↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
51/69

第51話 ギルだけを、守るな

 ギル・ダーナが報告したことは、こちらから誰にも話していない。


 それでも、三日も経たずに噂は広がった。


「採石場で二人、ギルに絡んでいます」


 昼前、ハロルから連絡を受けた。


「殴り合いか」


「まだです。ただ、作業を止めて囲んでいます」


「看守は?」


「近くに二名。ハロルが間へ入っています」


 机から立つ。


 グラッドも一緒に来た。


「漏れましたか」


「分からん。ガドルたちが急に処分されて、その前にギルと言い争っていた。そこまで見ていれば推測はできる」


「油布を準備した本人も、ギルが断ったことを知っています」


「あいつから広がった可能性もあるな」


 誰が喋ったかを探しても、今さら噂までは回収できない。


 問題は、その先だ。


     ◇


 採石場へ着くと、槌の音が普段より少なかった。


 作業そのものは続いている。


 ただ、何人もの囚人が手元を動かしながら横目で同じ場所を見ていた。


 白い石粉が風に舞う中、ギルと男二人が三歩ほど離れて向かい合っている。


 間にはハロル。


 左右に看守。


 ドルガンは少し遠くで腕を組んでいた。


 昔なら最初に殴りに行きそうな男が、今は動いていない。


「監獄長」


 ハロルがこちらへ気づく。


「状況は?」


「二人がギルへ、ガドルの件を誰に話したのか聞いていました」


「脅したか」


「そこを確認しているところです」


 二人のうち、背の高い男が口を開く。


「脅してねえよ。ただ聞いただけだ」


「二人で囲んで?」


「囲んでねえ。話してただけだ」


 ギルが鼻を鳴らした。


「俺が右へ動いたら右へ来て、左へ動いたら左へ来るのを、この監獄では話って言うのか」


「逃げるからだろ」


「お前らから離れようとしたんだよ」


 男が一歩出る。


 ハロルの腕がすぐ間へ入った。


「距離を取れ」


 怒鳴らない。


 男は舌打ちしたが、下がった。


「ギル」


 俺が呼ぶ。


「はい」


「何を言われた」


「ガドルを売ったのはお前か、って」


「それだけ?」


 ギルが少し考える。


「『次も同じことをしたら、ずっと守ってもらえると思うな』とも」


 周囲の空気が変わった。


「言ったか」


 背の高い男は黙った。


 もう一人が代わりに答える。


「俺じゃない」


「お前には聞いていない」


 背の高い男は地面を見た。


「……言った」


「どういう意味だ」


「そのままだよ」


「報告した人間への報復を示した?」


「殴るなんて言ってない」


「なら何をするつもりだった」


 返事がない。


 ここで都合よく解釈はしない。


 ただし、


《殴るとは言っていない》


 だけで無かったことにもできない。


     ◇


「二人とも、今日はこの作業から外す」


「懲罰房かよ」


「まだ決めていない。別々に話を聞く」


 背の高い男がギルを見る。


「やっぱり特別扱いじゃねえか」


 ギルの顔が険しくなった。


 俺が先に答える。


「違う」


「じゃあ何で俺らが外される」


「作業中に二人で一人を止め、報告行為に関係する可能性のある発言をした。作業を続けさせたまま確認する方がおかしい」


「ギルは?」


「残す」


「ほら」


「ギルは今のところ、作業を止めさせた側ではない」


 男が何か言い返そうとした。


「もしギルが先に手を出していた、脅していたという事実が出れば、そちらも扱う」


 そこで口が閉じた。


「看守。別々に連れていってくれ」


 二人は抵抗しなかった。


 鉄の道具には触れさせず、そのまま管理棟側へ送る。


 周囲で見ていた囚人たちも、少しずつ仕事へ戻った。


 槌の音が一つ。


 続いてもう一つ響く。


 ただ、ギルだけはまだ立っていた。


「監獄長」


「何だ」


「俺、別の仕事へ移されます?」


「希望するのか」


「しません」


 即答だった。


「なら、今は変えない」


「でも危ないって判断したら?」


「その時は考える」


 ギルが嫌そうな顔をする。


「目立つんですよ。俺だけ急に移されたら」


「分かっている」


「看守を一人付けられても同じです」


「ああ」


「じゃあ、どうするんです」


「お前だけを守らない」


 ギルが眉を寄せた。


「それ、守らないって意味じゃないですよね」


「違う」


     ◇


 採石場の脇にある日陰へ移った。


