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第47話 大脱獄の中心人物を、正門から出す

 王都から届いた命令書には、アルヴァン・ギレスを黒塔から移せと書かれていた。


 朝一番にグラッドが持ってきた封筒には、王都軍法部と監察局の印が並んでいる。


 封蝋を割り、二人で最初から最後まで確認した。


「再審理のため、身柄を王都へ移送……か」


「はい。三日後、軍法部付の護送隊が迎えに来ます」


 以前にもアルヴァンの移送命令は来た。


 だが、あれは死刑執行停止より前に発行された古い命令で、その後の王都指示と食い違っていた。


 今度は違う。


 発行日は新しい。


 再審理決定後。


 死刑執行停止を維持したまま、本人を王都へ移して審理に出すと明記されている。


「護送中の拘束条件は?」


「高警戒対象として手枷、足枷を継続。馬車移動中も常時監視。食事と医務については通常の護送規定に従う、と」


「黒塔から引き渡した後は、王都側の責任だな」


「はい」


 俺は文面をもう一度読む。


 間違いない。


 アルヴァンが黒塔からいなくなる。


 ゲームの中では、百日後の大脱獄を組み立てる中心人物だった男が。


「所長?」


 グラッドがこちらを見ている。


「何でもない。本人に伝える」


     ◇


 高警戒区画は、昼でも冷えていた。


 石壁が厚く、窓も小さい。


 足音が廊下の奥まで硬く響く。


 アルヴァンは房の中で王都から届いた再審理通知の写しを読んでいた。


「追加の命令が来た」


 格子越しに声を掛ける。


 紙から顔が上がる。


「今度は何だ」


「王都への移送だ」


 アルヴァンの目が僅かに細くなった。


「いつ」


「三日後」


「理由は」


「再審理を王都で行うためだ。軍法部付の護送隊が来る」


 アルヴァンは立ち上がらなかった。


「死刑執行のためではない?」


「文書上は違う。執行停止継続も改めて書かれている」


「見せてもらえるか」


「写しを作る」


 原本を房へ入れることはしない。


 アルヴァンもそこは分かっている。


「三人の件はどうなる」


 バルト、ヘルム、ルース。


 やはり最初にそこを聞いた。


「お前の再審理とは別件として王都側が調査を続ける。移送命令にも、黒塔での処遇調査とは切り離すと書いてある」


「俺が王都へ行けば終わり、ではないんだな」


「少なくとも命令書にはそう書いてある」


「ならいい」


 アルヴァンが紙を膝へ置く。


「三日後か」


「ああ」


「随分急だな」


「逃亡の準備でもするのか」


「三日前に予定を教えられて逃げられるなら、とっくにやっている」


「それもそうだ」


 少し間が空いた。


 アルヴァンがこちらを見る。


「俺がいなくなれば、あんたは楽になるか」


「警備上はな」


 即答した。


「元騎士団長で、死刑判決が残っている高警戒囚だ。六人警備が必要な人間が一人減れば、その分は楽になる」


「随分正直だ」


「寂しいと言ってほしかったか」


「気色悪いからやめろ」


「同感だ」


 アルヴァンは鼻で短く笑った。


 ただし、その目にはまだ警戒が残っている。


 ここまで来ても、俺たちは友人ではない。


 その方が自然だった。


     ◇


 三日間で準備したものは多くない。


 本人の収容記録。


 現在の処遇。


 医務記録の写し。


 死刑執行停止命令。


 再審理決定書。


 今回の移送命令。


 それから、黒塔で預かっている本人の私物一覧。


「原本は?」


 グラッドが確認する。


「黒塔保管のものは残す。王都が原本を求めている文書だけ、受領記録を取って渡す。それ以外は写しだ」


「三人関係の記録は?」


「渡さない。今回の移送とは別件だ」


「承知しました」


 本人の身体状態もラッセルが確認した。


 移送前日の午後、高警戒区画の診察室へ連れていく。


 手枷と足枷。


 看守六人。


 いつもと同じだ。


「足首を見せてください」


 ラッセルが言う。


 看守が規定どおり、片側ずつ拘束位置をずらす。


 以前擦れていたところは赤みも引いていた。


「皮膚に問題なし。発熱なし。呼吸も問題ありません」


「王都まで馬車だそうだ」


