奥で続き、切り出した石の脇を、空の担架を持った二人組が通った。


 ハロルはダレンを作業台の横に立たせ、手と足を動かさせていた。


「腕を上げた時に痛む所はないな。しばらく房内の仕事だったから、今日は運ぶ距離を短くする。吊り上げの所へは入れない」


「持てます。前も、この辺りで運んでいましたから」


「持てるかどうかは、これから見る。まず空の担架で道を確かめろ」


 ハロルが相手役を呼ぶと、近くの男が露骨に顔をしかめた。


「そいつと組むのは、勘弁してください。名前を取り替えるような奴と一緒にいたら、俺まで疑われる」


 ダレンの肩が下がった。


 ハロルは男を睨みつけず、手にしていた札を見た。


「お前は水桶の方へ回れ。疑われるのが嫌だからと、確かめていない話を広げるなよ」


「分かってますよ。俺は、自分の刑期だけで十分なんで」


 男は桶を持って離れた。ダレンへ聞こえる声だったが、看守は追って説教を始めず、水場までの動きを目で追った。


 ハロルは別の男を呼んだ。


 ケランだった。


「短い方を二往復、空で歩く。足元と、相手が止まった時の扱いを見てくれ」


「石を載せる前なら、構いません。急に手を放すなよ。俺の指まで挟まれたら、割に合わない」


 ダレンは頷き、担架の後ろへ回った。


 相手を選べるほど、囚人の人数にも持ち場にも余裕があるわけではない。一方で、嫌だと言った者を押しつけ合う班にして、石を運ばせるのも危ない。


 ハロルは残った者の組み合わせを見直し、看守へ見える位置の往復路を指した。ダレン一人のために、持ち場全体を止めることはしなかった。


 空の担架が地面を離れた。


 二人は歩き始めたが、三歩ほどでダレンの側が先へ出た。


「後ろから押すな。俺の歩幅まで、お前が決めるなよ」


「合わせます。すみません」


「謝るより、声をかけてくれ。止まるなら止まると言えば、こっちも足を止められる」


 ケランは一度担架を下ろし、持ち直す位置を指で示した。


 そのやり取りを、少し離れた所でドルガンが見ていた。


 腰に武器はなく、ハロルの指示を待ちながら、運搬路に置く石の形を確かめている。


 ダレンが顔を向けた。


「監督、俺はもっと前を持った方が――」


「今の監督は、あいつだろうが。俺に聞いたって、配置は変わらねえよ」


 ドルガンは顎でハロルを示し、石へ目を戻した。


 口調は以前のままでも、誰が指示を出すかは、本人も分かっていた。


     ◇


 石を載せた最初の往復は、無事に終わった。


 荷は軽めにしてある。それでも、ダレンは下ろした後に息を整え、掌を衣服で拭いた。


 二度目へ向かう前、ケランの持ち場の脇に、小さな石が幾つか残っていた。


 別の班が積み直すために寄せた物だったが、ダレンはそれを自分の担架へ載せようとした。


「それも運びます。俺の方へ寄せてくれれば、一緒に」


 ケランが片手を上げた。


「載せる量は、ハロルが決めた分だ。ついでに増やして、途中で下ろす方が面倒になる」


「でも、さっき組んでもらったから。そのくらいは」


「俺の分まで運ばなくていい。お前に貸しを作るために、担架を持ったわけじゃないんでな」


 ダレンの手が止まった。


 ケランは担架の柄を握り、湿り具合を確かめた。


「班を替えろと揉めていれば、俺の作業も遅れる。それより、普通に二人で運んで終わらせたい。分かったら、決めた石だけ持ってきてくれ」


 ダレンは持ち上げかけた石を戻した。


 その置き場が運搬路へ張り出しかけ、ドルガンの声が飛んだ。


「足元、そこへ置くと蹴るぞ。今、人が通ってる」


 ダレンが手を止めた所を、別の二人組が荷を持って通り過ぎた。ハロルが寄ってきて、路外の置き場を指した。


「戻すなら、あの囲いの中だ。迷ったら、荷を持ってから考えるな。先に聞け」


「はい。……手を空けたら、何かしないといけない気がして」


 ハロルは一度、俺へ視線を向けた。


 俺が口を挟まないでいると、ダレンへ向き直った。


「お前に頼んだのは、相手と合わせて石を運ぶことだ。それをやってくれれば、今は足りる」


 ダレンは石を戻し、ケランの所へ歩いた。


 今度は柄を持つ前に、行くぞと声をかけた。ケランが頷いてから、二人で荷を上げる。


 それで貸し借りの癖が消えたとも、誰かに頼まれた時に断れるようになったとも思わない。さっきのように、役に立とうとして余計な荷を増やすこともある。


 ハロルは二人が下ろし場へ着くまで見届けると、次の班の方へ歩いていった。