 ハロルとグラッドも一緒だ。


「ギルに専属の看守を付ければ、誰が報告したかこちらから発表するようなものだ」


「もう大体バレてますけどね」


「推測と、監獄側のお墨付きは違う」


 ギルは黙って聞いている。


「だから、ギル一人を特別に囲わない。代わりに、報復が起きやすい場所を詰める」


「例えば?」


 ハロルが尋ねた。


「作業開始前後。食堂への移動。水場。便所。看守の目が切れやすいところだ」


「巡回を増やしますか」


「ギルのためだとは言わない。今の採石場全体の巡回を見直す」


 ハロルが周囲を見る。


「それならできます。石材置き場の裏が少し死角です」


「そこも頼む」


「ただ、監獄長」


 グラッドが口を挟んだ。


「ガドルが懲罰区画から戻った後は、同じ作業班には置かない方がいいでしょう」


「俺もそう思う」


 ギルが不満そうにこちらを見る。


「俺が残って、あいつが移る?」


「今回の件だけで決める話ではない。元々、ガドルはお前と衝突している」


 以前、報告者への報復を主導した男でもある。


「同じ班へ戻して、何か起きるまで待つ意味はない」


「それなら……まあ」


「ただし、お前の希望でガドルの仕事を選ぶわけでもない」


「そこまで頼みませんよ」


 ギルが石粉のついた髪を掻いた。


「俺、報告しただけなんですけどね」


「分かっている」


「段々面倒になってきたな」


「報告したら人生が楽になる制度ではない」


「知ってます」


 それでも少し笑った。


     ◇


 管理棟へ戻ると、先ほどの二人から別々に話を聞いた。


 結論から言えば、殴る計画まではなかった。


 少なくとも確認できない。


 背の高い男はガドルと同じ房だった時期があり、


《ギルが喋ったせいでガドルがやられた》


 という話を別の囚人から聞いた。


 それで問い詰めに行った。


 もう一人は付き添っただけだと話す。


「『ずっと守ってもらえると思うな』というのは?」


 グラッドが聞く。


 男が椅子の上で身体をずらした。


「腹が立って言った」


「何をするつもりだった」


「何もしねえよ」


「では、何を意味する言葉だった?」


 しばらく黙る。


「……怖がらせたかっただけだ」


「それは脅しでは?」


「殴るとは言ってない」


 同じところへ戻る。


 俺は机の横で話を聞いていた。


「殴ると言わなければ何を言ってもいい、という扱いにはしない」


 男がこちらを見る。


「じゃあ懲罰房か」


「お前はな」


 もう一人が顔を上げた。


「俺も?」


「お前については別に判断する」


 背の高い男には、報告行為を理由とした威圧。


 もう一人は一緒に囲んだ事実はあるが、発言も直接の脅しも確認できていない。


「二人まとめて同じ処分にはしない」


「またそれか」


 背の高い男が吐き捨てる。


「何がだ」


「一人ずつ細かく見るやつ」


「不満か」


「昔ならまとめて殴られて終わってた」


「戻したいなら別の監獄長を探してくれ」


「探せるならな」


 男は苦笑した。


 少なくとも殴り掛かってはこなかった。


     ◇


 午後、ケランに呼び止められた。


 食堂へ向かう列を待っているところだった。


 以前から申立てや報告に関わってきた、四十代の囚人だ。


「監獄長」


「何だ」


「ギルのことです」


「何か見たのか」


「いえ。逆です」


「逆?」


 ケランが前の列を見る。


 ギルは少し先にいる。


「皆、見てます」


「知っている」


「ガドルの件を喋ったのがあいつだと思ってる奴は多い」


「そうだろうな」


「ただ、全員が怒ってるわけじゃありませんよ」


 その言い方が気になった。


「どういうことだ」


「火を出して逃げようとしてたんでしょう?」


「確認できた範囲ではな」


「それでまた火事になってたら、迷惑するのはガドルたちだけじゃない」


 列が少し進む。


 ケランも一歩前へ動いた。


「この前の火事で夜中に叩き起こされて、煙吸って、作業棟で寝た奴らがいる。次はもっと酷くなるかもしれない。そう思ってる奴もいます」


「ギルを庇う?」


「そこまで立派じゃないです」


 ケランが笑う。


「『密告野郎』って言う奴もいるし、『余計なことしやがって』と思ってる奴もいる。でも、『火をつける方が悪いだろ』って言う奴もいる。それだけです」


 白黒ではない。


 その方が自然だった。


「お前は?」


「俺?」


「どう思っている」


 ケランは少し考えた。


「報告した奴を殴ったら、次から誰も言わなくなる。それは俺が困ります」