 俺が言う。


「途中で歩かせる必要はあります」


 ラッセルはアルヴァンではなく護送条件の紙を見る。


「長時間同じ姿勢にさせる方が足には悪い。休憩の時は警備を維持したうえで立たせるよう、引継ぎに入れてください」


「書いておく」


 アルヴァンが呆れた顔をした。


「ずいぶん丁寧に送り出してくれるな」


「王都へ着く前に具合を悪くされる方が面倒だ」


「最後までそれか」


「最後だから急に扱いを変える理由がない」


 ラッセルが記録を閉じる。


「移送可能です。ただし、足枷の位置は今のままにしてください。締める位置を変えるなら、皮膚の状態を確認してから」


「護送隊へ伝える」


     ◇


 移送の話は、当然のように囚人たちにも広まった。


 正確な内容より、噂の方が早い。


 夕食時には、


「アルヴァンが釈放される」


「騎士団へ戻る」


「王都から迎えが来る」


 まではまだ分かる。


 翌朝になると、


「王が直々に謝るらしい」


 になっていた。


 昼には、


「アルヴァンが王都軍の将軍になる」


 まで育っている。


「何で一日で昇進するんだ」


 食堂で報告を受けた俺が言うと、グラッドは真顔だった。


「黒塔では出世が早いようです」


「本人より先に将来が決まってるな」


 近くで聞いていた看守が笑いを堪える。


「訂正しますか」


「前と同じでいい。再審理のため王都へ移送する。無罪も釈放も決まっていない。それだけ統一して答えさせろ」


「本人の耳にも入っています」


「何と言ってる」


「『次は王位でも継ぐのか』と」


「元気そうで何よりだ」


     ◇


 三日目の朝。


 護送隊は予定時刻より少し早く来た。


 外門が開き、蹄の音と車輪の軋みが中庭へ入ってくる。


 馬車一台。


 騎馬六名。


 さらに馬車の前後を歩く兵が四名。


 護送責任者は四十代ほどの男だった。


 胸元に軍法部の所属章がある。


「軍法部付護送隊長、レグス・ハーンです」


 差し出された証明書を確認する。


 グラッドが王都から届いた移送命令と印を照合した。


「一致しています」


 隊長は急かさなかった。


 こちらが文書を確認し終えるまで黙って待つ。


「アルヴァン・ギレスの身柄を受領します」


「引渡し前に、現在の状態と拘束条件を確認してもらいます」


「お願いします」


 まともな相手で助かる。


 受領書を先に作り、医務注意、処遇記録、移送文書の順に確認する。


 レグスがラッセルの注意書きを読む。


「足枷による擦れの既往あり。休憩時に確認、と」


「今は治っています。ただ、長距離移動になるので」


「承知しました」


 隣の兵へ伝える。


 紙を受け取って終わりではない。


 誰が何を確認したかまでその場で決めていく。


     ◇


 アルヴァンが高警戒区画から出てきた。


 両手に手枷。


 両足には短い鉄鎖。


 黒塔側の看守六人が周囲を固めている。


 中庭へ出た瞬間、冷たい風がアルヴァンの髪を揺らした。


 空は薄曇りだった。


 作業へ向かう囚人たちは別の通路へ止めている。


 それでも何人かは遠くから見ていた。


「本人確認を」


 レグスが書類を見る。


「アルヴァン・ギレス」


「そうだ」


「年齢、所属歴を確認します」


 いくつか質問する。


 アルヴァンは淡々と答えた。


 身体特徴も照合。


 傷痕。


 身長。


 顔。


 間違いない。


「黒塔側拘束から、こちらの拘束へ切り替えます」


 一時的に無拘束にはしない。


 王都側の兵二人が左右へ付く。


 右手側の枷を一本交換し、確認。


 次に左。


 足も片方ずつ。


 鉄が触れ合う音が、静かな中庭へ響いた。


「痛みは」


 レグスが聞く。


「ない」


「きつければ今言ってください。道中で腫れてからでは調整が面倒です」


「問題ない」


 アルヴァンが答える。


 黒塔側の看守が一歩下がった。


 これで身柄は王都側へ移った。


     ◇


「監獄長」


 馬車へ乗る前、アルヴァンがこちらを向いた。


「何だ」


「最後に一つ確認する」


「聞こう」


「三人の件を止めるな」


「お前がいなくても進める」


「俺の再審理がどうなっても?」