     ◇


 昼過ぎ、ロイドの房へ行くと、男は整理途中の麻縄から顔を上げた。


「ダレンは戻ったんでしょう。あいつが何を喋ったかは知りませんが、俺だけが全部考えたことにされてるなら、話が違いますよ」


「お前が言ったことも、ダレンが言ったことも、分けて残している。食い違った部分を、無理に一つにしたわけでもない」


「だったら、あいつが自分で名を貸したのも分かってるはずだ。俺は、前に手を貸した分を返してもらっただけで」


 ロイドは縄を引き、絡まった所を解いた。


「石を運ぶ時に、あいつの分まで手伝ってやったんです。知らない仲じゃない。外で働きたかったから、頼んだだけでしょう」


「その手伝いをしたから、名を借りて門を通る権利ができたとは扱えん。お前は実際に違う名を名乗り、止められた後には人を押した。その行動に対して処分している」


「働けるかどうか、見てもいないくせに」


「ここでも見ている。縄の数、作業の進み方、声をかけた時の対応まで記録に残る。外へ出さなければ、何も判断できないわけではない」


 ロイドは不満そうに鼻を鳴らした。


 食事を減らされず、水も渡され、寝具もある。それを理由に、本人が処分を軽く受け止めている可能性はある。


 だからといって、腹を減らさせれば考えが変わるとも思わなかった。


「終わったら、人手が欲しくなる時もあるでしょう。俺なら、あいつより運べますよ」


「人を選ぶ時には、運べる量以外も見る。お前の外部作業禁止は、十四日が終われば自動で解ける扱いにはしていない」


 ロイドの手が止まった。


 俺は担当の看守へ、同じ説明を引き継ぐよう頼んだ。処分中の作業をすることと、外へ出す判断を、取引にはさせなかった。


 房を離れる時、背後で縄が作業台を擦る音がした。


 反省した言葉は、最後まで出なかった。


     ◇


 夕方、採石場から戻る列の脇で、ダレンが俺を見つけた。


 看守が立ち止まる場所を示すと、列から少し離れ、両手を腹の前へ揃えた。袖には白い石粉がつき、朝より顔に汗の跡が増えている。


「ケランには、俺から礼を言いました。礼くらいなら、いいと思ったので」


「本人が嫌がらなければ、構わん。今日の作業は、ハロルからも報告を聞く」


「最初に断った奴のことは、悪く言わないでください。俺も、誰かが自分の名を使おうとしたら、近くにいたくないと思うんで」


 そこまで言って、ダレンは列の方を見た。


 ケランは前の男と何か話していた。笑っているわけでも、こちらを気にしているわけでもない。


「ただ、ロイドが戻ってきたら、借りはまだ返してないと言われるかもしれません。前のことを持ち出されると、俺も、そうかもしれないと思ってしまう」


「借りがあると言われたら、何を返せと言われたかも含めて看守へ話せ。頼みを受ける前で構わん」


「断っただけで、同じ房に戻るのが怖い時もあるでしょう。言った後に何も変わらないなら、黙って引き受ける方が、その場は済みます」


 俺は、隣にいる看守を見た。


 男は手帳を開いたが、書く前にダレンへ顔を向けた。


「今の心配は、引き継いでおく。戻す房と作業の組み合わせは確認する。ただ、何も起きていない段階で、相手をずっと別の房へ置くとまでは約束できない」


「ずっとでなくていいです。あいつが出る日に、何も知らない人だけになるのは、困るので」


「その日には、こちらからも様子を聞く。今日みたいに、話す時間を作る」


 ダレンは、ようやく手を下ろした。


 俺は看守に、処分終了日の引き継ぎへ今の話を残すよう頼んだ。噂を広げず、見ておくべき相手と場面を、担当者が分かるようにする。


 ダレンが列へ戻ると、収容棟の入り口で名前の確認が始まった。


 看守は帳面だけに目を落とさず、答えた者の顔を見て通していく。ダレンの番になると、本人は名を呼ばれる前に一歩出かけ、足を止めた。


「ダレン」


「はい、ここにいます」


 看守が顔と帳面を確かめ、通るよう手で示した。


 ダレンは誰かの後ろへ紛れ込まず、自分の番で戸口を越えた。夕食の匂いが漂う廊下へ進むと、前を歩く男との間を空け、そのまま列についていった。




──────────────────

YouTubeショート動画作ってみました。

https://youtube.com/shorts/_zEBpYRUMc4?si=9bu0xxStFm2Bo5Z8

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。