「なぜお前が困る」


「隣の房で刃物隠してる奴がいても、誰も言わなくなるでしょう」


 そういう男だった。


「自分が善人だからじゃない?」


「勘弁してくださいよ」


 顔をしかめる。


「俺は自分が刺されたくないだけです」


「十分だ」


 列が動く。


 ケランは最後に、


「だからギルを英雄みたいに扱わないでください」


 と言った。


「そのつもりはない」


「ならいいです」


     ◇


 夕食時、ギルの周囲だけ席が空くかと思っていた。


 実際には、そこまで露骨ではなかった。


 最初に一人が座る。


 次に別の男。


 最後にケランが空いていた場所へ腰を下ろした。


 ギルが嫌そうな顔をする。


「何だよ」


「席がここしか空いてない」


「ほかにもあるだろ」


「遠い」


「俺の隣は近いのか」


「煮込みが冷める」


 ケランはそれ以上話さず、木匙を取った。


 ギルも少ししてパンを千切る。


 向かいの男は二人をちらちら見ていたが、口を挟まなかった。


 しばらくして、ケランが煮込みを一口食べる。


「今日、豆多くないか」


「知らねえよ」


「厨房に報告してこい」


「自分で行け」


「お前、報告得意だろ」


 ギルの匙が止まった。


 近くの看守も身体を僅かに固くする。


 ケランは平然と食べている。


「……殴られたいのか」


 ギルが低い声で言った。


「報復は禁止されてる」


「そういう使い方する制度じゃねえ」


「知ってる」


 ケランの口元が少しだけ動いた。


 ギルも数秒耐えた後、鼻で笑う。


「豆くらい食え」


「食ってるよ」


 それで終わった。


 周囲の空気も、少しだけ緩んだ。


     ◇


 夜、グラッドから最終報告を受けた。


 採石場でギルを威圧した男には、規律違反として処分を決めた。


 同行したもう一人は、正式な警告と記録。


 同じ扱いにはしない。


「ギルについては、明日も通常配置です」


「そのままでいい」


「本人への専属警備なし。採石場全体の巡回経路だけ変更しました」


「食堂と水場は?」


「通常の看守配置で死角を確認しています。特定の一人だけ追う形にはしていません」


「それで進めよう」


 グラッドが書類を閉じる。


「報告者を守る、というのは難しいですね」


「目立って守れば報告者だと教える。何もしなければ報復される」


「報酬を付けても、別の問題が出る」


「ああ」


 嘘の報告。


 他人を落とすための密告。


 見返り目当ての情報。


 やり過ぎれば、すぐ別の制度になる。


「だから、報告したことそのものを特別扱いしない」


「ただし、報復は止める」


「そういうことだ」


     ◇


 夜番へ交代した後、採石場から戻った囚人たちの棟を通った。


 ギルの房の前も通る。


 本人は寝台へ腰掛け、靴の紐を結び直していた。


「監獄長」


「何だ」


「今日の二人、どうなりました」


「必要な処分をした」


「俺のため?」


「違う」


 ギルがこちらを見る。


「報告した奴を脅したからだ。お前が相手でなくても同じ扱いにする」


「そうですか」


「不満か」


「逆です」


 靴を床へ置く。


「その方が楽です」


「何が」


「俺だけ守られてるってなる方が、たぶん面倒なんで」


 昼間と同じ答えだった。


「なら、明日も採石場へ行け」


「分かってますよ」


「嫌なら配置変更の申出はできる」


「出しません」


 即答。


「俺、石運びが好きなわけじゃないですけど」


「知っている」


「逃げる場所を探してるわけでもない」


「それは今後も見ておく」


「そこは信用してくれないんだな」


「前科がある」


「ここ、全員前科ありますよ」


 それはそうだった。


 俺は少し笑う。


「お前の場合、黒塔に入ってからも一度やっている」


「……それを言われると弱いな」


「寝ろ」


「はい」


 歩き出す。


 後ろでギルが毛布を広げる音がした。


 報告した者を英雄にはしない。


 密告者として差し出すこともしない。


 ただ、報告したせいで殴られる監獄には戻さない。


 その程度の線を守るだけでも、黒塔では十分に仕事になった。

YouTubeショート動画作ってみました。

https://youtube.com/shorts/_zEBpYRUMc4?si=9bu0xxStFm2Bo5Z8

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。