「ああ」


「無罪になっても?」


「関係ない」


「また死刑になっても?」


「それも関係ない」


 バルト、ヘルム、ルースが黒塔でどう扱われ、どう死んだか。


 それはアルヴァンが王を殺そうとしたかどうかとは別だ。


「分かった」


 アルヴァンが頷く。


 そこで終わるかと思ったが、もう一度俺を見る。


「あんたには、まだ聞きたいことがある」


「何だ」


「二年前のあんたが、三人について何を知っていたのかだ」


「それは俺も知りたい」


「……便利な答えだな」


「前にも言われた」


「そうだったか」


 アルヴァンの口元が僅かに歪む。


「再審理が終わって、またここへ戻されるかもしれない」


「その時は正式な収容命令を持って来い」


「俺が持ってくるのか」


「護送する連中に持たせろ」


「相変わらずだな」


「お互い様だ」


 レグスが横から声を掛ける。


「時間です」


「分かった」


 アルヴァンが馬車へ乗る。


 扉が閉まった。


 外から錠が掛かる。


 自由になった音ではない。


     ◇


 馬車が動き始めた。


 外門までの石畳をゆっくり進む。


 周囲を騎馬と徒歩の兵が固めている。


 門番が受領書を確認した。


「王都軍法部へ身柄移管済み。出門を許可します」


 重い外門が開く。


 アルヴァンを乗せた馬車が、その向こうへ出ていく。


 蹄の音。


 車輪の音。


 護衛兵の鎧が擦れる音。


 それらが少しずつ遠ざかる。


 門が再び閉じた。


「所長」


 グラッドが隣で台帳を開いている。


「収容人数を訂正します」


「八百四十人だな」


「はい」


 昨日まで八百四十一人。


 刑期を終えたカレブが一人減り、今度はアルヴァンが王都へ移った。


 理由はまったく違う。


 だが黒塔にいる人数は、また一人減った。


     ◇


 執務室へ戻り、アルヴァンの収容記録を閉じた。


 終結ではない。


 身柄移管。


 再審理待ち。


 必要な書類を束ね、保管箱へ戻す。


 そこで、ようやく椅子へ腰を下ろした。


 ゲームの中では、アルヴァン・ギレスは黒塔大脱獄の中心人物だった。


 北壁が崩れた混乱の中で囚人をまとめ、看守の配置を読み、ばらばらだった脱走を一つの流れに変える。


 俺が知っている未来では、その男はあの日、ここにいる。


 だが今はいない。


 王都へ向かう馬車の中だ。


 このまま戻ってこなければ、未来は一つ大きく変わる。


 それでも安心はできなかった。


 八百四十人いる。


 過去に逃亡を試したギルもいる。


 二度逃走を試みたブラムもいる。


 死ぬまでここから出られない者だっている。


 アルヴァン一人を外へ出しただけで、大脱獄そのものが消える保証はどこにもない。


 しかも、俺が知っている未来は、ここまで変えた後の黒塔について何も教えてくれない。


 北壁は補修した。


 排水も直した。


 食事も医務も、看守の働き方も変えた。


 火事の夜には牢を開けても誰も逃げなかった。


 そして今日、大脱獄を指揮するはずだった男まで正門から出ていった。


 そこまで変えて、ようやく分かったことがある。


 もう俺は、ゲームで知っている通りの未来だけを警戒していればいい段階を過ぎていた。


 扉が叩かれた。


「所長」


 グラッドが入ってくる。


「採石場から通常報告です。怪我人なし。作業量も予定範囲内」


「分かった」


「それと、アルヴァンの移送を見ていた囚人から、申立て用紙の希望が四件増えました」


「そっちは後で見る」


「承知しました」


 グラッドが出ていく。


 机の上には、今日も処理する書類が残っている。


 未来を一つ変えたからといって、監獄の仕事が終わるわけではない。


 俺は次の報告書を開いた。


 黒塔には、まだ八百四十人いる。




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YouTubeショート動画作ってみました。

https://youtube.com/shorts/_zEBpYRUMc4?si=9bu0xxStFm2Bo5Z8

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